記憶に新しい「地元中学生の出禁」…いまだに〈迷惑客〉との戦いを繰り広げるマクドナルド、1990年代後半に低価格戦略に走ったマクドナルドの大きすぎた〈代償〉とは?
「去っていった客」はどのような人たちか
一方で「去っていった客」は、どのような人たちでしょうか。客が増えると経営者はそれに喜んでこちらの分析がおざなりになることが多いのですが、じつはこちらの分析のほうが重要なことも少なくありません。 マクドナルドの低価格化戦略で去っていった人々の大きなカテゴリーのひとつは、ビジネスマン層です。ビジネスマンはお金を持っていることが多いので、100円マックの「100円」というものにはじつはそれほど関心がありません。彼らは、ランチやおやつやディナーをそれなりにおいしいもので快適に過ごせれば、少しくらい追加支出があってもあまり気にしません。 とくに重要なのはランチタイムです。わずか1時間程度のランチタイムは、休息のためにはきわめて重要な時間です。ここで快適な時間が過ごせるかどうかが、午後の仕事のはかどり具合に大きく影響してしまいます。 この貴重な時間を、長い行列と落ち着いて座れない店内、快適でない客席環境で過ごすよりも、若干の追加支出があったとしても短い待ち時間、ゆっくりと座れる店内、快適な客席環境で過ごしたいと思うビジネスマンは少なくないはずです。 じつはこういう客は、お店にとっては優良顧客です。必要があればあまりケチケチせずに支払い、かつ、比較的短い時間で出ていってくれる(ランチだとせいぜい30分くらいでしょうか)からです。 彼らは、混雑したマクドナルドをやめて、少し高いけどより快適なモスバーガーに行くか、他のレストランのランチサービスに行ってしまった可能性があります。 つまり、マクドナルドは低価格戦略をとることで、多くの客を引き寄せることには成功したのですが、それらの客層はあまり良くなく、良い客層を失ってしまった可能性があるのです。
価格以外の理由で離れていった優良顧客
さて、値下げによって客層が変化した場合、つまり、価格に惹(ひ)かれてくる客層が多くなってきて、優良顧客が逃げ出してしまった場合、どうすればよいでしょうか。 価格に惹かれてくる層は値段が安いからという理由で来ているので、値段が高くなると来なくなります。そこで客層を改善するために値上げをするという方法があります。では、値上げをすれば、逃げ出してしまった優良顧客は戻ってくるでしょうか。じつは、それほど単純ではありません。次のようなことが起きることが多いためです(上田、2003)。 ・価格に惹かれてきた客は価格が上がると去る。 ・価格以外の理由で離れていった客は戻らない。 これは美容院などの例を考えればわかりやすいでしょう。お気に入りのヘアサロンが値上げして、小遣いで通うのが厳しくなったとします。すると、泣く泣く他の店に行くことになると思いますが、価格がもとに戻るとたぶん、またもとの店に戻ることが多いと思います。 でも、店の環境が悪化したり、カットが失敗したり、美容師に不快な思いをさせられたりした場合、価格がいくらであろうとも「価格以外の理由」でその店に行くのはやめ、その店がとても安くなったとしても、二度とそこには戻らないのではないでしょうか。 マクドナルドの値下げ戦略で別の店に流れていってしまった優良顧客は、別に価格のことはあまり問題にしていないのです。彼らは、長い行列や店舗環境や客層の悪さなどの「価格以外の理由」が原因でそこから離れてしまったからです。 ということは、いま、仮にこれらの状況が改善したとしても、一度そこから離れてしまった人は戻ってこない可能性が高いのです。また、そもそもそこに寄りつかないので、状況が改善したことに気づかないこともあります。 さらに、すでにランチのときの居場所を他の場所に確保してしまっている場合には、あえてもとの習慣に戻ろうとはしません。ランチなどはだいたい何軒かの店を決めてそこを使い分ける人が多いですが、その習慣を変えるのには一定のコストがかかります。 面倒くさいし、失敗する可能性もあるからです。これを「スイッチングコスト」といいます。一度モスバーガーに快適な環境を見いだしてしまえば、あえてマクドナルドに戻る必要はないわけです。