昨年の受賞者・佐々涼子さんのそれから

佐々涼子さん

昨年の受賞者・佐々涼子さんのそれから
「ノンフィクションは一期一会。これを書くために私はここにいたんだって思える瞬間がある」

2020年「Yahoo!ニュース|本屋大賞 ノンフィクション本大賞」の受賞作は、佐々涼子さんの『エンド・オブ・ライフ』でした。末期のがんであることが発覚した訪問介護士の友人との対話を軸に、終末期を迎える患者や家族、在宅医療に携わる医師や看護師、そして難病の母の在宅療養を見つめた作品です。累計発行部数は5万部を突破するなど、世代を超えて反響が広がっています。佐々さんに、受賞後の反響や、いま書こうとしている作品のテーマ、影響を受けたノンフィクションの名作について聞きました。2020年受賞者の言葉を、本年のノンフィクション本大賞につないでいきます。 (取材・文:笹川かおり、写真:葛西亜理沙)

大賞受賞、書店員から届いた声

――昨年、「Yahoo!ニュース|本屋大賞 ノンフィクション本大賞」を受賞しました。

いままでに書いた『エンジェルフライト 国際霊柩送還士』や『紙つなげ! 彼らが本の紙を造っている: 再生・日本製紙石巻工場』は、企画やテーマがよかったと言われることが多くて、どこか自分が書き手として自信が持てないところがあったんです。昨年は、本屋大賞で書店員さんに認めていただけて、すごく励みになりました。

書影 「エンド・オブ・ライフ」

『エンド・オブ・ライフ』(集英社インターナショナル)「看取りのプロフェッショナル」である看護師の友人が病を得た。最期の日々を共に過ごす著者に見せた、友人の死への向き合い方は、意外なものだった。難病の母、そして彼女を献身的に看病する父の話を交え、7年間見つめ続けた在宅での終末医療の現場を綴る(写真:高橋宗正)

――当日は全国各地の書店員さんが、SNSで『エンド・オブ・ライフ』を店頭で展開している写真を投稿してお祝いしていましたね。

たくさんの書店員さんのツイートが、本当にうれしかったですね。素敵なPOPを作って応援していただいて、私の知らないところで一生懸命売ってくださるのはありがたいことでした。当日は舞い上がっちゃって、ちょっと記憶が飛んでいます。あのうれしさは独特ですね。

――書店員さんからは、どんな感想が届きましたか?

書店員さんの中には、すごく感動して「これは絶対売ります」と言ってくださる方もいました。書店を回ると、必ずみなさんご自身の体験談をお話してくださるんです。「実はうちの母も」「うちの父も」って。「昨日作ったおかずが冷蔵庫にあるから」と言って亡くなったおばあさんの話をしてくれた方もいました。

7年かけて書いたからといって、報われるとは限らないのがこの仕事。よいノンフィクションはたくさんありますけど、すべての本がみなさんの手元に届くわけではないので、選んでいただいた運やこれまでのご縁に感謝です。

若い世代に届いた在宅医療のノンフィクション

書影 「エンド・オブ・ライフ」

――読者からは、どんな声が届きましたか?

賞をいただいたことで、高校生と座談会をする機会がありました。大学の薬学部に進学が決まっている高校生は、本を読んで「まず患者さんのことを考えて薬を勉強するような薬剤師になりたい」と。主人公の(訪問看護師の)森山文則さんが聞いたらうれしかっただろうなと。彼は亡くなりましたけれど、思いはちゃんとつながっていくんだなと思った瞬間でした。

こういった本の読者は、シニアの方が多いと思うので、若い人にも読んでもらう機会ができたのは本当によかったと思います。

――高校生にとって、事実の重さを感じられるノンフィクションを読む機会は貴重かもしれません。

今までノンフィクションを読んでいなかった子もいました。最初に読んだノンフィクションは私も心に残っていますが、実在の人物の話は、小説とは違う読み心地です。「森山さんが、どういうふうに考えたのかをすごく考えた」と言ってくれた子もいました。実際に生きていた人が、自分の運命をどう受け入れるのかを考える機会になったと思います。

ノンフィクションを書くことへの「責任」

佐々涼子さん

――7年かけた大作、同業の方から感想は届きましたか?

「どれだけ大変だったかと思うと気が遠くなる」みたいな書評をいくつか書いていただきましたね。同業者だからこそ実際の現場が目に浮かぶようにわかるのでしょう。家族や友人が亡くなっていくのを隣で見ていなければいけないときの気持ちは想像するに余りあると、労いの言葉をいただきました。

――隣で見ながら書くのは、小説とは違いますね。

思ってもいなかった展開で、友だちの森山さんが亡くなっていく。書き手として自分の感情の置き方が難しかったですね。書いていいのかという罪悪感もまとわりついて、本を出してからも心配でしょうがなかったんです。

――どんなことを心配されていたのでしょうか?

