遠藤智昭

子どもたちの「希望の星」に――1型糖尿病の阪神・岩田がマウンドに立ち続ける理由

9/15(金) 9:28 配信

阪神タイガース 岩田稔

糖尿病に「1型」と「2型」があるのをご存じだろうか。生活習慣病としてよく知られているものは、2型を指す。一方、1型糖尿病は生活習慣とは関係なく罹患し、何が原因かも根本的にはわかっていない。2型に比べて発症率も低く、知られていないがゆえに誤解されることも多い。その1型糖尿病を患いながら、プロ野球選手として活躍するのが阪神タイガースの岩田稔投手だ。高校2年生で発症してから17年。岩田投手はどのように病気と向き合ってきたのか。
(ライター・中村計/Yahoo!ニュース 特集編集部)

(撮影:遠藤智昭)

「不摂生してたんちゃう?」根強い誤解

降板直後は、ふらふらになることがある。体がだるく、めまいを起こすこともしばしばだ。阪神の左腕・岩田稔(33)は、何でもないことのように言う。

「この前の試合もそうでしたけど、気持ちが入り過ぎると、血糖値が上がり過ぎてしまうんですよ」

正常な人であれば、暴飲暴食をした後でも血糖値は140 mg/dL程度だ。しかし、岩田は300近くまではね上がってしまうことがある。

「試合が終わって、ホッとした後に、ガクンと下がったりするんです」

1型糖尿病――。

岩田は、こう呼ばれる病を背負いながら、プロ野球のマウンドに立ち続けている。

阪神甲子園球場(撮影:遠藤智昭)

成人の生活習慣病といわれる、いわゆる「糖尿病」は、正確には「2型糖尿病」と呼ばれ、1型糖尿病とは区別される。

インスリンは血糖値を下げる働きをするが、体質や生活習慣によってインスリンの働きが弱くなる2型糖尿病に対し、1型糖尿病は、免疫機能の異常などによってインスリンを分泌する細胞そのものが破壊されてしまう症状である。そのため、1型糖尿病にかかると生涯、注射器による毎日のインスリン投与が欠かせなくなることが多い。

岩田の主治医、竹川内科クリニックの竹川潔は説明する。

「ウイルス感染などによって1型糖尿病にかかると、免疫機能に異常をきたし、体に必要なものまで攻撃してしまう。結果的に、膵臓の中でインスリンをつくるβ細胞がやられてしまうんです。ですから、インスリンを打たなければならないわけです」

2型糖尿病に比べると1型糖尿病は「糖尿病の患者さんの約5パーセント」(竹川医師)と少数派で、十分に広く認識されていない。そのため「糖尿病」と言うと、生活習慣病である2型糖尿病だと思われることが多く、岩田も、しばしば誤解を受けてきた。

「今でも言われますよ。『不摂生しとったんちゃう?』みたいな。そんなことぜんぜんないのに」

――人知れぬ苦労があるわけですね。

「ちょいちょい、ありますね。ふわはっはっはっ」

岩田は腹の底から笑う。それは周囲の人の下手な同情が入り込まないよう、バリアを張っているようでもあった。

(撮影:遠藤智昭)

命を守るためのポーチ

岩田が1型糖尿病を発症したのは、高校2年生の冬だった。全国優勝の経験もある強豪校・大阪桐蔭で、岩田は、野球漬けの生活を送っていた。

年末年始の休みを利用して、岩田は、両親と兄と、家族4人で和歌山へ家族旅行をした。その道中、激しい疲労感と、異常なほどの喉の渇きを覚えた。

「風邪かと思ってたんで、スポーツドリンクとかコーラを飲んでいた。とにかく、しんどかったんで病院に行ったら、1型糖尿病だと言われて。即入院でしたね。血糖値が800近くまで上がっていたそうで」

当時、診察にあたった竹川が振り返る。

「もうちょっと、何もせんかったら意識がなくなって、生命にもかかわり得る状態でした」

耳慣れない病名を聞き、岩田の脳裏を真っ先によぎったのは、「もう野球、できひんのやろな……」という絶望感だった。

(撮影:遠藤智昭)

