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笹島康仁

サッカー選手をやめた後も「まち」に残る――JFLから1年で降格 コバルトーレ女川のいま

2019/03/05(火) 09:59 配信

オリジナル

水産加工会社で働く泉田圭太さん(32)は2008年、サッカーチーム「コバルトーレ女川」に入団するため、宮城県女川町に移り住んだ。ところが、けがを機に引退しても、故郷の栃木県には帰らない。泉田さんに限らず、コバルトーレには在籍期間の長い選手が目立ち、引退後も女川を離れない選手が多いのだという。2006年の創設後、東日本大震災に伴う1年間の活動休止を経て、チームは昨季、全国リーグの「JFL」に初めて昇格した。上位リーグの壁は厚く、後期は0勝13敗2分けの勝ち点「2」で最下位。通算成績も最下位となり、1年で地域リーグに降格した。それでも、女川に残った選手たちは再び、「J」の付くリーグを目指している。(文・写真:笹島康仁/Yahoo!ニュース 特集編集部)

入団と同時に、水産加工場へ

2月中旬の平日、午前7時。女川町の水産加工会社「高政」本社を訪ねると、作業服姿の泉田さんが出迎えてくれた。

「寒いっすね。家を出た時は(気温が)マイナス5度でしたよ。すいません、寒くて」

高政の朝は早い。2階の作業場に行くと、既に男性4人がかまぼこを作っていた。2人はコバルトーレの現役選手。残る2人のうち1人は選手OBで、泉田さんと同期入団、同期入社だという。

かまぼこ作りの工程を解説する泉田圭太さん(左端)。右端はコバルトーレ副キャプテンの及川陸さん

泉田さんが蒸したてのかまぼこを差し出した。

「ふわふわでしょ? 冷えたらまた違う食感になります。毎日見て食べてたら、さすがに飽きますけど、それでも、うまいんすよ」

泉田さんは2014年に引退し、その直後、製造ラインの管理を担う課長代理に抜擢された。社長直属の開発チームにも所属する。

「食感がちょっと弱くても、ありすぎてもだめ。高いクオリティーを出し続けるのが大変なんです」

蒸し上がったかまぼこを容器から取り出していく。大量の蒸気が立ち込めた

コバルトーレの発足は2006年。Jリーグの誕生から13年。「J」への参加を目指し、各地でチームが誕生していた。コバルトーレでも、発足時から選手は地元の会社でフルタイムで働き、終業後や週末に練習・試合をこなす生活を続けている。

ゴールキーパーだった泉田さんも2008年、入団と同時に高政の社員となった。

「みんな理由があって、この町にいるんすよ」

従業員たちは黙々と作業をこなしている。

蒸し上がったかまぼこを容器から取り出す、大量のエビをゆでる。大きな蒸し器が数分おきにシューと蒸気を吐き出す。この日は休みだった泉田さんに「今日、出るんすか?  (かまぼこを)焼いてくれるんすか?」と後輩から声が掛かる。泉田さんが「出ねーよ、ばか」と軽く返すと、静かだった工場内に笑いが起きた。

泉田さんが蒸し器の近くで立ち止まった。

「取材はいっぱい受けました。震災前からこの町にいて、震災を経て、結婚して、現役を退いてもここにいる。題材にしやすいじゃないですか」

泉田さん。現在も時折、チームのキーパーの指導を手伝っている

「もちろん、震災があって見捨てられないって気持ちはあるけど、それだけじゃない。同じように引退後に残ってるやつもいる。震災を経験してなくても、この町に残りたいって後輩もいる。サッカーのために来たんだから、引退したら帰ればいいのに、って自分でも思うんですけど、意外と残る。チームや町、仕事が嫌だったら違う所に行けばいいのに。みんな何かしら理由があって、ここにいるんです」

大震災の日、女川も大きな揺れと津波に襲われた。サッカーができる状況ではなくなり、チームは1年間の活動休止に追い込まれた。選手にとって、1年間のブランクは大きい。監督は「離れてもいい」と言った。

泉田さんは振り返る。

「出てって、ニュースとかでこの町の話を耳にしたときに自分はどう思うんだろうって想像したら、出られなかった。出る意味がねえなって」

震災を機に地元の女性と結婚し、今は2人の子どももいる。会社も自分を必要としてくれている。漁師町らしく、とても近い距離で親しくしてくれる地域の人も多い。女川に移籍してきた当時とは、全然違う自分がいる。

