Yahoo!ニュース運営における「信頼」とは ~メディアと協働できるポイント~
Yahoo!ニュースは、硬軟幅広いコンテンツが配信され、多くの利用者との接点となる言論空間です。時には災害や政治をはじめとする公共性が高い情報を的確にお伝えする役割も担っており、持続的に運営するために大事なのは利用者から信頼していただくことだと考えています。Yahoo!ニュースでは、どのような仕組みでサービスを運営しているのか公開(Yahoo!ニュース 運営方針)しているほか、業界団体や関係する学会の勉強会などにも積極的に参加し、有識者やメディア関係者と意見交換を行っています。さらに今回、「信頼される情報空間」についてメディアに携わる方々とともに考え、発信するシリーズを開始します。
初回となる本稿で登場いただくのは、朝日新聞が運営するネットメディア「withnews」編集長を昨年まで務められた奥山晶二郎さんです。伝統ある全国紙の記者・整理部員を計7年、「朝日新聞デジタル」の立ち上げなどデジタル部門を歩み、スタートから関わったwithnewsの責任者を8年間された経験から、「PV至上主義にビジネス面での持続可能性はない」と警鐘を鳴らします。メディアとYahoo!ニュースがどのように協働し、良い情報空間を作っていけるのか、うかがいました。
取材・文: Yahoo!ニュース
「withnewsならでは」の模索
――withnews立ち上げの経緯について教えてください。
新聞と接点のない層、特にZ世代など若年層に新聞社のニュースを届ける社内プロジェクトがあり、withnewsが生まれました。
早い段階から、速報記事は一切やらないと決めました。速報はメディア的には一番アドレナリンが出るものですが、ぐっとこらえました。たとえば、すでにNHKが速報している状況なら、朝日新聞のリソースは、朝日新聞ならではのコンテンツを期待して購読料や広告を出してくれている人のために使うべきではないかと解釈しました。ユーザーが求めているものに記者を動かし記事にすること、われわれにしかできないものは何かを考えた末の判断です。
――ネット上でヒットした記事は、新聞の感覚からして違和感はありましたか。
意外とないですが、アプローチが違う気がします。 記者が妊娠してマタニティマークを付けたら、電車内で絡まれたというアクシデントがありました。その記者は以前からそれをテーマに調べていて、マタニティマークが嫌われていると感じていました。半分当事者、半分取材者として記事(マタニティマークつけたら…「ただのデブだろ」と言われて考えたこと)にしたところ結構読まれました。
従来の記事であれば統計やアンケート調査の発表を記事のフックとするところを「この間、電車に乗っていたらこんな目にあった」というところから書き始めたのです。伝えたいことを変えているつもりはありませんが、出し方に工夫の余地があると感じました。
旧来のメディアには「ネタそのもの」が良ければ評価される、という価値観があります。しかし、ユーザーの可処分時間は限られており、他にも魅力的な選択肢が多くある中、新聞紙面などをベースとした従来型の発信スタイルを続けていては選ばれなくなっていきます。旧来メディアは知恵を出す必要があります。
PVモデルに持続可能性感じず
――withnewsでは何をKPI(目標)にしていましたか。
数値目標がなかったら怠けてしまうのが人間の性です。withnewsでも数字を追っていないわけではありません。ただ、記事のPV(ページビュー。ページの閲覧数)はYahoo!ニュースなどで大きく取り上げられている記事の関連リンク(※自社サイト記事へのリンク)に読まれそうな見出しの記事を差し込むなどして人為的に増やせてしまうので、UU(ユニークユーザー。来訪したユーザー数)を見ていました。
――途中で数値を追うのを止めたと聞きました。なぜでしょうか。
ビジネス的にはPVを増やすことが正と見られがちですが、中長期的にはビジネス的にも意味がないと思っています。アテンションエコノミー(関心を競う経済)という概念の登場で気付きました。PVモデルだと一時的な収入は得られても持続可能性を感じられませんでした。
特にネットワーク広告では、どんな広告が配信されるかは各アドネットワーク事業者に委ねられるため、われわれの記事の中身と直接、ひも付かないようなものに収益を頼ることになります。そのため、ユーザーを引き付けるために内容に合わない刺激的なタイトルをつけるなどサイトに訪れてもらうための努力に傾きます。そうした質の伴わないコンテンツはユーザーにも見抜かれて、離反されてしまいます。持続可能性の面でリスクになりうると考えました。
