東京五輪で五連覇を狙う伊調馨を待ち受ける“敵”
この日の伊調の様子を見て、「まだウォーミングアップ程度の状態でしょう」という関係者の声も聞こえた。だが、アジア選手権ではどんな試合になるかという予想については、ほぼすべての人が「他の選手とは格が違う」と、国際大会復帰は圧勝間違いなしと見ていた。 とはいえ、女子57kg級の2018年世界チャンピオンは、中国の栄寧寧(21)だ。東京五輪へ向けて女子レスリングは世代交代が進み、その世界の勢力地図は変わりつつある。2004年のアテネ五輪世代は現役を退き、世界選手権ではセコンドにつくコーチに転身している人ばかりだ。2年以上の空白ののち現役復帰したアテネ五輪世代の伊調にとって、これから対戦する外国選手はほぼ「全員が初対戦」となる。 「ビデオでは今の選手の試合も見ていますけれど、本当に試合をやってみないとわからない部分が多いのがレスリングの世界なので、そこは考えすぎないようにしています」 東京五輪への切符を手にすることを考えると、アジア選手権よりも先にある、世界選手権代表選考会を兼ねた6月の全日本選抜選手権に照準を合わせていると予想していた。そこで再び優勝し、9月にカザフスタンで行われる世界選手権の出場権を得て世界チャンピオンに返り咲けば、その時点で2020年東京五輪出場が確実になるからだ。ところが、今回のアジア選手権は、調子を取り戻すための一里塚よりも大きな意義を見出しているようだ。 「東京五輪へ向けて、今度のアジア選手権は大きな一番になるのかなと思います。もし去年の世界チャンピオンと対戦することになったら、彼女は開催国の世界チャンピオンです。完全に敵地になるから、身体的にも精神的にも上げていって、ベストで戦えればいいなと思います」 五輪という場所で戦うための準備のためには、どんなことも無駄にしないという伊調の繊細な戦略が垣間見える。しかし、本当にアジア選手権では何の不安もないのだろうか? 「もし、彼女に何かが起こるとしたらアクシデント。ケガをするようなことになったときだけでしょう。何が起きるか分からないのが試合だから」と、西口茂樹強化本部長は楽観視していない。 確かに、リオ五輪の7ヶ月前に伊調が敗れたモンゴルのプレブドルジ・オルホン(25)との試合は、試合中にケガをしたことがきっかけだった。ちなみに、プレブドルジは昨年のアジア大会でのドーピング違反のため、現在、試合出場資格がない。 2012年ロンドン五輪へ向けてレスリングのスタイルを急速に進化させたころから、伊調のケガが目立ち始めた。加齢による影響もあるだろうが、それよりも、積極的に相手と組みに行く姿勢が身を削ることにつながっていた。それがケガの原因でもあるが、強さの源泉ともなっているため、レスリングスタイルは変えられない。 そして、その挑戦する姿勢は、彼女がファンを惹きつける魅力でもある。東京五輪での五輪五連覇の夢へ向けて、様々な“敵”を乗り越え、その繊細な調整がどのように進んでいくのか。今回のアジア選手権は、その可能性を知るバロメーターになりそうだ。 (文責・横森綾/フリーライター)