北朝鮮で「棄民」となった在留邦人を集団脱出で救済したアウトサイダー(レビュー)
第二次世界大戦の終結時、日本の植民地下にあった朝鮮半島には多くの在留邦人がいた。その数は約70万人。なかでも問題となったのが、ソ連が進駐した「北朝鮮」の日本人の引き揚げをどう実現するか、ということだった。ソ連軍は1945年8月25日までに、北緯38度線を封鎖。そのため南側で引き揚げが進む一方、北緯38度線以北に住んでいた約25万人の日本人は、文字通り「北朝鮮」に閉じ込められたからである。 本書で描かれる北朝鮮における在留邦人の日々は、あまりに悲惨なものだ。ソ連軍による暴力、劣悪な住環境、飢えと疫病の蔓延、凍てつく冬の到来――。国を失った人々の苦しみには、筆舌に尽くしがたいものがある。そのように「棄民」となった在留邦人の集団脱出を実現し、北朝鮮からの引き揚げの道筋を開いた日本人がいた。本書はその人物・松村義士男の勇敢な活動の一部始終を明らかにした一冊だ。 当時、松村は34歳。戦前・戦中には労働運動によって検挙されたこともある〈アウトサイダー〉だったという。著者が再現する松村の行動のなんと大胆で勇敢なことだろう。さまざまな危険を顧みず、日本人救済のために脱出工作を画策する姿は、名前の通り「義士の男」である。北朝鮮やソ連側の要人との交渉、脱出ルートの計画や鉄道・船の手配……。ときには北朝鮮とソ連の包囲網を掻い潜り、松村は38度線を越えて状況を打破した。敗戦を北朝鮮で迎えた松村には、左翼活動家だった経験から新政権との人脈があった。彼が救出した日本人の数は約6万人。当局との粘り強い交渉と行動力によって、彼が日本人救済の活路を開いていく過程に圧倒される。 強制移住先で困窮する在留邦人の前に忽然と現れ、「引き揚げの神様」と呼ばれた男――。そんな一人の日本人の知られざる功績を、綿密な調査によって歴史の一頁に刻んだノンフィクションだ。 [レビュアー]稲泉連(ノンフィクションライター) 協力:新潮社 新潮社 週刊新潮 Book Bang編集部 新潮社
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