withnewsでは、サイトを訪れるユーザーが半減しても広告売上に影響はありませんでした。「感動ネタ」はツイッター上にいくらでもありますが、それをそのまま伝えるような記事ばかりやっていると他のライバルメディアと変わらなくなります。「われわれのメディアはこれが一番の売りで、他社はできませんよ」と言えれば、あまり他社を気にせず広告クライアントに説明ができます。実際、数字から距離を置いてもビジネスとして成り立ったのは、withnewsならではの大型案件の相談がクライアント企業から続いたからです。信頼をベースにキャラを尖らせれば、結果的に収入を生み出せそうだと感じました。
――メディアが、いかにユーザーの関心を引き付けられるかを競う、アテンションエコノミーに対する見解をお聞かせください。
PVの増加を見越して記事を乱造するのは良くないですが、読んでもらおうとする工夫をせずに記事を作って「読まない人が悪い」と言うのも変です。読者の関心を引くことではなく読者の関心に応えること、この線引きは重要で、メディアの信頼はそこに表れるのかなという気がします。
――見出しで読者を過度に引き付ける、いわゆる「釣り見出し」についてはどう思われますか。
釣り見出しの手法を全否定すると世の中とのチャンネルを失いかねません。このネタをどうしても伝えたいというときの選択肢ならアリだと思いますが、数字のためだけを考えると短期的なビジネスの存在感が強すぎて信頼を失いかねないため、ビジネス面でのプラスにもなりません。
なので、釣り見出しに依存するようなモデルは、 良いか悪いかでいえばやめたほうがいいです。なぜかというと儲かるようで儲からないからです。withnewsでは数字と距離を置いても広告収入に影響が出なかった体験があります。釣り見出しでPVを増やすことに目を奪われて、良質なコンテンツを出すことを後回しにした結果、にっちもさっちもいかなくなっているメディアは早めに変えたほうが長生きできると思います。
PVに代わる価値指標、ヤフーも一石投じて
――PVに代わる、コンテンツに対する指標の構築は可能でしょうか。
現状のお金の回り方ではPVの存在感が強く、必要悪と思いながらも経営者はそこに最適化せざるを得ない局面があるかもしれません。これは一企業や一業界だけで改善できる問題ではなく、プラットフォーマーと一緒に取り組んでいきたいと思っています。
――ヤフーは「記事リアクションボタン」を導入し、PVだけではないコンテンツ評価の指標を模索しています。
今はクリック数だけを見られがちですが、ビジネスとジャーナリズムの価値がセットで証明できたら良いと思います。そこはメディア側だけでは変えにくい部分で、ヤフー側があの手この手を出してくれることを期待します。
ヤフー側の広告ビジネスに影響する話かもしれないので難しいとは思いますが、メディアが自分たちのコンテンツの価値を主張するばかりでは説得力がないのが現実です。そのため、プラットフォーマーがそこに一石を投じてくれるのはすごく大事です。
――今後、Yahoo!ニュースに何を期待しますか。
プラットフォームは、分断化が進むデジタル空間に、唯一残された無色透明な場所です。メディアにとっても世の中にとっても大事です。異なる主義主張や価値観の人が集まれる場は守ってほしいと思っています。
――信頼される情報空間を運営するために必要な点は何でしょうか。
多様な情報と接触できる「場」なのか、なんらかの意図や目的のもと運営されているのか、で変わってくる気がします。「場」だと思わせておきながら、実はなんらかの目的があると思われると叩かれてしまいます。そこをちゃんと守っているかどうか、ではないでしょうか。
運営に当たっては失敗があっても、議論を呼ぶことがあっても良いです。ニュースメディアと一緒で、訂正欄があるかないかが大事です。訂正欄はユーザーと社会のコミュニケーションの象徴と言えます。間違ったら謝る。Yahoo!ニュースは、そのプロセスを経ながらどうしたらいいのか本気で取り組める数少ないプレーヤーです。この「news HACK」でも活発な議論が展開されると面白いと思います。
■奥山晶二郎さん
朝日新聞子会社「サムライト」CCO(Chief Content Officer)。withnews前編集長。2000年、朝日新聞に入社し、佐賀、山口、福岡で記者、整理部員として勤務。2007年の社内公募をきっかけにデジタル部門へ異動。「朝日新聞デジタル」立ち上げに携わり、2014年にwithnews初代編集長に。2022年から現職
<関連リンク>
■シリーズ2回目 関西大学・水谷瑛嗣郎(みずたに・えいじろう)准教授「「アテンションエコノミー」の課題とYahoo!ニュースができること」
■シリーズ3回目 東京大学・鳥海不二夫(とりうみ・ふじお)教授「「情報的健康」提唱者にYahoo!ニュースはどう映っているのか」
お問い合わせ先
このブログに関するお問い合わせについてはこちらへお願いいたします。