笹島康仁

巨大防潮堤で「海が見えない」 防災か日々の暮らしか

7/28(金) 6:28 配信

海と陸地を遮断する巨大な構造物。その横を大型ダンプが行き交う————。太平洋側の海辺に行くと、いま、あちこちでそんな光景が目に入る。「東日本大震災のような津波被害を二度と起こさないために」という防潮堤の建設現場だ。もっとも、巨大なコンクリートの壁が姿を現すにつれ、住民の戸惑いも広がってきた。海の眺望が消え、風景は一変し、まちの将来にも大きな影響を与えかねないからだ。防災か景観か、万が一の備えか日々の暮らしか。防潮堤の建設や計画が進むいくつかの海辺を訪ねた。まずは、静岡県の伊豆半島から。(笹島康仁/Yahoo!ニュース 特集編集部)

伊豆半島の漁港で

伊豆半島の先端近くに位置する静岡県松崎町。5月下旬の早朝、松崎漁港に足を運ぶと、地元の関典二郎さん(75)が仲間の釣りを眺めていた。内閣府の予想では、南海トラフ巨大地震が起きると、この町は最大で高さ15メートルの津波に襲われる。防潮堤について尋ねると、向こうを指さし、「あそこにやぐらがあったな。十何メートルとか……かなり高かったなあ」と言う。

静岡県の松崎海岸。既存防潮堤のかさ上げを検討中(撮影:笹島康仁)

津波対策として防潮堤をかさ上げすると、どんな感じになるのか。“やぐら”はそれを住民に実感してもらうためで、静岡県が昨年秋、1週間限りで展示した。

今の防潮堤は海抜6メートル。それを7.5メートルにした場合と11メートルにした場合をそれぞれ実感してもらう狙いだった。場所は海のすぐそば。砂浜から見上げると、11メートルは4階建てビルほどの高さになる。展示の前に静岡県が実施した住民アンケートによると、「7.5メートル派」と「11メートル派」はそれぞれ3〜4割だった。「かさ上げ支持」が多いものの、「現状維持」「分からない」も合計で3割弱。意見は見事に分かれていた。

2016年秋に期間限定で設置されていた“やぐら”。奥側が海抜11メートル、手前が7.5メートル(提供:静岡県下田土木事務所)

地区協議会では「高すぎる」「観光に打撃」

静岡県内での防潮堤計画について、県と各市町は地域ごとに「協議会」を作り、住民の意見を聞こうとしている。松崎町の「松崎地区」では2015年9月を皮切りに過去4回の協議会があった。東日本大震災の記憶はまだ新しいうえ、南海トラフ地震についても防災の重要性が強調されている。それでも、松崎地区の協議会で出た意見は「防災一辺倒」ではなかった。

「津波注意」を呼び掛ける松崎町内の標識 (撮影:笹島康仁)

例えば、17人が参加した2015年10月の第2回協議会。当時の広報資料によると、防災のために防潮堤整備を求める声の一方で、「観光が主力産業。観光がだめになったら食っていけなくなる」「海の魅力と仕事がなくなれば人口減少が進むのでは?」といった意見があった。

松崎町は北海道鶴居村など全国64町村・地域でつくる「『日本で最も美しい村』連合」の一員でもあり、同連合の「フェスティバルinまつざき」を開いたこともある。観光を一大産業とする町だ。かさ上げが検討されている松崎海岸には全長500メートル余りの砂浜があり、観光の要だ。「11メートルは高すぎる。これでは松崎の観光がだめになる」「ホテルの2階ベランダから何も見えなくなる」といった声は切実だった。

松崎海岸。南海トラフ地震が起きれば、最大で高さ15メートルの津波が襲うと予想されている(撮影:笹島康仁)

「命が大事。一番高いものを」「避難タワーが先」

松崎町内を歩くと、さまざまな声に行き当たった。海岸の前に住む斎藤百合子さん(76)は「どうせやるなら11メートル。浜は見えなくなっちゃうけど、防潮堤の外に出れば見えるじゃない? 命の方が大事です」と言う。

精肉店経営の浅井眞さん(55)は宮城県石巻市の食肉加工業者と取引がある。東日本大震災後はボランティアとして石巻市にも足を運んだ。

精肉店経営の浅井眞さん。地域特産の川のりを使った特製コロッケが看板商品(撮影:笹島康仁)

「大震災で分かったのは『自然には勝てない』ということ。防潮堤も絶対じゃないし、東北でもすごい堤防を津波が乗り越えてきた。命を守るには『逃げる』が一番なんです。堤防で景観をだめにするくらいなら、今のままでいいと思います」

