キッチンミノル

「再び、自分らしく」――難病を公表した政治家の胸中

5/18(木) 9:21 配信

衆議院議員 原口一博

昨年12月、衆議院議員原口一博は、国の指定難病である「骨形成(こつけいせい)不全症」を公表した。骨形成不全症は、骨がもろく弱いことから、骨折しやすくなり、骨の変形をきたす病気だ。同年11月に遺伝子検査で正式に診断されるまで、なぜ自分が骨折を繰り返すのかわからなかった。2014年夏に右ひざを複雑骨折して長期入院したときには、感染症により骨髄炎を発症、死線をさまよった。政治家が自らの体調問題を明らかにするのは難しい判断だが、なぜ公表に踏み切ったのか。胸の内を聞いた。
(ノンフィクションライター・古川雅子/Yahoo!ニュース 特集編集部)

(撮影:キッチンミノル)

「難病なんて違う」と思いたかった

今年3月29日の衆院外務委員会。昨年11月下旬に転倒して右手と右足を骨折し、長期入院していた原口一博(57)が、復帰後はじめて質問に立った。「難病を公表して、闘病をしておりました」。そう打ち明けた後、原口は約45分間の持ち時間いっぱい質疑を行った。

遺伝子検査によって特定された病気は、国の指定難病「骨形成不全症」だ。

「国会での僕の質問の最中、スーッと大きく息を吸い込むことに気づいた方もおられるかもしれません。息苦しさも僕の病気の特徴のひとつで、肺活量が戻っていない」

4月中旬、議員会館にて。国会活動に復帰し、仕事に意欲を燃やす(撮影:キッチンミノル)

国会議事堂の廊下を歩く原口の足取りはゆっくりだ。階段では手すりを握り、一段一段慎重に上る。

原口の主治医である武藤真祐・祐ホームクリニック院長によれば、骨形成不全症とは、骨の主要な成分であるコラーゲンの先天的な異常により骨がもろくなり、折れやすくなる病気だという。

「幼い頃から強い症状が現れる人もいるし、普通に生活できる人もいます。折れた骨が元に戻りきらず、脊柱や四肢が曲がったままになることもあるし、肋骨が曲がって肺を圧迫し、呼吸機能障害をもたらすこともある。人により症状の出方はさまざまです」(武藤医師)

3月29日、難病公表後、はじめて国会で質問に立った(写真:毎日新聞社/アフロ)

原口の場合は、「自分はおっちょこちょいで、骨折しやすい子ども」だと感じていたが、日常生活に支障はなかった。中学校ではバレーボール部に所属。柔道やラグビーもしていた。

17年前、足のけがが治りにくかったことがあり、友人の紹介で訪れたホノルルの病院で「難病ではないか」と指摘された。

「僕の白目のところ、青いでしょ? これは『青色強膜(せいしょくきょうまく)』といって、この難病の特徴のひとつ。でも、特徴があると聞いても、その頃は日常生活に支障はなかったし、放っておいたんです。難病なんて違うと、思いたかったんでしょうね」

病気を公表してから、「私もです」と明かされることが増えた。「難病に苦しむ人が思いのほか身近にいることに気づいた」(撮影:キッチンミノル)

「難病は認定に至るまでが長い道のり」

公益財団法人難病医学研究財団が運営する難病情報センターによれば、骨形成不全症は約2〜3万人に1人の頻度で発生し、国内の患者数は6000人程度と推定されている。遺伝的な発病の場合と、突然変異で発病する場合とがあり、原口の場合は前者だ。昨年11月に骨折した際、遺伝子検査を受けて判明した。

翌12月、ホームページとツイッターを通じて公表した。励ましのメッセージもたくさん届いたが、批判もあった。遺伝性の病気を公表すれば、子どもや親族にまで迷惑がかかるのではないか、と。

「子どもには病気の遺伝子がないことがわかった。僕のケースでは、世代をまたいで発症することはない。それでも、正式な公表に踏み切るには迷いました。偏見は残るからです」

あえて公表に踏み切った理由はふたつあると原口は言う。

ひとつめは、難病当事者の孤立感をなくし、より早く認定にたどりつける環境をつくりたいと考えたからだ。

「難病は診断、認定に至るまでが長い道のり。専門医も少ない。それなのに、『家族に迷惑をかけるのでは』『仕事を続けられるのか』などの懸念があると、僕みたいに『病気を認めたくない』と発見を遠ざけかねません」