しかし、その真っ暗な気持ちに、一冊の本が光を与えてくれた。竹川は、元メジャーリーガーで、巨人でも活躍した投手であるビル・ガリクソンの『ナイス コントロール! ガリクソン投手のおくりもの』という本を差し出した。ガリクソンも1型糖尿病患者だったのだ。

竹川は岩田に「ちゃんと治療すれば、なんでもできるんだよ」と力説した。

「彼は元来、落ち込まないタイプなんですけど、病気を知ったときは、まず呆然として、さすがに打ちひしがれていました。でもガリクソンの話をしたら、今でも覚えてますけど、目つきが変わりまして。『がんばりますわ』と」

以降、岩田は、手ぶらで出かけることはなくなった。インスリンの注射器や血糖値測定器を入れたポーチを必ず携帯した。

そのポーチの中身を机に並べて見せてくれた。

常に携帯しているポーチの中身。右から、持効型インスリン製剤、超速効型インスリン製剤、その左が穿刺(せんし)器具で、針を取り付けて使用する。液晶画面のついている半円柱形の器具が血糖値測定器で、Bluetooth通信でスマホのアプリに数値を記録することができる(撮影:遠藤智昭)

「やってみましょうか? まずは血糖値を測らないといけないんです。これが血ぃ出す針です。これで、指先を……」

そう言って、利き手とは逆の右手薬指の先に針を刺す。これまで何万回と針を刺されただろうその部分の皮は、黄色く変色していた。皮が分厚くなっているせいだ。

小さな球形の血が浮き出る。それを測定器に当てて血糖値を測る。その数字に応じて、打つインスリンの量を微調整するのだ。

利き腕と反対の手の指先に採血用の針を刺す。指先は変色し、固くなっていた(撮影:遠藤智昭)

岩田が使用しているインスリン注射には、朝と睡眠時の2回打つ「持効型」と、朝昼晩の食事の前に打つ「超速効型」の2種類がある。つまり毎日、最低でも5回は注射を打たなければならない。

注射はどこに打つのかと問うと、岩田はユニホームをたくし上げ、両手で、右の脇腹をつまんだ。

「ここも何度も打ってるんで、しこりみたいになってる。硬くなってしまったんです。そうすると効き目が薄くなる。だから、本当は硬くなっているところを避けてやわらかいところに打ったり、場合によってはお尻とか足とかに打ったほうがいいらしいんですけど、つい慣れてるところに打ってしまう」

病気と付き合い始めて、もう17年目になる。

左利きなので、右脇腹が注射を打ちやすい。ためらいなくユニホームをたくし上げて、「しこりみたいになっている」とつまんでみせてくれた(撮影:遠藤智昭)

1型糖尿病患者の「希望の星」に

1型糖尿病にかかり、最大の挫折は、高校3年生のときだった。社会人野球の強豪でもある地元大阪の大企業に内々定をもらっていた。しかし病気を理由に突然、取り消された。「(監督に聞くところによれば)糖尿病はいらん、みたいな言い方をされたみたいですね」。そのときの心境を、最大限、ジョークを装って言う。「まじ、クソやな、この会社と」。

岩田は関西の名門・関西大学に進学することになった。「大学卒業するときは、絶対もっとエエとこ、就職したろうと思いましたね」。

そして4年後、球界随一の人気を誇る阪神タイガースに入団した。

試合のない日に球場で練習する岩田投手(撮影:遠藤智昭)

確かに1型糖尿病は血糖値のコントロールさえきちんとできれば問題はない。ただ、それを誤ると、大変なことになる。阪神入団後、岩田にも苦い経験がある。

2010年秋、高知県・安芸で、翌日にキャンプ・インを控え、同僚4人と食事に出かけた。食べる前にいつもと同じ量のインスリン注射を打った。しかし、体重を落としていた時期だったため、炭水化物を控え、野菜ばかり食べていた。しかも、その日のメニューは鍋料理で、締めのご飯が出てくるまでに時間がかかった。そのため、十分な糖分をとる前にインスリンが効き始め、血糖値が急降下。明らかに変調をきたした岩田は部屋に戻るなり意識を失い、救急車を呼ぶ騒ぎとなった。

