食事制限のある人に朗報…塩を足さずに「減塩食」がおいしくなる「奇跡のスプーン」があった
味をデータ化する「味覚メディア」
エレキソルトの基本となる電気味覚の存在は、昔からわかっていたが、デバイスとして初めて発表したのは、宮下研究室に在籍していた中村裕美・現東京都市大学特任准教授だ。中村特任准教授は、宮下芳明教授の指導の下、エレキソルトの原型となる電気フォークや電気ストローなどのデバイスを開発した。 宮下教授に話を聞いた。 「僕自身の研究分野はコンピュータサイエンスなので幅が広く、味だけではなくバーチャリアリティとかいろんなことをやっています。そのひとつに五感コンピューティングがあります」 人間の五感をコンピュータを通じて、データとして扱うのが五感コンピュータだ。映像=視覚と音=聴覚のように、触覚、嗅覚、味覚もコンピュータを通じて送ったり、記録したり、変更したりする未来のコンピュータだ。その中の「味覚」を扱うコンピュータを宮下教授は研究している。 「僕は味覚メディアと呼んでいます。視覚メディアはテレビ、聴覚メディアはラジオのようなイメージで、味覚を扱うから味覚メディアです」 味覚メディアをつくろうとしたら、どうすればいいのか? 宮下教授は2つの方法があるという。 「食べ物の味を変えるには電気味覚を活用するか、舌に液体をかけるかという、ディスプレイとプリンタみたいなイメージでした。ディスプレイの方は、2011年ごろから中村さんと電気味覚の研究を始めました」 ディスプレイは電気信号、プリンタはインクだ。インクの相当する味の液体を、紙に噴射するように食べ物や舌に噴射する装置を宮下教授は開発した。TTTV=Taste the TV、味わうテレビだ。基本五味(甘味、酸味、塩味、苦味、うま味)や辛味などの味の液体を、入力した情報に従って噴射する。 たとえばカニクリームコロッケの味を再現しようとすると、普通は牛乳に小麦粉にカニとほぐし身に、とカニクリームコロッケの材料を用意するだろう。TTTVの場合、まずカニクリームコロッケを味覚センサーにかける。 味覚センサーは食べ物の味を分析し、塩味は何パーセント、うま味は何パーセントと基本五味に分解する分析装置だ。その結果をTTTVに戻すとその比率で五味の液体を調合する。 カニクリームコロッケの場合、牛乳に塩化ナトリウム=塩味、グルタミン酸ナトリウム=うま味、スクロース=甘味、炭酸カリウム=苦味、クエン酸=酸味を調合して加えるとできる。 この調合液に小麦粉を加えて加熱、揚げれば、一切カニを使わっていないカニクリームコロッケの出来上がりだ。このカニを1グラムも使わないカニクリームコロッケを食べたことがあるが、冗談のようにカニクリームの味だった。 梅干しはグルタミン酸ナトリウム=うま味、塩化ナトリウム=塩味、クエン酸=酸味の液体を混ぜればできるし、ハッピーターンの魔法の粉も、スクロース=甘味、グルタミン酸ナトリウム=うま味、塩化ナトリウム=塩味でできてしまう。 宮下教授はTTTVをさらに進化させ、料理の写真や絵から、その料理の味を作るという魔法のようなことも実現している。 「味を再現するには、一番いいのは味センサーで料理を分析することですが、もうこの世にないものの味を再現するには味センサーは使えませんよね。そこで画像からAIに味を推定させて、白黒映像とかアニメの映像から味を合成するということをやっています」 昔のモノクロ映画にAIを使って彩色しカラー映像に変える技術がある。その味覚版を宮下教授はやろうとしている。過去の味を取り戻す技術だ。 「第一次大戦時代の映像をカラー化するようなことはあるわけですが、実際にどんな色だったかは、誰もわからないですよ。それっぽく色付けをするっていうところを超えられない。それでもないよりは当然良いわけですよね」