テレビ局特派員は「トランプ圧勝」をなぜ予測できなかったのか 「高級レストランで取材」「家も車も会社持ち」では“リアルなアメリカ”はわからない
日本人が知らないアメリカをどう取材しているのか
筆者はかつてアメリカで生活をした経験がある。アメリカ郊外を車で走るとスペイン語、 アラビア語、中国語など英語ではない看板が目立ち、古びた住宅が並ぶ地区を通ることがある。鉄格子が設置された質屋や雑貨屋も多く、車はヒョンデ(韓国・現代自動車)の比率が高くなる印象を受けた。 このような「治安が悪い」とされる地区には特派員はなかなか足を運ばない。今回の大統領選取材でも、前回トランプが当選した際の教訓から、現地コーディネーターとこうした地区を訪問し、短時間の住民インタビューと町の撮影を行う程度だったという。それが「分断のアメリカ」として放送される企画になる。英語を十分に読んだり話したりすることも出来ない人たちも多く、彼らから本音を引き出すことは凄腕の特派員とはいえ短時間では容易ではない。 こうしたアメリカは20年前から存在していた。パンドラの箱がトランプにより開けられたにすぎない。それでも移民は希望をアメリカに感じるから命を懸けて入国をしてくる。そうして居住権を得た移民、とりわけヒスパニックたちは今回、トランプ支持に流れたという調査も出ている。既得権側になったという見方や、強いリーダーを志向する文化観が影響したという見方がある。そして、旧来アメリカに住む、低学歴の白人労働者たちは、こうした移民たちに不安を感じている。移民国家としての複雑な要素が入り混じり投票行動に繋がっていることを体感していなければ表面的な描き方になる。
支局長が熱心に書いていたのは「稟議書」
取材には時間とお金がかかる。大統領選挙では2月の予備選挙から夏の党大会、そして9月からの本選挙と全米のあらゆる場所を1年がかりで取材する。しかし特派員はインフレ、円安の二重苦だという。ある局の幹部は「配下の支局長が年をまたぐ前から“インフレで取材費が高騰していて、とてもこの支局予算では大統領選挙の取材はできない。予算の緊急増額措置が不可避だ”として特別予算の必要性を繰り返し要求してきて大変だった」と愚痴交じりに話す。別の特派員は「うちの支局長は書いた原稿の枚数よりも稟議書の枚数の方が多い。金勘定ばかりして何のために支局にいるのかと現場特派員たちは不満たらたらだった」と打ち明ける。本来であれば取材活動に邁進するはずの特派員が、内向きな会社業務に時間を割く組織構造になっている。 ある局の支局長会議では「アメリカのホテルは高い、規定額ではとても宿泊できない」 と悲鳴があがったという。しかし大都市を少し離れた郊外には日本では知られていないモーテルチェーンが多数展開している。モーテルとは日本でいえば車で入るビジネスホテルだ。いかがわしいものではない。広めの部屋と大きなベッド、そしてシャワー、トイレ、小さな机が備えられている。取材で夜寝る分には何も困らない。家族経営のモーテルもあり、話好きなオーナーから取材もできる。1泊100ドルもしないし、ハンバーガー店やコインランドリーが併設されているケースも多かった。庶民のアメリカを体感できる場所だ。大都市の高級ホテルを渡り歩く取材ではなく、ハイウェイを走り庶民目線でインフレをしのげる取材こそ必要なのだ。