“命の価値”は時代によって変わるのか?現代のペットの飼育について考えさせられる『ねこおばあさんぼく』【書評】
人が猫を飼う際、現代では車との接触による事故や感染症といったさまざまなリスクが想定されることから、屋内で飼育をすることが多い。一方で地域住民の協力の下で外で飼育される地域猫もいる。 【漫画】本編を読む
いずれの場合にせよ、飼育をする上で飼い主が何らかの事情で世話をすることが困難な状態に陥る可能性があることや、地域住民の協力がなく適切な処置や保護を受けずに外飼いされる野良猫が一定数いるという側面がある。 カメントツ先生によるエッセイ漫画『ねこおばあさんぼく』(KADOKAWA)は、とある猫と飼育が困難な状況にいるおばあさんとの出会いを通じて「猫の放し飼い」について考えさせられる内容だ。 本作を未読の方はタイトルと表紙からほのぼのした日常の様子を大きく取り上げた作品を想定したかもしれない。勿論、猫との生活の中での微笑ましいエピソードも多く描かれている。だが、実際読んでみると冒頭から衝撃的で重く、考えさせられることも多い。
ある日、カメントツ先生は自宅のベランダに動物のフンが落ちていることに気付く。外に放すことなく飼育している愛猫・グーの物であるとは考えにくい。そのフンを片付けていると、室外機の裏に衰弱している一匹の猫の姿があった。4階にあるベランダまで壁に生えたツタをのぼって来たその猫の表情からは文字通り「必死」なのが伝わってくる。
紆余曲折を経て相手から連絡が入りやっとのことで飼い主と対面する。相手は高齢のおばあさんで、肺ガンのステージ4という重病を患っていた。大病を患っている事実に衝撃を受けたのだが、さらにその後の彼女の発言に面食らってしまう。おばあさんが外飼いしていた猫は避妊手術をせず妊娠してしまい、避妊手術が行われていたのだ。おばあさんは夫を亡くし現在ひとりで生活している上、近くに頼れる友達はいない。そんな猫を飼育するのは困難な状態で「猫はいつごろ自分のもとへ帰れそうか」と聞くのである。