【ドラマ座談会】生方美久&吉田恵里香の共通点は? 宮藤官九郎ら脚本家のいまを考える
かつて、シナリオ本は売れないと言われていた。シナリオはあくまで設計図で、完成品(映像)ではないと認識されていたからだ。ところが最近は違う。坂元裕二、生方美久や吉田恵里香のシナリオ本が好評である。脚本家の言葉(セリフやト書き)をある種、余白を伴った詩のように受け取っているのかもしれない。 【写真】『虎に翼』のクランクアップを迎えた伊藤沙莉 ドラマにとって脚本が要であることは間違いない。この脚本家だからドラマを観る、という求心力になる。2024年7月期にドラマを書いている脚本家たち、生方美久、吉田恵里香、宮藤官九郎、岡田惠和、大石静の5人を中心に、昨今求められているドラマ脚本とはなにか。ドラマ評論家の成馬零一、田幸和歌子、木俣冬が語り合う。
『海のはじまり』の凄さと脆さ
ーーまずは若手の生方美久さんの『海のはじまり』(フジテレビ系)をどう観ていますか? 成馬零一(以下、成馬):生方さんはいま、一番先鋭的な脚本を書いている方だと思います。これまでの『silent』(フジテレビ系)、『いちばんすきな花』(フジテレビ系)ではその先鋭性が感情的にならずに理性的に対話しようとする「静かで優しい世界」の構築に向かっていて、それがコロナ禍を経由した今の若者の気分とマッチしていたと思います。対して、『海のはじまり』は自分たちが作ってきた優しい世界の外側を描こうと試行錯誤している。第8話で夏(目黒蓮)の血の繋がったお父さん(田中哲司)が登場した場面にそれがすごく表れていました。あと、今回はモノローグやナレーションがなく台詞も最小限で、映像と俳優の芝居を引き出すことに特化しています。 田幸和歌子(以下、田幸):確かに、生方さんは人間の心のざらついた部分をすくい上げることがとても巧みです。そして、刺さる強い言葉を次々と投げかけて、SNSユーザーが拾いやすい作り方をされているという印象があります。その一方で、『海のはじまり』は、ご本人のインタビューによると、子宮頸癌の検診を勧めたいというような明確なメッセージを打ち出しているにもかかわらず、産婦人科関連の描写のリアリティが不足しているように感じます。例えば、産婦人科で、いままさに命を生む者(水季(古川琴音))と消した者(弥生(有村架純))が、自由にメッセージを書くノートを通して邂逅する場面には、こんな無神経なクリニックが実際にあるだろうかと首をかしげました。また、初回で、葬儀の時に大人が子供をひとりにした場面にも疑問を感じました。海(泉谷星奈)の早熟さと幼さのバランスも不思議で。子どもは大人たちがどんなに隠そう・守ろうとしても、身近な「死」の気配に敏感です。メキシコ映画『夏の終わりに願うこと』の7歳の少女にとっての死のリアルを同時期に観ていたので、どうしても比較してしまい、子どもの解像度が低いな、と。出産経験があったり、身近に幼児がいたりする人から見ると、ヒヤヒヤする場面が多く、ドラマの評価としては良いところと引っかかるところが半々だなという印象です。 成馬:津野(池松壮亮)の描き方は、見方によっては怖いですよね。池松さんの愛嬌で誤魔化されてますが、僕みたいな未婚の中年男性が外で幼い子に話しかけてたら声かけ事案で即、警察に通報されますよ。だから津野も海ちゃんとの接触を避けてたんだと思いますが。 田幸:そうなんですよ。彼がストーカーのように捉えられる危険性も現実にはあるわけで。 成馬:生方さんは性善説の人で人間の善意や優しさを描きたいんだと思うんですよね。昔のドラマは逆で、90年代の野島伸司を筆頭に、社会に蔓延する綺麗事を否定して偽悪的に本音をぶちまけるところに作家性が表れていた。今はそれが反転していて、社会があまりにも酷いから、綺麗事でもいいから、自分たちだけの静かで優しい世界を作ろうと試行錯誤をしているのだと思います。 田幸:でも、生方さんはインタビューを読むと、『海のはじまり』はファンタジーではなく、本当のことを描くとおっしゃっていますよね。そうだとすれば、現実を透明化している部分がいささか多い懸念があります。 成馬:『あの子の子ども』(カンテレ・フジテレビ系/脚本:蛭田直美)も高校生が意図せず妊娠してしまう話ですが、綺麗な映像で静かなやりとりが多くて、主演の桜田ひよりが『silent』に出演していたこともあってか、『silent』以降の作品だなぁと思います。 田幸:いや、『あの子の子ども』はとてもリアルなんですよ。原作もよくできているのですが、ドラマのオリジナルの描写のほうがもっと細かかったりするんです。 成馬:避妊に失敗した高校生カップルが産婦人科を訪ねるくだりとか、「高校生が妊娠したら?」というハウツー的な情報の見せ方はとてもリアルで勉強になるなぁと思うのですが、登場人物が可能な限り理性的かつ倫理的に振る舞おうとする姿は、こうあってほしいという理想を描いているように感じて、昔のドラマだったら、もっと家族が感情的になって修羅場になるだろうなぁと思います。まぁ、そこが面白いのですが。 木俣冬(以下、木俣):おふたりの話を聞いていると、それぞれの個々の立ち位置の違い、生活環境の違いで、いろいろな見え方ができるドラマなのだと感じました。『海のはじまり』は、私はいい意味でCMっぽいドラマだなと思ったんですね。心地よくメッセージが伝わってくる。各シーンがパンやシャンプーやビールやカメラのCMみたいだし、なんなら子宮頸癌検診キャンペーンのCMにもなっているような気がするんですよ。 田幸:(笑)。 木俣:おふたりの話から、作家の毒をCMふうの画面が中和しているのかもしれないと気づきました。で、この両極感は、『虎に翼』(NHK総合)にも感じていて。『海のはじまり』は妊娠、子育て、『虎に翼』は法律、フェミニズムなど、取り上げられた題材にビビッドに反応する視聴者がいる反面、各々のリアリティに疑問を感じる視聴者もいる。リアリズムとちょっとファンタジーのいいとこどりができる才能を30代の作家に感じます。