巨大な防潮堤より避難タワーの整備を、という声も強い。海岸近くで旅館を営む佐野勇人さん(47)もその一人だ。

佐野勇人さん。地域の地質や歴史に明るい(撮影:笹島康仁)

伊豆半島は、学術的価値のある地質や景観を持つ「日本ジオパーク」の認定地だ。佐野さんはそのガイド役でもある。「町が壊滅するような津波を防潮堤で完全に防ぐのは無理。それよりも、避難誘導路など逃げる方法をきちんとつくるべきです。その方がより多くの命を救えるでしょう」

ただ、住民には「命を守るためと言われると、巨大防潮堤に正面切っての反対は難しい」と感じる人もいる。自営業の70代男性は「景観と自然を守ることが将来のためになる」と言いつつ、「人命を守るためと言われると、反論できない」と明かす。そして、計画に反発ばかりしていると、県から公共事業が来なくなるかもしれない、とも心配しているという。

下田市の海岸。伊豆半島ではサーフィンを楽しむ人も多いが… (撮影:笹島康仁)

住民の声を聞き入れ、巨大防潮堤に「小窓」

静岡を離れ、東北へ足を伸ばした。計画段階のものが多い神奈川県以西の太平洋側と違い、東日本大震災の被災地沿岸では既に各地で巨大な防潮堤ができつつある。 東日本大震災で経験した大津波。「あの被害を二度と起こさないために」という思いは強い。

宮城県気仙沼市の気仙沼漁港では、「アクリル版の小窓」付き防潮堤が新設されている。市の中心部から南へ進むと、高さ約6メートルの防潮堤が現れる。そこに、はめ込まれた横幅1.5メートルの小窓があった。

宮城県気仙沼港に建設された防潮堤。アクリル板をはめ込んだ小窓がある (撮影:笹島康仁)

この小窓は「海が見えなくなる」という地元の声を採り入れ、取り付けたという。その一つを覗き込むと、重機や建設資材などが目に入った。整備されたコンクリートの地面が広がり、肝心の「海」は視界に入らない。

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小窓の枠に360度カメラを設置し、全方向を撮影した。このページ上でも画像を操作できる(撮影:笹島康仁)

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民俗学を専門とする東北大学災害科学国際研究所の川島秀一教授(64)は、この小窓を初めて見た時、「力が抜けました。海と生きてきた人たちをばかにしていると思いました」と振り返る。

「あまりにも生活感がない。巨大な防潮堤は『海は危険なもの』とみなし、地域から遮断する発想です。『あんなに巨大なものは要らない』と多くの人が思っているのに次々と工事が進んでしまう」

川島教授は長年、全国の漁村で住民らの話を聞き集めてきた。気仙沼の歴史にも詳しい。東日本大震災では自らも被災。津波で母を亡くし、自宅と貴重な史料も失った。

東北大学の川島秀一教授 (撮影:笹島康仁)

「行政の指示より住民の知恵を」

三陸沿岸は過去、何度も津波の被害に遭いながら、その都度、復興してきた。川島教授によると、例えば、岩手県鵜住居村(現釜石市)の両石地区は1896(明治29)年の津波で、総人口958人のうち824人が命を落とした。無傷の者はたった8人。それでも地区は昔から続く漁業を支えにして復興した。

震災後の三陸でも「海に全財産を取られたんだから、今度は海から取り返せばいい」と話す漁師がいた。岩手県宮古市では、高齢の女性が「津波の後には豊漁が来る。海は人を根絶やしにはしない」と語ったという。

川島教授が集めてきた聞き取り記録。東日本大震災の津波でほとんど流され、一部だけが残った(撮影:笹島康仁)

そうした調査を踏まえ、川島教授は「人々が海とどう生きてきたのか」という視点のない防潮堤計画は最終的に地域の復興に役立たない、と考えている。

「大震災後の復興計画は全て行政の上からの指示で、インフラ整備が中心でした。地域性を考えず、どこも同じ高さの防潮堤にしようとした。『防潮堤ができないと復興に向けた地域整備も進まない』という姿勢も見えた。住民の総意は高さ5メートルの防潮堤だったのに、結局は8.1メートルになった地域もあります」

岩手県陸前高田市の「復興まちづくり情報館」の展示。山を切り崩し、高台を造成していく様子 (撮影:笹島康仁)

行政のお絵かき、学者のたわごと、マスコミのおめでたさ、NPOのおせっかい。これがなければ、とっくに復興していた、と語った住民もいたという。川島教授は言う。「地域に生きる人々を信頼しないケースがあまりに多い。それが復興を遅らせています」

