Media Watch2023.03.08

「アテンションエコノミー」の課題とYahoo!ニュースができること

「信頼される情報空間」についてメディアに携わる方々とともに考え、発信するシリーズ。今回お話をうかがったのは、憲法・メディア法が専門の関西大学・水谷瑛嗣郎(みずたに・えいじろう)准教授です。インターネット上のニュース流通の中で近年、特に問題として取り上げられる「アテンションエコノミー(関心を競う経済)」とどう向き合ったらよいのか。また、情報流通の場としてYahoo!ニュースが果たすべき役割は何なのか、インタビューしました。

取材・文: Yahoo!ニュース

「アテンションエコノミー」と新しい記事評価指標

――メディアがユーザーの関心を引くことを競ういわゆる「アテンションエコノミー」についてのお考えを聞かせてください。

私たちの脳は処理能力に限界を持っていることから、人の「注目」は常に有限で稀少な「資源」であると言われています。人間にとって1日の時間は24時間ですが、そのうち食事や睡眠のように生活に必要な時間を除いた「可処分時間」はさほど多くありません。そうした中で、コンテンツ制作者やプラットフォーム事業者は、より多くの時間を自分たちのコンテンツやプラットフォームに割いてもらおうとしています。こうした経済原理は、インターネット上のビジネスモデルが、多くの場合、広告収入に依拠するところから生じています。

もっとも、アテンションエコノミー自体は新聞から始まったと言われています。高級紙より安く売ろうとした新聞社が広告を入れ、その広告料の分、単価を下げて新聞を売るようになったのですが、そうしたビジネスモデルが、ラジオ、テレビを経て、インターネットの世界に終着しています。このように、広告とメディア自体は切っても切り離せない関係があり、その点ではインターネットだけの話ではありません。

――インターネット上での「アテンションエコノミー」の特徴はどこでしょうか。

これまでのマスメディアも、広告の場としての魅力を高めるために、人々の注目を引きつけようとするキャッチーなコンテンツを制作してきました。ただし、民主主義に不可欠な国民の知る権利を充実させる「報道」に関しては、コンテンツ制作過程で正確性や公共性に一定の注意が払われ、言論空間の「バランス」を保つ試みがなされてきました。例えば、「報道」の現場では、特殊な職業倫理を持ったプロのジャーナリストたちが、正確性を担保し、社会的・政治的な重要度に応じて情報を事前にスクリーニング(ふるい分け)をしてきました。

また放送に関しては、放送法で、「報道は事実をまげないですること」、「意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること」といった番組編集準則(4条1項各号)が設けられています。

もちろん、これらの仕組みがあっても、誤報や捏造を完全に防げるわけではありません。しかし、仮に新聞記者が捏造を行ったことが発覚すれば、「記者生命」は断たれ、最悪、新聞社の社長のクビが飛ぶことがあります。こうした「規律」の存在は、「バランス」を保つ上で、非常に重要でした。

一方、インターネットでは誰もが情報を発信でき、全く論理が違う人たちも参入できるようになりました。また「報道」の前提にあった伝統的なジャーナリズムの規律や、放送法のような規律はありません。なかには広告料を稼ぐために、正確性を意に介さず、過剰な表現を用いる人もいます。そうした倫理観の異なる人々と、正確性や公共性を考えてきたプロの人たちが同じ土俵の上で対戦しなければならなくなったことは、特徴の一つと言えます。

同じ土俵である以上、従来のプロも広告収入・注目の奪い合いに参戦し、過激な方に引きずられていく傾向にあります。こうした環境では、ジャーナリズムが大事にしてきた正確性や公共性などが二の次になっていくことが懸念されます。

――内容にそぐわない、もしくは内容に比べて大げさな見出しを付けることについてはどう捉えていますか?

残念ながら、これだけ情報の選択肢が多くなった社会において、注目を引かない情報は埋もれてしまいます。私のような研究者の論文ですら、同業者に見てもらうために気になるタイトルを考えます(笑)。内容を伴わない、いわゆる「釣り見出し」は良くありませんが、読んでもらえるようにタイトルを付けることは必ずしも全てダメだとは言えないはずです。

一方、注目を引くというのはあくまで手段のはずです。コンテンツをより多くの人に読んでもらい、民主主義の議論に参加してもらうという目的につなげることが理想のはずですが、今はどちらかというと民主政治のためというよりも収益を上げることが目的になっています。

――Yahoo!ニュースでは、コンテンツ配信元のメディア各社にお支払いするにあたり、どれだけ多く閲覧されたか(PV数)だけでなく読後のユーザーによる記事評価として「記事リアクションボタン」を取り入れています。この取り組みについての考えをお聞かせください。

アテンションエコノミーの権化ともいえる仕組みがSNSの「いいね」ボタンだと思っています。このボタンは、人間にとってあらがいがたい弱い部分、理性的ではない部分に訴えかけてくるため、非常に気軽に反射的に押せてしまいます。その上、「ひどいね」「悲しいね」といったボタンもそうですが、感情を刺激するものは注目を引きやすいのです。

