食事制限のある人に朗報…塩を足さずに「減塩食」がおいしくなる「奇跡のスプーン」があった
賞味期限という言葉を死語にするテクノロジー
味覚メディアにできることはたくさんあると宮下教授。 「たとえばロマネコンティというワイン。1945年のビンテージ物は1本3億円もします。TTTV3を使えば、ロマネコンティの複製も原理上できます。テレビ番組の企画で、安いワインを高級ワインの味に変えました。香りは今は無理なので、味だけですが、ソムリエやワイン通の方も味だけならわからないとおっしゃっていました。いずれは香りも、今研究中の嗅覚ディスプレイが完成すれば、再現できそうです」 高級カカオの味を分析、安いカカオの味を高級カカオの味に変えるといったことも宮下教授は行っている。 「高い値段のワインが安く飲める、高いチョコレートが安くできる、そういう下世話な話だけではありません。味わうテレビを開発した理由はそれではないんです。そもそもロマネコンティが、なんでそんなに高くなっているか? それは有限だからですね。1945年もののロマネコンティはこれから増やせないわけですよ。誰かが飲むたびに地球上から減っていきます。だから高いわけです」 希少性が価格や機会に反映されるわけだ。今後、人口が増え続ければ、今は当たり前の食材もだんだん食べられなくなってくる。 「地球の面積が増えないのに、人口ばっかりやたら増えてますので、今までの当たり前がこれからはなくなっていく可能性が高い。肉も食えなくなったり、魚も食えなくなったり、そういうことがどんどん増える。食べ物の味を複製したり、大豆たんぱくで作った代替肉を本物の肉と同じ味にするとか、そういう食料問題に対して味からアプローチする」 宮下教授の開発した技術は、味の経時的変化も再現できる。翌日のカレーはおいしいというが、出来たてのカレーに調味液を噴霧し、翌日のカレー、翌々日のカレーを作ることができるし、逆に出来立てのカレーの味に変えることもできる。この技術を使えば、味の経時変化を作りたての状態に戻せる。 ということは、賞味期限切れがなくなる(消費期限は食べ物が悪くなる限界なのでそちらは無理)。この技術が社会に広まれば、宮下教授いわく「賞味期限を死語にする」ことができる。賞味期限がなくなればフードロスは減り、食料問題解決の大きな一助となるだろう。 右から見るか左から見るかで絵が変わるレンチキュラーレンズをゼリーに応用し、描かれた絵が変化する料理や一杯ごとにワインの味を変える装置など、テクノロジーを使って味覚の地平線を押し広げる宮下教授。宮下教授は、こうした研究が社会で実際に使われることを考えて活動している。 「科学技術を社会に貢献させることを真面目にやっているつもりです。誰か驚かせたいとか褒められたいとか、そういった個人的動機ではありません。アイデアぐらいであれば、SF小説やマンガなどのコンテンツで既に世間に共有されています。研究者としては、これを具現化して社会実装することに価値を感じています」 味覚メディアがテレビやラジオのように生活の中にある未来。それはそれほど遠い話ではない。 ---------- ※宮下芳明 明治大学 総合数理学部 先端メディアサイエンス学科 教授 https://www.miyashita.com/ ----------
川口 友万(サイエンスライター)