国交省の専門家「実は法律があいまいです」

国土交通省によれば、2017年3月末時点での防潮堤建設計画は、被災6県(青森、岩手、宮城、福島、茨城、千葉)で計677カ所に達し、総延長は459キロに及ぶ。10メートル超の防潮堤も、岩手県を中心に約50キロになる。既に9割近くが着工し、全体の35パーセントは完成済みだ。地元との調整が終わっていない地区は4 カ所だけで、2020年までにすべての完成を目指している。

東北3県で進む防潮堤計画

こうした防潮堤計画に、住民の声はどの程度、反映されるのだろうか。国交省国土交通政策研究所の佐々木晶二所長(取材時。今年7月に退職)は「防潮堤の根拠となる海岸法にそもそも不備がある」と言う。

「海岸法は公聴会についての記述があいまいで、極端に言えば、住民や受益者の話をあまり聞かなくてもいい、という仕組みになっている。ですから、役所も『とりあえず住民の声を聞いて、政治的にもめないようにすればいい』と。そういう伝統になってしまっているんです」

全国の海岸には「津波」に関する警告標識がたくさんある。静岡県西伊豆町で(撮影:笹島康仁)

佐々木さんによると、防潮堤の高さについて、国交省などは「地域の実情に合わせて柔軟に変えていい」という内容の通達を震災の4カ月後に出している。

「バリエーションがいろいろあるはずです。シミュレーションの浸水深だってあいまい。平気で5メートルはいじれます。けれども現場は(自らの責任で防潮堤の高さの)数字を動かすことができなかった。そもそもそんな巨大防潮堤を今の財政規模で造り切れるのか。日本は海辺にこんな巨大なものをたくさん造った経験もない。耐久性の問題もある」

「だから(津波対策は)バランスだと思います。防潮堤で全部は守れない。それなのに、今は『過去の事業を検証する』ことができていないんです。被災地の防潮堤建設ではどんな問題が起こったのか。しっかり検証し、南海トラフなどの対策に生かしていくことが大切です」

岩手県陸前高田市の沿岸部。防潮堤の建設は急ピッチで進んでいる(撮影:笹島康仁)

茨城県大洗町では「計画変更」

住民の声が届きにくいとされる海岸での公共事業。しかし、住民の意見によって防潮堤計画を変更した地域もある。フェリーターミナルを持つ茨城県大洗町がそれだ。観光客も多く、週末にはたくさんの車が押し寄せる。

週末の茨城県大洗町。新鮮な海産物を求めて、大勢の観光客がやってくる (撮影:笹島康仁)

東日本大震災のとき、この町は最大4.2メートルの津波に襲われ、町の約1割が浸水した。あの被害を繰り返さないように、と茨城県が防潮堤の建設案をまとめたのは昨年5月のことだ。

大洗町漁協の臼庭(うすにわ)明伸参事は「防潮堤自体は必要なんだけど、さすがに目の前すぎた」と振り返る。

当初の計画は、大洗町近辺の沿岸2.2キロに海抜4.5メートルの防潮堤を建設する内容だった。問題になったのは、市場や観光施設が立ち並ぶエリアの計画。新たなコンクリート壁は、市場がある海側と、飲食店などが並ぶ陸側を真っ二つに割るものだった。多くの観光客が訪れる場所から海が見えず、目の前が巨大なコンクリートの壁になってしまう。

大洗漁港で防潮堤計画について語る臼庭明伸参事 (撮影:笹島康仁)

計画案の公表後、漁業関係者を中心に「市場関係者の利便性が格段に落ちる」「観光の中心地なのに景観が悪くなる」という懸念が相次いだ。そうした結果、県は陸上での新設計画を一度白紙に。海上にある今の堤防をかさ上げし、港の出入り口に水門を設置する方式に変更した。

「自分たちの目の前に防潮堤が建たない限り、こういう問題に関心はないだろうけど、漁業関係者には毎日、一生のこと。港のにぎわいも相当出てきたし、この風景を遮られたらマイナスが大きい。これからの町のためにも、海が見えることが大事なんです」

水揚げでにぎわう大洗漁港の市場。奥に見える海上堤防のかさ上げが決まった (撮影:笹島康仁)

臼庭参事は「県が柔軟に対応してくれて良かった」と言う。防潮堤は高潮対策でもある。津波はいつ来るか分からないが、低気圧に伴う高潮は毎年来る。「海上の防潮堤のかさ上げは漁業者にとっても必要だった。意見が伝わって良かったと思います」


笹島康仁(ささじま・やすひと)
高知新聞記者を経て、2017年2月からフリー

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