3年前の右ひざ骨折の折、MRSAに院内感染して「一時は医師に脚を切ると言われた」。化膿した皮膚を切り取り、自身の別の部位の皮膚を移植した痕が今も残る(撮影:キッチンミノル)

原口は昨年診断を受けるまで、自分がなぜ骨折を繰り返すのか、原因がわからなかった。壊れやすい身体を「ロクロ細工」と揶揄されたこともあるという。難病を公表し、国会に復帰したあとも、腫れ物に触るように扱われることもある。

「だからこそ、僕が病気を公表しながらも以前と変わりなく仕事をすることで、『難病に負けず重要な責務を果たせるんだ』というところをみせたい」

骨形成不全症は現在、根本的治療(完治)は確立されていないものの、骨の形成を促す薬剤による治療が可能になっている。筋力を強化して骨折の危険性を減少させる理学療法もある。

国会議事堂の中央広間にて(撮影:キッチンミノル)

また、難病法(難病の患者に対する医療等に関する法律、2015年1月施行)にもとづいて医療費の助成や福祉的なサポートが受けられる場合もある。

「僕は病気の特定までに17年の歳月を要しました。病気が早くわかるほうが、生活の質も上げられるんです」

「難病はレアだからこそ難病」。データの蓄積を

難病を公表したふたつめの理由は、知見が収集されることへの期待だ。

骨形成不全症に関しては治療法の開発は進みつつある。とはいえ、「難病はレアだからこそ難病」と原口は言う。

「データが蓄積されていけば、治療法や病気との付き合い方の知恵が集まって、医療の進歩に貢献するビッグデータになりうる」

今、原口の日常には、仕事と生活に「リハビリ」が加わった。時間をみつけて、水泳やストレッチに励む。

(※)上記は、2014年12月6日の投稿。2014年の衆院選を闘病中に迎えた。街頭に立てなかった原口は、ツイッターで討論を呼びかけた

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原口は骨形成不全症の他に、深部静脈血栓症も患っている。いわゆる「エコノミークラス症候群」と呼ばれる病気だ。2014年に階段を踏み外して転倒し、右ひざを複雑骨折した際、緊急手術の後、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)の院内感染が判明。骨髄炎を発症し、一時は死線をさまよった。深部静脈血栓症はそのときの治療と並行して発症したものだ。今でも国会で長時間座っていると、脚がパンパンに腫れるという。

「ここまでしか上がらない」と右手を上げてみせる。うしろは松下政経塾時代の写真(撮影:キッチンミノル)

昔に比べたらできないことだらけ。スポーツが好きだったのに、走ることもかなわない。原口は悔しさをにじませ、「民主党政権のとき、『総理を目指す』とがんばっていた頃の自分と今の自分とを比べたら、絶望にとらわれる」と話す。

「それでも、リハビリをすると、昨日よりも今日のほうが1センチ高く腕を上げられるようになっている。リハビリの語源は『リ(再び、戻す)+ハビリス(適した、ふさわしい)』だそうです。つまり、再び自分らしさを取り戻すこと。この『リ・ハビリス』の言葉をみなさんに届けたいです」

障害者基本法改正案の起草(2011年改正)、障害者差別解消法の制定(2016年4月施行)などにも力を注いだ(撮影:キッチンミノル)

原口一博(はらぐち・かずひろ)
1959年、佐賀県生まれ。1983年、東京大学文学部心理学科卒業。同年、松下政経塾に第4期生として入塾。佐賀県議会議員を2期務めたのち、1996年、衆議院議員選挙に初当選。現在7期目を務める。2014年に右ひざを複雑骨折、2016年にも転倒により右腕と右足を骨折、入院。骨形成不全症と診断される。


古川雅子(ふるかわ・まさこ)
ノンフィクションライター。栃木県出身。上智大学文学部卒業。「いのち」に向き合う人々をテーマとし、病や障害を抱える当事者、医療・介護の従事者、科学と社会の接点で活躍するイノベーターたちの姿を追う。著書に、『きょうだいリスク』(社会学者の平山亮との共著。朝日新書)がある。

[写真]
撮影:キッチンミノル
写真監修:リマインダーズ・プロジェクト
後藤勝

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