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樋口涼、ALE提供写真

「人工流れ星」日本の空に降るか――異端ベンチャーに集う俊英たちの動機と狙い

2020/01/29(水) 08:04 配信

オリジナル

2020年、日本の空で人工の流れ星が乱舞するかもしれない。世界初の「人工流れ星プロジェクト」。これに挑戦するベンチャー企業の周囲には、多くのスタッフや専門家が集い、支えている。なぜ、こんなプロジェクトが始まったのか。ゼロから何かを生み出すとは、どういうことなのか。経歴や得意分野が異なる人たちのそれぞれの"動機"を見つめるため、現場を訪ねた。(文・木野龍逸、写真・樋口涼/Yahoo!ニュース 特集編集部)

エンジニアだけど、資金調達にも参加する

JR浜松町駅から徒歩5分。芝公園の「増上寺」にも近いビルの1階と2階に「ALE(エール)」のオフィスはある。チーフエンジニアの蒲池康さん(41)はここで、容器の内部に真空をつくる「真空チャンバー」などを使って実験や機器開発に取り組んでいる。

蒲池さんの経歴に"宇宙"はなかった。プラズマを使った生産技術開発に15年ほど携わり、その後、ALEに加わった。宇宙業界で宇宙を一切研究したことがない人は珍しいという。

「でも、やるべきことは産業用装置の開発工程と全く一緒です」

蒲池康さん

衛星の本体を除けば、人工流れ星に重要なのは、流星のもとになる金属の粒とその粒を放出する技術だ。人工衛星そのものの開発は、この分野で実績を持つ東北大学大学院工学研究科の桒原聡文(くわはら・としのり)准教授の協力を得ているが、粒を放出する仕組みは自社開発だという。蒲池さんは、その中心にいる。

宇宙空間にある数十ミクロンから数ミリの微小物質が大気圏に突入すると、明るく光る。これが通常の流れ星である。

「流れ星のもとになる粒は、光るときプラズマになっている。だから人工流れ星の装置は、広い意味ではプラズマをつくる装置にかなり近い。できるだけ明るく発光させたい、そのために強いプラズマをつくることが必要なんですね。それにはどんな材料がいいのか、発生位置や色を正確に制御するためにはどんな装置であるべきか、その装置はどうやって作ればいいか。ここでの仕事も(以前の仕事の内容と)同じです」

「人工流れ星は、世界で誰もやったことがない。自分の持っている知見を全て使って、ゼロからモノを作り上げるのは、エンジニアとして一番おもしろいところです。めったにできる経験じゃないですからね」

3 粒の放出装置。下向きに見えるノズルから粒が放出される

蒲池さんが続ける。

「実際にこのプロジェクトに関わって思ったのは、ここが思った通りの会社だったというよりは、自分で思った通りの会社にしていくという感じです。モノ作りだけでなく、全てをやります。プランニングもやったし、資金調達にも携わった。資金調達などやったこともなかったけれど、投資家の前で何十回もプレゼンをして、すごく勉強になりました。何よりも、会社をつくる過程をゼロから学べるのがスタートアップの魅力ですね。失敗しても成功しても歴史に立ち会えるんですから」

やってみないと分からないことはたくさんある

人工衛星に載せる粒の放出装置。その開発工程は産業用装置と同じだと蒲池さんは言う。しかし、地上と宇宙空間は違う。とくに、装置の耐久性は実験をしないと分からないことが多い。

説明をさらに聞こう。

「粒の放出速度は秒速300メートルくらい。その誤差を1%くらいにしないと予定の位置で発光しません。そのために必要な性能は全てシミュレーションで予測できません。実験してみると、装置に全く耐久性がなかったこともあった。今は2000粒を放出しても速度が1%もズレない耐久性と精度を実現してますが、最初の頃は数百発でダメになることが続いて......」

