職人像を一新へ 町工場の活動描く「生野ものづくり百景」
町工場を取材 クリエイターたちは発見の連続
「生野ものづくり百景」の取材を手掛ける中西和夫さんと森下裕美子さん THEPAGE大阪
職人さんは確かに腕はいいけれど、頑固、偏屈、昔気質──。中小製造業で働く技術者たちに抱きがちな固定観念を、小気味よく裏切ってくれるデジタルブックが、静かに読み継がれている。現代の職人たちは、柔軟で人にやさしく、時流に敏感だ。町工場を取材して回ったクリエイターたちには、発見と気づきの連続だったという。
ヘラ絞りのベテランが「なんでも聞いてや」とやさしく対応
このデジタルブックは「生野ものづくり百景」。大阪市生野区役所のホームページで閲覧できる。現在までに2期に分けて取材した生野区内の製造業60社を紹介。生野区内には約2300社の製造業があり、大阪24区でもっとも多い。「生野ものづくり百景」は区民に対する地元生野の魅力発信の一環として企画された。 1社2ページ構成。経営者の熱い語録、専門技術秘話、企業評論などの記事と、現場の雰囲気が伝わるイラスト多数を組み合わせて立体的に展開。漫画の吹き出し風のワンコメント情報がアクセントになり、とても読みやすい。 パソコンなどで閲覧できない人も、プリントされた誌面を区民センターなどで読むことができる。事業に共感した地元の印刷会社がコンテンツをまとめた小冊子「生野ものづくり百景<其の一>」(生野区役所発行)を無償で印刷したが、残念ながら市販されていない。 60社すべての取材と執筆を手掛けたのは、編集デザイン会社デイジーヒル(大阪市西区)の中西和夫代表と、ライターの森下裕美子さんだ。中西さんがイラストを担当。ものづくりとの接点が少ない女性区民や子どもたちの目線を尊重したいとの観点から、執筆には製造業に精通したベテランライターではなく、2児の子育てにも奮戦中の森下さんが起用された。 緊張の初取材、すぐれたヘラ絞り技術を誇る吉持製作所へ。父親の家業を継いだ兄弟ふたりだけで切り盛りする典型的な町工場だ。ヘラと呼ばれる工具を、回転する平らな金属板に押し当てて、様々な曲面の製品を自在に作り出す。金属の性質を知り抜き、ヘラの角度や力加減を微調整する。日本のものづくり力を象徴する職人技のひとつで、カンと経験が頼り。それだけに、取材も難しいが、森下さんは果敢に挑戦した。 「吉持剛志社長にこんなことも知らんのかと怒られそうなことも質問したのですが、いやな顔をすることなく、ていねいに答えてくださいました。むしろ、ヘラ絞りやものづくりに関して、知らないことを知ってもらうことがうれしい。今でもSNSでつながり、いつでも遊びに来てやと声をかけてくださいます」(森下さん) 「吉持社長は50歳をすぎてからパソコンを覚え、自身でホームページを立ち上げました。勉強会があればどんどん顔を出すほど、新技術の習得や情報交換にとても熱心です」(中西さん) 取材開始早々、意表を突かれた。現代の職人さんは頑固でも偏屈でも、昔気質でもない。温和でフレンドリーで、時代の新しい風に敏感だった。