アイヌ伝説の猟師が語る「ヒグマの最大の欠点」とは?戦前の北海道で実際にあった「人間と熊」の闘い
熊撃ち名人と刺し違えて命を奪った手負い熊、夜な夜な馬の亡き骸を喰いにくる大きな牡熊、アイヌ伝説の老猟師と心通わせた「金毛」―――。 戦前の日高山脈で実際にあった人間と熊の命がけの闘いを描いた傑作ノンフィクション『羆吼ゆる山』。長きにわたって絶版、入手困難な状況が続いていたがこのほど復刊された。 本稿では同書から一部を抜粋してお届けします。 ■毒の効き目を調べる 熊が何かに襲いかかるときは、前足を振り上げて立ち上がる―これが熊の習性の中でも最大の欠点である、と清水沢造(編集部注:アイヌの老猟師)は言っていた。
かつて狩猟を生業としていたアイヌの人々は、この天のカムイから授けられた獣を狩るのに、昔は弓矢をもってしていた。熊が立ち上がったとき、一の矢で急所を衝くことができれば、それでもどうにか倒すことはできた。 しかし、羆は蝦夷地最大、最強の猛獣であり、それを殺獲する武器として弓矢はいかにも非力であったし、危険も大きかった。一の矢で急所を外したあげく羆に襲いかかられ、命を落とした人も少なくなかったといわれる。
そうした状況の中で彼らが苦心の末に作りだしたものに、ブシという毒薬があった。それは、ヘビノダイハチ(ヘビノタイマツ、またはマムシグサ)に含まれている毒素と、ブシ(トリカブト)に含まれている毒素とを煮詰めて抽出した毒薬であったが、製法が人によって異なり、それゆえ、毒の回りに早い遅いがあったという。抽出を終えた段階で、もう一つやらねばならぬ作業があった。それは毒の強弱、つまり効き目を試すことである。
ドロリと煮詰まった液体を、ほんの耳搔き一杯分ほど自らの舌の上に乗せ、じっと正座するのである。やがて、額に汗が噴き出し、顔面は蒼白となり、全身が小刻みに震えだす。この時点でマキリ(小刀)の刃を用いてその薬をこそぎ落とし、口をすすいでしまう。このように自分の体に現れる徴候をもって、毒の効き目ははっきりと確かめられるのである。 この液体を、十勝石(黒曜石)で作った矢尻に塗って、熊の体に射込むのだが、これまた当たりどころにより、毒の回りに早い遅いがあった。しかしブシを用いるようになってからは、獲物は確実に倒せたし、危険の度合いも低下した。