「酒を一滴も飲んでないのに、めっちゃハイテンションになってきて。挙げ句、普段はそんなこと絶対しないのに、後輩に説教したりしてたらしいです……。頭、ぶっ飛んでたんでしょうね。いろんな人からお叱りを受けました。ぬわはっはっはっ!」

竹川は「インスリンの管理には『量(単位)』と『タイミング』をコントロールすることが肝要」だという。岩田の場合、周囲の人間が岩田の病気のことを知っていたため事なきを得たが、一歩間違えれば、大変な事態になりかねないミスだった。

オリジナルデザインのニコちゃんマークのキーホルダー。裏側には背番号の「21」がプリントされている(撮影:遠藤智昭)

1型糖尿病は、アスリートにとって、致命傷にはならない。ただ、病気にかからないに越したことはないだろう。それでも、岩田はこう話す。

「1型になってなかったら、プロ野球の世界に入ってこれなかったんじゃないかな。内定を取り消されて、見返してやろうと思ったから、がんばれた。病気のおかげかなと思います。僕と1型は切っても切れない関係ですね」

高校2年生時の岩田にとってガリクソンがそうだったように、今や、岩田は1型糖尿病患者の「希望の星」だ。そのことを、あえて口にはしないが、十分に自覚している。

年に2回、10組20人の患者とその家族を甲子園球場に招待し、オフには、全国のそうした人たちの集まりに顔を出す。

7月25日と27日の両日、1型糖尿病患者の子どもたちとその家族を甲子園球場に招待した。27日は先発投手として今季初登板、勝利投手となった。写真は25日に子どもたちと面会したときのもの(写真提供:阪神タイガース)

「まだ、限られたところしか行けてない。いちばん遠くて、仙台かな。まずは野球ですけど、引退した後も、全国、いろんなところを回ってみたい」

岩田は、「1型の子どもたちが、どんな顔をして過ごしているか、すごく気になる」のだという。

「僕が訪ねることで、がらっと変わる子がいるかもしれないじゃないですか。少しでもいいから、1型の子どもたちの力になりたい。『適当にやっとっても大丈夫やで』ってことだけでも伝われば」

昨年刊行した著書には、「切っても切れない関係」という1型糖尿病との付き合いと、野球への思いが書かれている(撮影:遠藤智昭)

「適当っス」

「適当なんで」

岩田は取材中、何度も「適当」という言葉を使った。ただし、1型糖尿病の血糖値コントロールに「いい加減」は許されない。

岩田が伝えたいのは、深刻になり過ぎないで欲しいという、子どもたちへの切なる願いだ。1型糖尿病は、岩田がそうだったように、治療と管理さえ継続すれば、あきらめなければならないことなど一つもない。

(撮影:遠藤智昭)

(文中敬称略)

岩田稔(いわた・みのる)
1983年、大阪府守口市生まれ。大阪桐蔭高校2年生の秋からエースとして活躍。関西大学に進学、2005年ドラフトの希望入団枠で阪神タイガースに入団。3年目の2008年から1軍のローテーション投手として定着し、現在も先発投手として活躍する。2009年WBC、2014年日米野球では日本代表にも選出された。2016年、自伝『やらな、しゃーない!』(KADOKAWA)を出版


中村計(なかむら・けい)
1973年、千葉県船橋市生まれ。同志社大学法学部卒。スポーツ新聞記者を経て独立。スポーツをはじめとするノンフィクションをメインに活躍する。『甲子園が割れた日』(新潮社)でミズノスポーツライター賞最優秀賞受賞。『勝ち過ぎた監督 駒大苫小牧 幻の三連覇』(集英社)で、第39回講談社ノンフィクション賞を受賞。


[写真]
撮影:遠藤智昭
写真監修:リマインダーズ・プロジェクト
後藤勝

最終更新:9月15日(金)10:25

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