蒲池さん

粒の放出時には300気圧もの圧力をかける。そこにも技術的な壁があったという。

「放出の制御には高圧下でも正確に動くバルブが必要です。海外には宇宙用があるんですが、1個が数百万円で、納期が1年とか。最初は絶望しましたね。でも、名古屋の高砂電気工業という医療系バルブメーカーの社長が『おもしろそうだ、ぜひやろう』って言ってくれて、3カ月くらいで試作してくれました」

放出装置の開発に携わりながら日本のモノ作りの力を知った、とも言う。

「断られたこともいっぱいありますよ。大きい会社ほどそういう傾向がある。会う人はみなさん、『やりたい』と言ってくれるんですが、社内の承認がすごく大変だ、と。でも、日本には優れた技術がある。『何かを目指して協力する』という思いがあれば何でも作れるんだな、と。それがここ2年くらいで思ったことですね」

大出現した「しし座流星群」。富士山5合目で撮影=2001年11月19日(写真:読売新聞/アフロ)

1872年11月27日、米国で突然出現した大流星雨。1時間に数万個だったとの記録がある。約6年ごとに太陽の周囲を回っていたビエラ彗星が分裂し、その軌道上に散らばった微小な星間物質の群れに地球が突っ込んで生じた。この流星雨は6年ごとに出現し、後に「アンドロメダ座流星群」と呼ばれるようになったが、20世紀になってほとんど活動は観測されていない(写真:アフロ)

「流れ星の明るさの理由は分かっていない」

2014年2月8日。日本大学理工学部航空宇宙工学科の阿部新助准教授(49)は、入試の担当委員としての仕事をこなすため、ホテルでしばらく缶詰めになっていた。そんな朝、部屋に配られた新聞を手に取ると、「『人工流れ星』を作る」という記事が載っていた。

阿部准教授は流れ星の専門家だ。JAXA(宇宙航空研究開発機構)の小惑星探査機「はやぶさ」プロジェクトでは、小惑星の表面からの光を波長ごとに分ける分光器の開発や、地球帰還カプセルの大気突入発光を人工流星に見立てた観測などを手掛けた。流れ星の温度や物質の組成比を分析したり、流れ星がどこから来たのかの軌道計算をしたりする。

千葉県船橋市にある日大理工学部のキャンパスを訪ね、研究室の扉をノックした。ホテルでの朝、新聞を見て、阿部准教授は何を思ったのだろうか。

阿部新助准教授(撮影:木野龍逸)

その記事は「『人工流れ星』を作る事業を進めるベンチャー社長」という見出しのもと、当時34歳だった女性が紹介されている。600字足らずの短い記事には「一辺50センチの立方体の小型衛星を打ち上げ、高さ数百キロの宇宙から計算した時間と方向へ玉を放出。玉が大気圏で燃え尽きることで、イベントなどの演出に合わせた流れ星になる。総費用は5億円」などと書かれていた。

「人工衛星から粒を放出しても普通にやったら明るくはならないので、失敗するだろうと思いました。でも、自分には明るくするアイデアがあった。以前、JAXAに(同じような)実験を提案しようと思ったこともある。だから、これは連絡しなきゃと思いました。こんな楽しいことをするなら自分も参加させてほしい、と。すぐに社長が佐原先生といらっしゃった」

"佐原先生"とは、航空宇宙システム工学の専門家である首都大学東京の佐原宏典教授である。ALEのプロジェクトには現在、社員や協力企業のほかに、「技術顧問」などとして5人の専門家が加わっている。佐原教授もその一人だ。

阿部准教授は続けた。

「どうすれば発光を強くできるかという自分のアイデアを、実験的に検証できないかというプレゼンを2人の前でやりました。そしてそのアイデアを盛り込んで、JAXAの実験設備利用に応募した。実は、JAXAの実験設備は『はやぶさ』の地球帰還カプセルが燃え尽きないようにする熱防護材を開発するためのものです。私たちは逆。(粒を)加熱して雲散霧消するために使ったんですね」