それに対してヤフーのリアクションボタンは、むしろ“反射的に押させない”ようにデザインされているところがミソだと思います。これらのボタンは、PVやクリック数だけでは測れないコンテンツの価値を測定する「熟慮」的な価値指標になる可能性を秘めています。いずれは、こうした「熟慮」的な価値指標で高いスコアを得るコンテンツをたくさん生み出している媒体社のページは、他と異なるブランド力のある広告枠として位置付けられるようになると良いですね。

むろん、私も現在のリアクションボタンが完成形だとは思っていません。本当にユーザーが熟慮してボタンを押しているのか、などは気になります。ボタンを押すのに悩んでくれている、ということであればあのボタンの効果が出ていると言えます。ABテストなどを繰り返して改良し、より効果的な評価指標を模索していってもらえばと思います。

メディアの特徴の可視化を

――インターネット上のニュース流通においてYahoo!ニュースが果たしている役割をどう見ますか。

アメリカなど海外ではソーシャルメディアを通してニュースと接する人が増えています。しかし、ソーシャルメディアにとって、ニュースは数あるコンテンツの一つでしかありません。そして、もともと日常的に発信される正確なニュースというものは、あまり注目を引きません。ユーザーが投稿するコンテンツよりもアテンションを稼げないとなれば、儲け口として、ニュースは重要ではないという話になります。ソーシャルメディア上でニュースが流通することが民主主義に寄与していることは確かですが、ソーシャルメディアの運営事業者にはニュースを流さなければならない法的義務は今のところありません。

一方でヤフーにとって、ニュースはビジネスの中核です。ニュースを専門で扱っているプラットフォームは希少であり強みです。人々の「ニュース離れ」が世界各国で進む中、ヤフーの存在は日本の民主主義にとってとても重要だと思っています。

――逆にYahoo!ニュースが信頼される情報空間を目指す上でまだできていないこと、改善の余地があるところはどこでしょうか。

Yahoo!ニュースに限った話ではありませんが、インターネット上では全てのコンテンツが区別なくフラットに表示されます。一昔前でしたら、通常の新聞は家に届くもの、スポーツ新聞は駅の売店で買うものでした。しかし、インターネット上では、専門家のニュース分析記事とユーチューバーやインフルエンサーの発言を取り上げた記事が同等のものとして表示されます。多くの読者は、自分が閲覧している記事の情報源、発信源がどれだけ正確性などを追求しているのかが見えません。その見えない部分を可視化してあげることが求められているのではないでしょうか。記事画面上で、各メディアが正確性にどれだけ忠実かや、媒体としてのブランド力をユーザーに気付かせるようにするのがポイントです。

その際、各メディアを評価する基準は多様であっても良いはずです。例えば、ある新聞社では正確性は担保されているが、ジェンダー的な配慮が足りない記事をよく出すという評価があってもいいと思います。加えて、現代においては、ジャーナリズムも大手新聞社やテレビ局のみの独占物ではなくなりつつあります。大手新聞社のように記事の数は出せないけども、少数精鋭のインターネットメディアが高い評価を受けることがあっても良いはずです。反対に、大誤報をやってしまったにもかかわらず、その後に訂正などの適切な対応を行わないようであれば、たとえ歴史ある老舗の新聞社であっても評価が下がることはあるでしょう。

――媒体に対する評価は、誰が担うのが良いでしょうか。

記事や媒体の評価は、いっそのことヤフー外の独立機関に委ねるということを検討してみてはどうでしょうか。信頼できる媒体がどこなのかをヤフーが決めると、「なぜヤフーが決めるのか」と反発が起こります。特にニュースプラットフォームとしてのヤフーは、日本においては媒体社から見て非常に強力な立ち位置にあります。そこで、他のニュースプラットフォームやジャーナリスト集団と連携して自主的な独立組織を作るのは一つの手かもしれません。セーファーインターネット協会(SIA)がグーグルとヤフーの支援を受けて設立した日本ファクトチェックセンター(JFC)の存在は、その意味で一つのよい参考例になると思います(※)。

もっとも、こうした評価だけでは、「上から目線」と捉えるユーザーも少なからずいるでしょう。そこで、先ほどお話したユーザーのボトムアップな「熟慮」型スコアと組み合わせて、コンテンツや媒体社を評価していくことも重要になると思います。いずれにせよ、アテンションエコノミーに一石を投じて、民主政システムをより良く発展させていくために、多様なスコアと評価の仕組みの開発がますます求められることになるでしょう。

プレスリリース:SIA、「日本ファクトチェックセンター」を設立

■水谷瑛嗣郎(みずたに・えいじろう)さん
関西大学社会学部准教授。専門は憲法、メディア法。総務省「誹謗中傷等の違法・有害情報への対策に関するワーキンググループ」構成員。共著に「リーディング メディア法・情報法」「憲法学の現在地」「AIと憲法」など

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