朝日新聞のデジタル特集「巌より」がグランプリ タイポグラフィ年鑑
朝日新聞社のデジタル特集「プレミアムA 巌より―袴田さん 獄中からの手紙」が18日、文字を中心とした優れたデザインを表彰する「日本タイポグラフィ年鑑2025」の年間最優秀のグランプリに決まりました。2千枚超の手紙の文字を通し、長期拘束が続く中での精神の変容を、的確な形で読者に伝えたことが評価されました。 【写真】袴田さんの母宛ての手紙。袴田さんは獄中で母の死を知った=姉の秀子さん提供 半世紀以上、無実を訴え続けたという事実や心情を読者にどう伝えるか――。1966年に起きた一家4人殺害事件で、死刑判決を受けた袴田巌さん(88)の再審を前にした2023年夏。取材班キャップの村上友里はこう思案する中で、獄中で書き続けられた膨大な手紙と向き合おうとした。「無実を訴える思いを取材して伝えたいのに、長期にわたって拘束されたことによる影響で意思疎通が難しい。手紙を通じて生の声に迫りたい」 2千枚超の手紙を時系列順に読み進めていくと、「悪魔」からの攻撃を受けているといった不可解な内容が増えていく。解読にあたった取材班の田中恭太は「袴田さんは変わらず何かを訴えようとしている。だが、徐々に意味が通らなくなっていくさまに恐ろしさを覚えた」という。 一つ一つの文字に、「叫び」が宿っている。そう感じた取材班は可能な限りそのままの形で読者に届けようと合意し、今回のウェブコンテンツの制作が始まった。 主軸を担ったデザイン部が力を入れたのは、長期にわたる拘禁の影響を視覚的に再現することだった。文字の乱れやその変化は、袴田さんが拘束された歳月の重みを示していた。デザイナーの山市彩はその変化に焦点をあて、拡大写真で筆跡のぶれを鮮明に見せるよう工夫。エンジニアの佐久間盛大は、読者がスムーズに読み進められるよう配慮した。 次長の原有希は手紙について、「冤罪(えんざい)による苦しみとその不当性を訴える重要な証言」と位置づけ、リアルな質感が伝わるようにこだわったという。 一連の写真は、映像報道部の時津剛が撮影したものだ。14年に48年ぶりに釈放された袴田さんの日常を追った。その中で、「死の恐怖から逃れるように自ら作り上げた『内なる世界』に、いまも生きている」と衝撃を受け、目をとじる内省的な袴田さんを冒頭の写真に選んだ。こうして作り上げた「巌より」を昨年10月26日に公開した。 審査委員長の中野豪雄・武蔵野美術大教授は「精神の極限状況を、手書きの文字という形でしっかりと見せた。タイポグラフィは文字を用いて意味を伝えるデザイン全般をさすが、当事者(袴田さん)の物語と読者を、デザインが橋渡しした点が高く評価された。これこそ、タイポグラフィの役割そのものだと思う」とコメントした。 ■ ◇ 日本タイポグラフィ年鑑 国内外のデザイナーや研究者、教育者ら約200人からなるNPO法人「日本タイポグラフィ協会」(事務局・東京)が1969年から発行。文字そのもののデザインをはじめ、シンボルマークや書籍、インフォグラフィックなど10分野の優れたデザインを表彰・掲載しており、日本デザイン界の権威とされる。各部門の最優秀であるベストワーク賞の頂点がグランプリ。今回、国内外から2045点の応募があった。同協会によると、報道コンテンツのグランプリ受賞は異例で、動画やウェブなどのオンスクリーン部門からのグランプリも初めて。
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