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松尾/アフロスポーツ

スポーツ界の「師弟愛」がパワハラの温床になる

2018/06/22(金) 09:56 配信

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指導者と選手の関係を「師弟愛」と美化する風潮がある。だがその閉ざされた環境がハラスメントの温床にもなる。自らもハラスメントを経験してきた五輪女子柔道銀メダリストで日本女子体育大学教授の溝口紀子氏に聞く。(ライター・菊地高弘/Yahoo!ニュース 特集編集部)

日本女子体育大学・溝口紀子教授(スポーツ社会学)。1971年生まれ。92年バルセロナ五輪女子柔道52キロ級で銀メダル。2002年から04年まで日本人女性初のフランス代表柔道チームのコーチを務めた(撮影:塩田亮吾)

閉鎖的な「ムラ社会」

スポーツ界のパワハラとして大きな問題になった女子レスリングや、日本大学アメリカンフットボール部の問題も、病根は同じだと感じます。それは競技以外にも、推薦入学や就職推薦など、さまざまな利権が監督の手中にあることです。監督が権力を持ちすぎ、選手が抗えない構造になっています。

私が中学生だったとき、柔道の名門高校から勧誘を受けました。地元の名士が監督を務める女子柔道部でした。でも、私は柔道と勉強を両立させたかったので、別の学校に進みたいとお断りしたんです。

すると、チームメートや練習仲間は態度を豹変(ひょうへん)させました。出稽古をしたくても、地元の名門監督に逆らう形になった私を誰も受け入れてくれない。私は村八分にされてしまったんです。

ただ、私はまだ恵まれていました。男子柔道部で私を受け入れてくれた高校柔道部があり、そこで稽古に励み、1992年のバルセロナ・オリンピックでは銀メダルを獲得することができました。

柔道には「流派」があります。名門にはそれぞれの「奥義」があって、所属の監督や師範となってその技を伝承していく。寝技に強い一門、奇襲がうまい一門……とさまざまです。そんな流派が一種のイデオロギーになって、価値観の合わない者を排除していく。そんな閉塞(へいそく)的なムラ社会が、パワハラの温床になっていきます。

私はそんな「柔道ムラ」から外れたところで競技生活を送りました。「ムラの中にいたらつぶされてしまう」と思っていたからです。

銀メダルを獲得した1992年のバルセロナ五輪(写真:青木紘二/アフロスポーツ)

女子柔道選手15人がパワハラを告発

2012年には女子柔道15選手によって、パワハラ、暴力行為の告発がありました。当時の日本代表監督が強化選手に日常的に暴力をふるい、高圧的な態度で接していたことを選手側が訴え、大きく報道されました。私も全日本柔道連盟(全柔連)理事からわいせつ行為を受けた女子選手の相談を受けたことがあります。先輩から国会議員まで、いろいろな方のお力を借りた結果、内閣府から全柔連に組織改善の勧告が出ました。

当時は女性が自らの所属組織を告発したことに驚きの声があがりましたが、私はむしろ女性だから言いやすい面もあると考えています。女性が発言することで世間は「ひどい」と同情して、注目してもらえるからです。でも、女性だからパワハラを受けるのはかわいそう……というのは違う。男性も女性も関係なく、あってはならないことです。

私はフランスの柔道界でコーチを経験しましたが、フランスは選手とコーチの「マッチング」を非常に丁寧にやっていました。フランスは個人主義の国ですが、技術はこのコーチ、メンタルはこのコーチと、専門性でコーチを選ぶのです。日本では、レベルの低い組織だと一人の指導者による「ワンオペ」になってしまう。その指導者に合う選手はいいですが、合わない選手は排除されてしまいます。

フランスでのコーチ時代(右から2人目)(写真提供:溝口紀子氏)

「内輪の論理」をやめて透明化を

どうやったらスポーツからパワハラをなくせるか。私はムラ社会を解体して、ガバナンス(統治)が働くようルール化すべきだと考えています。例えば選手選考なら、もし候補に親族がいれば選考委員から外れるようにするとか。こんな当たり前のことが実現できていない組織がまだあるのです。

柔道界は先述した問題が起きてから、全柔連の評議員のメンバーが刷新され、外部の有識者を入れるようになりました。「柔道界はこうだから」「われわれの時代はこうだった」といった内輪の論理では、一般社会とのズレに気付くことができません。透明性を追求して、あらゆる方向からモニタリングできる組織になれば、ガバナンスが利くようになります。何か問題が起きてから動くのでは遅い。「転ばぬ先の杖(つえ)」なんですよ。

選手には、おかしいことを「おかしい」と言える強さを持ってほしいです。日本人は「師弟愛」という美談が好きですよね。師の言うことには絶対服従、結果を出して恩返ししなければならない……と。でも、理不尽なことまで受け入れて我慢してしまっては、その組織の成長は止まってしまいます。

柔道がここまで発展してきたのは、先人たちの功績に他なりません。でも、その築き上げたものにあぐらをかいてはいけない。「当たり前」と思ってはいけない。私はそう考えています。(談)


スポーツ界のハラスメント問題が大きな関心事となっている。
スポーツの現場でパワハラ・セクハラはなぜ起きるのか。どのように防げばよいのか。3人の識者に聞く。

(6月21日配信)スポーツ界のハラスメントを許しているのは日本社会の風土だ――明治大学・高峰修教授
(6月22日配信)スポーツ界の「師弟愛」がパワハラの温床になる――バルセロナ五輪女子柔道銀メダリスト・溝口紀子氏
(6月23日配信)監督批判もOK ハラスメント防止は選手の話を「聞く」指導――筑波大学野球部・川村卓監督


菊地高弘(きくち・たかひろ)
1982年生まれ、東京都育ち。野球専門誌『野球太郎』編集部員を経て、フリーの編集兼ライターに。元高校球児で、「野球部研究家」を自称。著書『野球部あるある』シリーズが好評発売中。アニメ『野球部あるある』(北陸朝日放送)もYouTubeで公開中。2018年春、『巨人ファンはどこへ行ったのか?』(イースト・プレス)を上梓。

[写真]
撮影:塩田亮吾
写真監修:リマインダーズ・プロジェクト 後藤勝