アルツハイマーの予防に効く?「40Hz」と「深い睡眠」の実にふしぎな共通点
睡眠障害と認知症を結ぶミッシングリンクを解明
全身に拡がるリンパ系だが、脳内のリンパ系だけは長年見つかっていなかった。2013年になってようやくロチェスター大学の研究者らがグリア細胞がリンパ管そのものであることを発見してグリンパティックシステムと命名した。彼らは特殊な方法を用いて睡眠中のマウスの脳内を観察し、すみずみに入り込んだ動脈と静脈の周囲をまるでもう一回り大きな筒のようにグリア細胞が取り囲んでいること、血管の外側と「筒」との隙間がリンパ管の役目を果たしていることを明らかにしたのである。 脳のリンパ管であるグリンパティックシステムを使ってアミロイドβをはじめとする脳内老廃物を流し出すメカニズムは「脳の掃除は夜勤体制」で解説した。ごく単純に表現すると動脈の周囲を満たしている脳脊髄液が「筒」のグリア細胞を乗り越えて神経細胞の周囲に滲み出し、老廃物を乗せて静脈の周囲に流れ込むことで脳外に運び出す。まるで路上にある落ち葉を片側(動脈側)の側溝から引いたホースの水で反対側(静脈側)の側溝に流し込むようなイメージと言えば分かるだろうか。しかも、この「お掃除機能」が不思議なことに睡眠中に活発になることも明らかになった。 これまで数多くの疫学調査で、睡眠時間が短い、睡眠の質が悪い(深いノンレム睡眠が少ない)ことが認知症の発症リスクと関連することは繰り返し確認されていたので、多くの研究者はグリンパティックシステムこそが睡眠障害と認知症を結ぶミッシングリンクと確信したのである。ただし、このシステムが発表された当時は細胞や組織がひしめく脳内をホースの水が特に睡眠中に限ってスムーズに流れるメカニズムまでは不明で、「こんなシステムは追試されていない」「人では実証されていない」と批判的な意見もあった。 そのような折り、2019年に米国ボストン大学の研究グループが睡眠中にグリンパティックシステムが活性化することを人で実証して大きな称賛を浴びた(※4)。 この研究では健康な被験者にMRI(磁気共鳴画像)装置の中で脳波を測定しながら昼寝をしてもらい、その間に高速度で脳の撮像を繰り返すことで脳脊髄液の動きや動脈血流を高い時間分解能で連続的に測定した。文字にすると簡単だが、騒音の大きいMRI装置の中で昼寝をさせることも、強い磁場の影響でノイズだらけの脳波などの測定データを解析する技術も、特殊な部位(第4脳室と呼ばれる脳内髄液が脊髄液とつながる連絡路)に着目して脳脊髄液のダイナミックな動きを解析した発想も、すべてが素晴らしい研究である。