職人像を一新へ 町工場の活動描く「生野ものづくり百景」
業界の常識を打ち破り積極営業で社内一丸に
ときに技術に対する自信は過信につながり、営業否定に陥りやすい。「営業なんかせんでもええ。うちの技術を認めんやつらの方がおかしいんや」と決め込み、気が付くと、時代に取り残されてしまう。概して町工場では、販路開拓や市場調査、顧客満足度向上などに対する動きが鈍い。 株式会社ノダの専門分野は木型製造。2代目社長の野田隆昌さんは父の大病に伴い、やむなく事業を受け継いだ。 「それまで木型業界と無縁だった野田社長が、木型業界を外から見渡すと、どこも『あかん、じり貧や』と嘆きながらも、営業に出向くことはしない。野田社長は業界の常識を打ち破り、どんどん営業をかけていきました。営業活動が実り、現在では木型の取引社数では国内ナンバー1になり、業界で唯一、海外拠点を展開。若い社員が集まり、お揃いのスタジャンをかっこよく着こなして働いています」(森下さん) 人材採用の面接時、野田社長は「この人と友だちになれるか」基準を重視するという。「木型というニッチな業界で世界一を目指す」と意気込む。社員からの信頼が厚く、「野田社長のためなら、どこへでもついていく」という団結心が息づく。 メモ魔の社長らが次々とアイデア商品を世に送り出す有限会社アラヤ。大阪切子の伝統を革新する切子ガラス工芸研究所たくみ工房。世界に一本しか存在しない木の万年筆を手作りする平井木工挽物所。自社工場を持たず、生野の協力工場とコラボ型ものづくりに挑む共栄金物製作所。会社の数だけ、多様な技術と発想があり、多彩な人たちが知恵の汗を流す。
技を生み出す指先ばかりでなく職人の心に迫る取材を
近所にあることは分かっていても、なんとなく入りづらい町工場。思い切ってドアを開けると、人間臭いドラマが演じられているわけだ。 「職人は『職』と『人』の二文字でできています。これまで私たちは『職』ばかりに気をとらわれがちだったかもしませんが、職人さんも人間です。取材に際しては、技を生む指先ばかりではなく、職人さんの心にまで迫れるように努めたつもりです」(中西さん) 寡黙、頑固、偏屈などの職人イメージは、近代化加速の途上でやや過剰に演出され、世間と職人の心の間にバリアを築いていたのかもしれない。中西さんは取材を通じてふたつのことを学んだという。 「ひとつは現代の職人力とは、ものづくり力とコミュニケーション力の総合力であること。もうひとつは独創的な職人力を、すばやく発掘する海外有力企業の見事な情報収集力。取材をしていて、『社名はいえへんけど、あんたの座っているいすに、ある海外ブランドの役員さんが座ってはった』などと説明されることが、一度ならずありました」(中西さん) バリアを取り去れば、大阪・生野は世界に通ず。町工場のものづくりが世界の最新トレンドとシンクロしているわけだ。 「『生野ものづくり百景』を仕上げたら、エリアを広げて『大阪ものづくり全景』などの企画を担当できるとうれしいですね。大阪のものづくりを内外に発信するお手伝いをしたい」(中西さん) 「ものづくり現場の取材が面白くて仕方がありません。子どもに工場を見せてみたいとものづくりに興味を持ち始めたママたちもいます。市民の皆さんにものづくりのすばらしさを伝えられる取材を続けていきたい」(森下さん) ビジネスパーソンであれば、自身がかかわる業種や職種を固定観念でとらえていないか、見直すきっかけにしたい。デジタルブック「生野ものづくり百景」の詳しい情報は大阪市生野区役所の公式サイトで。 (文責・岡村雅之/関西ライター名鑑)