本屋大賞をきっかけに、いろんな人が読むことになるので、うれしい反面、すごく緊張しました。もしご遺族や故人の尊厳を傷つけるようなコメントがついたらどうしようと。でも、幸いそういうものには出会わなかったですね。読者から「書いてくれてありがとう」という言葉をいただいたり、ご遺族からも感謝の言葉をいただいたりして、書いてよかったなと。今年に入ってようやく大丈夫かなってホッとしました。

――なぜ、それほど緊張するのでしょうか?

SNSには事実誤認をしたまま気軽に書きこむ人も多いですが、やはり本として残るものに対する責任はありますよね。何か間違っていたら、すべてに疑問を抱かれてしまう。人に迷惑がかかりますし、これまでの本でお話を聞かせていただいた人にも申し訳ない。背負ってしまうところはありますね。

――『エンド・オブ・ライフ』で取材した方と、受賞後に何かやりとりはありましたか?

コロナ禍の影響で、なかなか受賞後の挨拶もできないまま時間が経ってしまいましたが、賞をいただいたとお知らせすると森山さんの妻・あゆみさんがとても喜んでくれて。自分の父は読んでどう思ったのか、怖くて聞けないところはあったのですが、受賞後に「よかった。いい仕事したね」と言ってくれました。

コロナ禍のノンフィクション

書影 「エンド・オブ・ライフ」

――コロナ禍によって、仕事にどんな影響がありましたか?

私たちは人に会いに行くのが仕事だと思いましたね。オンラインだけでインタビューしても手の届かないところはどうしてもでてくる。画面だけでは映らないところでたくさんの情報を得ているところがあります。話を聞くことや背景を知ることは、現場に行かないとダメでしょうね。目下のコロナ禍を受けて、今後パンデミックをテーマにした本が出てきたりするとは思いますけど、ノンフィクション業界にとっては厳しい時期だったと思います。

――この時期だから出会えたテーマはありますか?

いま、入管問題を扱っている、ある弁護士を追いかけています。二十数年間ずっとこの問題を追っている方です。入管施設の中では苛烈な人権侵害があって、それが是正されないまま、今日に至っています。この弁護士は国を相手取って闘っているんですけど、いくら正しくても、裁判所がなかなか国に勝たせてくれない。やめたいこともあると思うんですけど、ずっと続けられるのはなぜなのか。そこにすごく興味があります。こういう人たちがいて、今回入管法改正案が廃案になった。

今年、入管でスリランカ人のウィシュマ・サンダマリさんが亡くなられました。その後、入管法改正案が出てきて、たくさんの人が注目するようになりました。コロナ禍とは関係ないですが、運命的な時期にそこにいたな、と感じます。

――新たなテーマを一から追いかけているんですね。

ノンフィクションは「一期一会」のところがあって、賞をいただいたからといって、それがシリーズものになるわけでもありません。書き手としては、また最初から立ち上げないと次に進めません。毎回、書かなきゃいけない何かを背負わなくてはいけなくて、いつも大変だなと思います。それでも続けていると、これを書くために私はここにいたんだって思える瞬間がある。悩んでいるからこそ、答えが見つからないからこそ探求していくのが、ノンフィクション。また一から読んでいただけるものを書いていかなきゃいけないと、気持ちを新たにした感じです。

佐々涼子さんを支えたノンフィクションの名作3冊

ノンフィクションの世界には数えきれないほどの名作があります。シーンの第一線を走る佐々涼子さんに影響を与えたのは、どんな作品なのでしょうか? 3冊を選んでもらいました。

書影 「彼らの流儀」

『彼らの流儀』沢木耕太郎(新潮文庫)

朝日新聞日曜版の連載を中高生の頃に読みました。未婚の女性が12月31日に、手帳に挟んだ緊急連絡先の男性の名前を毎年更新する話や、一人暮らしのおばあさんが、買った大根を食べきれないから、バスに乗っていた見知らぬ母子に「半分貰ってもらえないかしら」というシーンが記憶に残っています。大きなできごとではなく、ささやかなワンシーンこそ人生そのものではないか。それを教えてくれた一冊です。

書影 「もの食う人びと」

『もの食う人びと』辺見庸(角川文庫)

食べることを通して、世界の人たちの文化や政治背景に迫っている本です。政治的なことを直接書くよりも、何かを食べているシーンのほうよほど世の中を表している。だから書くときは日常を、と教えてもらった忘れられない1冊。震災復興を書いた『紙つなげ!』でも、トイレを掘っているシーンを入れました。小さなエピソードですが、その背景にある震災の苛酷さを浮き彫りにできたと思います。

書影 「父の詫び状」

『父の詫び状』向田邦子(文春文庫)

なんでもないことを書いているのに、家族というものはやっかいで怖いな、と中学生の頃に思いました。向田邦子の作品全体から、女の人はどんな選択をしても、家族を作っても家族を作らなくても、働いても働かなくても、貧乏くじを引くものなのかと感じましたね。父と母は仲が良かったですが、夜みんなが寝静まったところで、台所でひとり向田邦子を読んでいる母は、何を考えていたのかな。何度読んでも、自分の年齢や家族関係によって新しい発見があります。

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