世界有数のポップスター「ジャスティン・ビーバー」を顔面麻痺にした、意外でありふれたウイルスの正体とは?
2022年、世界的スターのジャスティン・ビーバーがあるウイルスに感染し、スターにとっては大変ショッキングな症状に悩まされていることをインスタグラムの投稿で明らかにしました。 【画像】古代エジプト王のミイラに天然痘ウイルスの痕跡が! 一部の公演をキャンセルせざるをえなかったほど、ジャスティン・ビーバーを深刻な状態に陥らせたウイルスとはどのようなものだったのでしょうか。 【※本記事は、宮坂昌之・定岡知彦『ウイルスはそこにいる』(4月18日発売)から抜粋・編集したものです。】
ジャステイン・ビーバーの突然の告白
2022年6月10日、ユーチューブやSNSなどで世界中に膨大な数のフォロワーを持つポップシンガーのジャスティン・ビーバーがインスタグラムに動画を投稿し、次のように話した。 「やあ、みんな。僕の近況を報告したい。僕の顔を見ればわかると思うけど、僕はラムゼイ・ハント症候群になってしまった。これはウイルスが耳と顔の神経を攻撃するもので、そのせいで顔に麻痺が起きている。わかると思うけど、こちら側(右目)は瞬きしない。顔の右側で笑えない。鼻の穴も動かない。右側が完全に麻痺している。良くなるためにあらゆることをしたけど、症状は悪くなるばかりだ。いくつかの公演を延期しなければいけないのがとても辛い。でも僕は戻ってくるよ」 なんとイケメンの彼がラムゼイ・ハント症候群になって、顔の半分が急に麻痺して動かなくなったのだ。話すのも歌うのも難しくなり、一部の公演をキャンセルせざるを得なくなってしまった。 この病気は、水痘・帯状疱疹ウイルスのせいで起きる。以前に顔面神経や内耳神経(聴神経)に入り込んでいたウイルスが再活性化すると、顔面が麻痺し、耳鳴り、難聴や目まいなどが起きる。ジャスティン・ビーバーの場合、幸い、2ヵ月後には症状が消えて公演活動に復帰したが、なかには麻痺が残る人もいる。
潜伏した挙げ句にがんを起こすウイルスも
水痘・帯状疱疹ウイルスは、潜伏感染を起こすヘルペスウイルスの一種で、一度感染すると、体内に潜んで何十年も棲み続ける。このウイルスに最初に感染したときには、水ぼうそう(水痘)とよばれる病気になる。1週間ぐらいで治り、通常はその後二度と水ぼうそうを発症することはない(ちなみに、世界中で9割以上はこのウイルスに対する抗体を持っているので、ほとんどの人が罹っている)。 ただし、治癒後もからだの中からウイルスが消えてしまうわけではなく、神経細胞の中でひっそりと潜伏し続ける。 からだの免疫がしっかりと働いているときにはウイルスはじっとおとなしくしているが、ストレスや高齢化などでからだの免疫力が低下すると、再びからだを攻撃するようになる。そのときは神経に沿って、チクチクする痛みや強い痒みを伴う発疹(帯状疱疹)が出る。また、一部の人では治癒後もひどい神経痛が残り、夜も眠れないほどの激しい痛みに悩まされることがある。あまり痛みがひどいときには神経の近くに麻酔薬を注射するという神経ブロックまでせざるをえない。命にかかわる病気ではないが、多くの人を悩ますめんどうな病気である。 水痘・帯状疱疹ウイルスのように、初めての感染後、からだからウイルスが完全には排除されずに居続ける感染様式を、持続感染という。持続感染の中でも特に、この期間、新たなウイルス粒子が産生されず症状もない場合、潜伏感染とよぶ。このような潜伏感染をするウイルスはほかにもいくつもある。 潜伏感染・持続感染を起こすウイルスの中には、がんの原因になるウイルスもある。たとえば、本章で紹介する、一部のヒトパピローマウイルスは子宮頸がん、陰茎がんや肛門がんを起こし、ヘルペスウイルスの一種であるEpstein-Barrウイルス(以下、EBウイルス)は、悪性リンパ腫や上咽頭がんの原因となる。また、第5章で紹介するB型、C型肝炎ウイルスはどちらも肝がんを起こす。 ウイルスが作るタンパク質が発がんの直接の原因となることが多いが、ウイルス感染により起きる反復性の細胞の壊死と再生のために慢性炎症が起きて間接的に発がんの原因となる場合もある。 このようにウイルスが細胞に感染すると、細胞が変性したり、死んだり、がんになったり、さまざまなことが起こりうる。「たかがウイルス感染だ」などとは侮れないのである。 * 私たちのからだは一見きれいに見えても実はウイルスまみれだった! 宮坂昌之・定岡知彦『ウイルスはそこにいる』(4月18日発売)は、免疫学者とウイルス学者がタッグを組んで生命科学最大のフロンティアを一望します!
宮坂 昌之/定岡 知彦