静岡県の中小企業が開発した「サビ落とし」の新技術が、注目を集めている。橋や道路などインフラの老朽化問題が深刻化する中で、点検や補修業務をどのように進めていくかは喫緊の課題。高エネルギーのレーザーでサビだけを除去するアプローチが、課題解決の可能性を秘める。まるでライトセーバーのような、未来感たっぷりの新技術、まずは動画で見てほしい。(取材・文=NHKサイエンスZERO「#カガクの“カ”」取材班/編集=Yahoo!ニュース 特集編集部)
一瞬で鉄サビが消える
海沿いの町にある、橋の修繕工事現場。投光器に照らされた橋の構造部で、防護服を着た作業員が白い筒状の装置を構えている。装置の先には1m四方ほどの、全体が赤褐色のサビに覆われた構造物がある。
「レーザー照射します。3、2、1!」
作業員が装置のボタンを押すと、「ジーージジジジジ……」と音が響いた。レーザーは人間の可視光領域を超えているため、はっきりとは確認できない。機材と構造物との距離を調整すると、高い音に変わった。構造物に当たっている輪っかのような光が強くなり、「バババッ!!!」とさらに音が変化し火花が出た。
レーザー光が当たった部分は、みるみるうちに赤褐色から銀色に変化していく。サビが除去され、金属本来の色が現れたのだ。作業員は「サビを落とすときに、この装置は発射の反動がないので何も力が必要ない。体力的に楽だし、どちらかというとゲーム感覚で、楽しいです」と笑顔で話す。
日本を揺るがすインフラ老朽化
いま、橋やトンネルなどインフラの老朽化が日本社会を揺るがす大きな課題になっている。
日本にあるおよそ70万の橋(2m以上)は、もともと耐用年数を50年とみて設計されている。国土交通省によれば、建設した年が判明している全国の橋のなかで、50年を経過したものは全体の18%にあたる約7万1000橋(2013年)だ。いまから5年後の2023年には、4割を超える約17万1000橋が建設から50年を経過するという。
インフラの老朽化問題は、2012年12月の中央自動車道笹子トンネルの天井板落下事故もきっかけにクローズアップされた。2014年からは自治体や高速道路会社などの道路管理者に対して、橋やトンネルを「5年に1回、目視点検すること」が義務化された。
ところが現実的には、点検にかかる人的コストや、老朽化が見つかった場合の補修の費用をどうするかは簡単な問題ではない。点検・補修がままならないなか、橋を支える鉄骨がサビにより腐食したり、コンクリートが剥がれ落ちたりして、通行規制が行われるケースが増加している。そこでいま建設業界では、インフラの点検や補修を効率化する先進的な技術の開発が急ピッチで進められている。
島国日本で問題化する「サビ(腐食)」の問題
インフラ老朽化に係る深刻な課題の1つが、サビ(腐食)による強度の低下だ。鉄などの金属は水分の存在下で酸素と結合すると酸化鉄(サビ)となり、強度が低下する。塩分には鉄を酸素と結びつきやすくする性質があり、海に囲まれた日本では塩害によるサビが起きやすい。構造物にサビ部分ができると、そこから水分や塩分が入り込みやすくなり、さらに周辺にサビが進む……という悪循環が生まれる。放置すると、最悪の場合、鉄骨の破断につながるなど大きなリスクとなる。
冒頭で紹介した技術は、静岡県富士市の塗装業者「トヨコー」が、光産業創成大学院大学(浜松市)と開発。高エネルギーのレーザー光をサビに照射し、弾き飛ばすことで除去する。鉄などの金属はもともと光を反射しやすい性質があるが、錆びると光を吸収しやすくなる。この性質を利用し、レーザーの波長や照射する時間を工夫することで、サビだけを高温にして弾き飛ばし、本体の金属のダメージを最小限に抑える仕組みを実現した。
この技術にはもう1つメリットがある。「扱いやすさ」だ。橋の内部で橋脚と橋桁をつなぐ「桁端部(けたたんぶ)」と呼ばれる部分は、構造が複雑で塩分を含む雨水がたまりやすく、特にサビが起きやすい。しかも橋の内部にあるため作業できる場所が確保しにくく、作業が効率的に進まないという課題があった。
冒頭で紹介したレーザーの発射機は、重さおよそ3kgと片手で持てるほど軽く、狭いところでも動かしやすい。鉄骨が入り組んだ狭い場所にも持ち込むことができる。
軽量で取り扱いがしやすいレーザーは、こうした狭い場所での作業の効率を大幅にアップさせる。また、サビの除去に一般的に使われているサンドブラスト工法(砂をぶつけてサビをとる)と比べて反動がなく、粉塵も少ないため、作業員の負荷を低減できる。トヨコーはこの技術により経済産業省の「地域未来牽引企業」に選ばれた。