JAXAでの実験は成功し、粒は都会で目視できるほどの明るさになるめどが立った。

阿部准教授が保管している隕石。数センチ程度の小さな流星体は大気圏突入時に燃え尽きるが、数十センチ以上の大きさになると流星発光では全て失われず地球表面まで届く。「人工流れ星」プロジェクトで使用する金属粒は1センチ程度であり、確実に燃え尽きるという(撮影:木野龍逸)

阿部准教授は言う。

「そもそも、流れ星がなぜ明るく光るのかも正確に分かっていないんです。明るさの8~9割は(流星本体の後ろに伸びている)尾っぽからきているのですが、尾っぽの状態は非常に複雑。最先端の理論モデルでも再現できていません。でも、人工流れ星なら、組成、形状、密度、突入速度、突入角度など、天然の流星では推定でしかない重要な物理条件が分かっているので、答えを導き出す理論モデルを精緻(せいち)化できる。流星科学にとって非常に重要なデータになります」

「直径1センチくらいの物体を人工衛星からポトンと落としても、5等星くらいにしか光らず、肉眼では見えません。人工流れ星はその100倍くらい、マイナス等級の明るさまで増光します。その仕組みは、今はまだ内緒です」

「人工流れ星」の本当の狙い

人工流れ星プロジェクトを引っ張っているのは、ALE社長の岡島礼奈さんだ。

東京大学大学院で天文学を学び、博士号を取得した後、畑違いの金融業界へ。ゴールドマン・サックスで自己資本投資の部署に在籍していた。在学中、同級生らの能力に圧倒され、研究者の道よりも事業者として宇宙に関わりたいと思うようになったという。

岡島礼奈さん

「在学中に流れ星をやる会社を作りたいと思ったんですが、自分には金融の知識が足りない。投資家からお金を調達するには投資家の目線を勉強しなければ、と」

ところが、2008年のリーマン・ショックのあおりを受け、入社1年で退職を余儀なくされる。その後は知人と起業したコンサルティング会社を手掛けつつ、起業の準備も進めた。

それにしても、なぜ流れ星なのか。

岡島さんは「根底にあるのは基礎科学をどうやって発展させるかということ」と話す。

「研究は公的資金に頼っている部分がある。政治状況などによって公的資金の使いみちが変わり、プロジェクトがなくなるのも目の当たりにしてきました。ですから、公的資金に頼らずに基礎科学を発展させるために何ができるのか、と考えていた。流れ星はたくさんの人の関心を宇宙に向けさせるエンターテインメント。そのマネタイズで公的資金に頼らなくても科学研究をきちんとできる仕組みをつくる。その両輪をやりたい。私たちが流れ星を流すのは、そういう土台をつくる第一歩だと思っています」

ALE社内の管制室にある人工衛星ビューワー。各衛星の軌道や現在位置を確認できるだけでなく、ここから衛星の制御も可能になる

ALEの人工衛星の実物大模型

とりあえず光った! でも......

2011年にALEは誕生した。当時のオフィスは岡島さんの自宅。よく言えばSOHOだが、形だけとも言えるようなスタートである。

「業務委託という形式で週4日働いて、生活費を除いたものを研究費に回して。必要なのは材料費などの実費だけなので、年数百万円の下の方で暮らしは回るんです。もちろん、支出は削りまくり。あの時期はほとんど洋服とか買ってなかったですね」

岡島さんは「この頃は甘く考えていて、2015年くらいにはサービスインできるだろうなって思っていた」と振り返る。

天文学を修めたといっても、流星科学の専門家でもなかった。どんな実験をやればいいのかも分からなかった。それでも、首都大学東京の佐原教授の助けを得ながら「シミュレーション」を始め、2年後の2013年にはJAXAの施設で初めて実験をし、金属の粒を光らせることに成功した。

最初に実験した流れ星は都会では見えない明るさだった(写真:アフロ)

岡島さんは言う。

「実験では、3等星くらいに光りました。『あ、意外と明るく光るじゃん』って。当時は理論もよく分かってなかったので、粒は適当な物質の寄せ集め。1~2センチ程度の大きさや素材を変えて30種類くらい用意してました。明るくなったのは、そのうちの一つ。でも、3等星だと都心では見えないんです」

