日本大学アメリカンフットボール部問題で、タックルをした選手は謝罪会見の席上、内田正人前監督との関係について、こう語っている。「意見を言える関係ではなかったと思います」「お話しする機会が本当にないので、信頼関係というものは分からないです」。監督と選手の極端な距離は、「上意下達」の軍隊のような体質につながっていないだろうか。これまで約150人の指導者を育ててきた、筑波大学硬式野球部の川村卓監督に指導論を聞く。(ライター・菊地高弘/Yahoo!ニュース 特集編集部)
高圧的な指導はその場しのぎに過ぎない
野球の指導現場では、今でも選手に対して高圧的に接している指導者が少なくありません。体罰をする指導者は減っています。でも、暴力的な言動で選手を従わせる指導者は依然多いのが現状です。
言葉の暴力を含め、なぜ指導現場で「暴力」が好まれてきたのか。突き詰めて考えていくと、「効果があるから」です。ただ、それは痛み止めの即効薬のようなもので、早く効いても根本的な治療にはなりません。
私が大学で教えていることの中に「コーチング学」があります。コーチングとは特定の方法があるのではなく、あらゆる方法を用いて行うべきだと授業で話しています。いろいろな人格、タイプに応じて、さまざまな引き出しを駆使して指導していくのが理想です。あらゆる方法を模索すれば「暴力」という選択肢はなくなるというのが私の考えです。
私はよく「学生野球の監督らしくない」と言われます。グラウンドで怒鳴ることはまずありません。大事にしていることは、選手の話を聞くことです。選手とはことあるごとに話をします。そこでは戦術や起用法に関する批判があってもいいです。選手の意見には「そういうやり方もあるな」と思うことも多く、いい発想は随時採り入れます。
このスタイルになったのは、北海道の高校で教員をしていたときの経験がきっかけでした。私が受け持つ中に極端に反応がない生徒がいました。その子と話をしたいと思ってこちらから話を始めますが、かえって逆効果ということがありました。そこで何とかしなくてはとカウンセリングの研修に参加しました。カウンセリングの基本はまず「聞く」こと。そして、この「聞く」というのは非常に難しいのです。どうしても相手の話をさえぎって自分の意見を言いたくなる。自分の態度を変えることで徐々にですが、生徒の言いたいことを少しずつ理解し、生徒自らの変容を促すことができるようになっていったのです。
多くの指導者に「選手になめられたくない」という思いがあるようです。もちろん、指導者としては模範的な生活を見せたいものでしょう。でも、大事なのは人としていかに付き合うかではないでしょうか。
昨年、エースだった大場遼太郎(現JX-ENEOS)がTwitterで「大場は自転車通学で足腰が強くなった」という私のコメントが載った新聞記事を引用して、「監督さん、僕の自転車は電動です」とツイートしました。3万件以上もリツイート(拡散)されて話題になり、大場は周りから「監督をからかって大丈夫か」と心配されたそうです。それで私に謝ってきたんですが、私は「話題になって良かったじゃないか」と言いました。なめられたとか、私は思いません。
筑波大の学生は学力が高いから、そんな指導ができるのだという批判もあります。しかし、私は高校教諭時代からこのスタンスで指導してきました。たとえ学力レベルが低い生徒相手でも、生徒の話を聞き、いいことをしたら褒めると、今まで見せたことのないようないい顔に変わっていきますよ。
高圧的な指導が中学・高校の現場で常態化していることで、それが少年野球の現場にまで下りているという問題もあります。野球を始めたばかりの少年に対して、大人が声を荒らげて「何やっているんだ!」と怒鳴り散らす。これでは野球をやらない子が増えるのも当然です。なぜ少年野球の指導者が怒鳴るのか考えていくと、それは「どうやって指導すればいいのか分からないから怒るしかない」のだと思います。
筑波大の学生の中には、甲子園で優勝した選手や、上位進出した選手もいます。そんな選手に「どうしてそこまで勝てたと思う?」と聞くと、決まってこんな答えが返ってきます。「監督のことは尊敬していました。でも、監督の指示以上のことを実行できたからだと思います」と。つまり、指導者を選手が乗り越えたということです。
筑波大には指導者志望の学生が多く、これまで教え子の150人以上が指導者になりました。指導には、理論はいっぱいあっても正解はありません。難しさや矛盾を抱えながら、どう対処していくか最適な方法を選択していく。
学問の世界では、師匠より弟子がいい研究をするのは当たり前です。師匠が築き上げてきた学績や整えてきた環境を、弟子は後追いして研究できるのですから。スポーツでもそんなサイクルが生まれれば、より発展していくはずです。日大アメフト部の問題が盛んに報道されていますが、選手が指導者に意見することができない雰囲気だったようです。選手が指導者を乗り越えることを許さず、逆に封じ込めてしまうやり方が問題だったのではないでしょうか。
スポーツ界のハラスメント問題が大きな関心事となっている。
スポーツの現場でパワハラ・セクハラはなぜ起きるのか。どのように防げばよいのか。3人の識者に聞く。
(6月21日配信)スポーツ界のハラスメントを許しているのは日本社会の風土だ――明治大学・高峰修教授
(6月22日配信)スポーツ界の「師弟愛」がパワハラの温床になる――バルセロナ五輪女子柔道銀メダリスト・溝口紀子氏
(6月23日配信)監督批判もOK ハラスメント防止は選手の話を「聞く」指導――筑波大学野球部・川村卓監督
菊地高弘(きくち・たかひろ)
1982年生まれ、東京都育ち。野球専門誌「野球太郎」編集部員を経て、フリーの編集者兼ライターに。元高校球児で、「野球部研究家」を自称。著書『野球部あるある』シリーズが好評発売中。アニメ「野球部あるある」(北陸朝日放送)もYouTubeで公開中。2018年春、『巨人ファンはどこへ行ったのか?』(イースト・プレス)を上梓。
[写真]
撮影:八尋伸
写真監修:リマインダーズ・プロジェクト 後藤勝