塗装業者が生み出したレーザー技術
開発を担った豊澤一晃さん(42)は、塗装業を営む従業員17人の中小企業の2代目社長として、主に工場の屋根の塗装などを請け負っていた。しかし、本業の塗装業で大口のキャンセルが相次いだことをきっかけに、「このままでは生き残っていけないかもしれない」と強い危機感を抱いたという。
「屋根の修繕分野は、景気の影響を受けやすく、一番にカットされやすい領域です。安定させるためには、守るんじゃなくて攻めなければならない。新しい事業が必要だと感じました」
そこで目をつけたのが、サビの除去だった。橋梁等の塗替え工事において、サビや古い塗装を除去するには大きなコストがかかる。砂をぶつける従来の工法で、体力的な負担を訴える作業員の声も聞いていた。「もし、新しい技術でサビを除去できればニーズがあるし、しかも作業員の負担を減らせるのではないか」と考えた。
世界中の技術を調べたところ、文化財や石材などのクリーニングにレーザーを使っていることを知った。「この方法を転用すればサビとりに使えるのではないか、そう考えました」
レーザーについて全くの素人だったが、地元の浜松市にある光産業創成大学院大学でレーザー研究が活発であることを知り、10年前に自ら大学院生として入学。レーザーを専門とする藤田和久教授と共同で研究を開始した。
文化財など小さなものをクリーニングする場合と違い、レーザーで広範囲のサビを除去するには、根本的な問題があった。
「レーザーの出力をあげてサビを除去できるエネルギーを出せるところまで持っていったのですが、レーザーの光は非常に細く、削れるのは小さな点にすぎません。広範囲を対象にすると時間がかかるうえ、ひどいムラが生まれてしまうんです。これでは到底、実用化はできないと思いました」
藤田教授とともに研究室にこもる日々が続いたが、妙案は生まれない。ある日、研究を終えた夕食中に、豊澤さんはとつぜんアイデアを思いつく。塗装業で使うグラインダーのように、レーザーを高速で回転させ円を作って動かせば、ムラなく広範囲を対象とできるのではないかと考えたのだ。
藤田教授に相談すると、レーザーをプリズムで屈折させ、そのプリズムを高速回転させれば円の軌跡を作れるというアイデアが出た。さっそく試作してみると、ムラなく広範囲でサビを除去できた。さらにこの方法は、レーザーが1点にとどまらず常に移動しているため、レーザーによりサビの部分の温度が上がる時間が一瞬で済み、その下にある金属そのものを傷つけずに済むという利点もあった。こうして、世界で初めてレーザーで酷いサビにも対応できる技術が実現した。
「工事現場を変えたい」からこそ生み出した技術
もともとはデザイナーとして働き、家庭の事情で地元に戻り塗装業を継いだ豊澤さん。レーザーを使った技術を開発した背景には、人手不足が深刻化する建設業界に新しい風を入れたいという強い思いがあった。
「こういうことを言うと現場の人に本当に申し訳ないですが、いま工事現場に行くと、作業する人がみなさんお年寄り、という状況を目にします。若い人がなかなか現場に入ってきてくれない日本の構造を見ると、正直、将来が不安になるんですね。わたし自身、工事現場に仕事が変わったときに3Kと言われて悔しかったので、その気持ちもわかります」
「じゃあどうすれば良いか。そこで大事なのはデザインだろうと思ったんです。レーザーは見た目が格好いいし、現場仕事に興味がない人でも、私も使ってみたい!なんかかっこいい!と思ってもらうように設計しました。男性でも女性でも、ワクワクして、工事の現場にちょっと入ってみようかなと思える、そういう空気感が生まれれば、日本のインフラの状況もものすごく変わると思っています」
いま豊澤さんは、全国の大学に出向き、学生らにレーザー技術を体験してもらう活動を続けている。この技術に興味を持ったことをきっかけに若者が業界に入ってくれば、新しい発想が生まれ、インフラ点検・整備の現場を変えるような新技術がさらに生まれるかもしれない。豊澤さんの夢は広がっている。
本記事は「Yahoo!ニュース 特集」とNHK「サイエンスZERO」の共同企画です。今回の技術を特集したサイエンスZEROは4月15日23:30~ Eテレで放送されます。NHKサイエンスZEROでは、日本の科学現場を応援するプロジェクト「#カガクの“カ”」が進行中。科学に対する疑問・質問、取材してほしい情報などを募っています。ハッシュタグは「#サイエンスZERO」。
[写真]提供:NHK
[取材協力]湯沢友之