この実験をきっかけに出会ったのが前出の阿部准教授だったのである。

プロジェクトを育てる難しさ 「一番大変だったものは......」

阿部准教授が加わった後、プロジェクトは大きく前に進んだ。でも、その後も「ぜんぜん平坦じゃなかった」と岡島さんは話す。

岡島さん

「一番大変だったのは、お金集めでも技術でもなく、組織でした。組織をつくって会社にしていくことは、すごくハードルが高かった。とくに難しかったのは、組織の方向性を示すことですね。自分がビジョンを明確に話せていたら違ったと思います。すごく口惜しいことですが、自分が未熟で、できてなかった。目指す方向は、最初は小さなズレでも進んでいくと大きくなるでしょう? それを示せなかった」

「いろいろ失敗した末に、今はいいメンバーが集まって、みんな同じ方向を向いています。会社経営をしていて楽しいことなのですが、同時に、自分がすごく成長しないといけない部分を毎日、突きつけられている。すごく苦しい。ここが足りてないなとか、こういう方向がよかったとか」

ALE本社の柱に書かれたロケットエンジンのノズルの概念図

ふたご座流星群。2017年12月15日、中国で観測された(写真:アフロ)

人工流れ星の先に何を見据えているのか。これについては、阿部准教授が説明してくれた。

「流れ星が光る地上高度50~80キロと80キロ以上をそれぞれ、中間圏と熱圏と言います。気球でも行けなし衛星も飛ばせないから直接探査が難しい。人工流れ星を観測すれば中間圏の情報を間接的に得ることもできるでしょう。中間圏を理解できれば、気象予報がより正確になると考えられているので、取得したデータには商用価値も発生します」

日本政府が2015年に定めた宇宙基本計画は、宇宙関連産業を10年間で計5兆円規模に拡大するとの目標を掲げている。

また、シンクタンクのニッセイ基礎研究所が2019年9月にまとめたレポートによると、宇宙ゴミの除去や宇宙飛行機といった分野に日本のベンチャー企業も続々と参入。巨額の資金調達に成功する宇宙ベンチャーも多く、月面での輸送・探査プロジェクトを進めるispace社(2010年設立)の101.5億円をはじめ、シンスペクティブ社(2018年設立)やアストロスケール社(2013年設立)など100億円以上を集めた例もある。ALEも2019年9月に香港の投資ベンチャーなどから計12億円を調達した。

それでも人工流れ星プロジェクトには、問題が山積している。直近では、2019年夏のロケット打ち上げが一度、2020年春に延期になった。打ち上げは米Rocket Lab社に委託しているため、自力ではどうにもならない。

人工衛星から粒を放ち、流れ星をつくる=イメージ図(ALE提供)

しかし、岡島さんが「めったにないことなのですが」と言う打ち上げスケジュールの前倒しがあり、2019年12月にニュージーランドで打ち上げに成功。人工衛星は軌道に乗った。この衛星から1センチ程度の金属の粒を放出し、世界のどこかで流れ星を飛ばす。

岡島さんは言う。

「打ち上げを延期したとき、事業計画を全部見直す必要が出てきて、『お金はもつの?』っていう状態で。結局、衛星の軌道投入はできましたが、なんというか、(ゼロから積み上げているので)いろいろ起きます。ただ、何かあっても『ほんとにいろいろあるねえ』っていう感じになってきました。今は会社に来て、みんなといるのが楽しい。朝、おはようって言ったら、おはようって返ってきたり、みんなと将来の宇宙開発の夢を語ったり、ALEの将来を話したり。 それがすごくうれしいんです」


木野龍逸(きの・りゅういち)
自動車に関する環境、エネルギー問題を中心に取材。福島の原発事故発生以後は、収束作業や避難者の状況を中心に取材中。著作に『検証 福島原発事故・記者会見3~欺瞞の連鎖』(岩波書店)など。「フロントラインプレス(Frontline Press)」所属。

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