「高政」の駐車場に掲げられていた看板

震災後、高政の社長(現会長)は「自分たちは地域に生かされている」と繰り返していたという。それが忘れられない、と泉田さんは話す。

「女川は特別な町ですよ。すごい所に自分はいる。選手たちには、ここでサッカーをやることが当たり前になってほしくない。いろんな人が尽力してくれて、僕らはサッカーができる。地域に生かされている。それを忘れないでほしい」

結局、休止期間中にチームを離れたのは3人だけ。2012年の活動再開直後に1人が戻った。やがてもう1人も戻り、ほとんどメンバーを変えずに再出発を果たせた。

コバルトーレとスポーツコミュニティー構想

女川町は仙台から車で1時間半。三陸海岸沿いにあり、約6500人が住む。カキの産地、東北電力女川原発の立地自治体としても知られる。

女川町中心部=2019年2月12日、ドローンにて撮影

コバルトーレの運営会社社長、近江弘一さん(60)は「ずっと綱渡りでした」と言い、「まさかここまで行けるとは」と机の上の大きな写真を指さした。2017年11月、JFL昇格を決めた時の集合写真。選手をはじめ、スタッフ、サポーターたちの笑顔がはじけている。

近江さんは宮城県石巻市の出身だ。24歳の時に立ち上げたウェットスーツの会社は国内最大手に成長し、海外展開も手掛けていた。そうした時、年老いた父親の姿を見て、「地域のためになる仕事を」と考えるようになったという。

近江弘一さん。コバルトーレ創設と同じ2006年、石巻日日新聞の社長にもなった

設備の充実した女川町に注目し、「スポーツコミュニティー構想」を掲げたまちづくりを町に提案した。強いチームに選手が集まり、住民も応援し、外からも多くの観客が来る。そんな文化を根付かせたかったという。

2006年3月、運営体制も固まらないうちに選手17人が町に来て、4月にクラブは発足した。チームは勝ち星を重ね、石巻市民リーグから宮城県リーグ、東北2部南、東北1部へと昇格を続けた。

チームが強くなるにつれ、女川で家庭を築いたり、引退後も地域に残ったりする選手が増えた。今では、コバルトーレに関係する家族は町で80人ほどになるという。

選手OBの成田一茂さん。石巻市に住み、コバルトーレのジュニアユースの監督を務めている

「この子たちは“応援”が欲しかったんだ」

チームのスポンサーでもある高政の社長・高橋正樹さん(43)は「設立当初はむちゃくちゃ強かった。すげえうまい人が10パーセントくらいの力でやって、15対0って感じ」と振り返る。試合では、自ら太鼓のバチを持って応援した。

「ある時、応援団みたいな声を出したんだよ。『こばーるとーれ!』って。そしたら選手の一人がピタッて足止めて、こっち見て固まった。その時に、あ、この子たちは応援が欲しかったんだ、と思ったんです。YouTubeでいろんな応援見て、ベガルタ仙台に詳しいやつ呼んで、ネットオークションで太鼓買って、はっぴ作って、そうやって応援団みたいなものができ上がっていきました」

高政社長の高橋正樹さん。工場では毎日大量の笹かまぼこが作られている

チームは町民に随分浸透した、と感じている。

「ただサッカーをするだけじゃ、地域の人は応援しないですよ。まじめに働いてるから、応援したくなる。ごみ拾いをしたり、地域のお祭りに出たりもする。(高政の)社員も応援に行くし、行けなくても、試合の次の日とかは『点取ったのー?』とか(同僚社員でもある選手に)聞いてました。泉田が『いや、俺キーパーですから』と答えたり。引退しても地域や会社に必要とされるのは、彼ら一人ひとりがつくってきた文化ですよ」

震災後の2012年に活動を再開すると、コバルトーレは東北2部南で2位。すぐに1部へ復帰した。2016年には東北1部で初優勝。17年には連覇を果たし、全国地域サッカーチャンピオンズリーグでも優勝し、JFLに昇格した。この次に昇格すれば、「J3」だった。

JFLでは思うように勝てなかった。

JFLの試合は全国各地で開かれる。日曜日に遠征先で試合し、翌日の早朝から仕事に就く選手もいた。女川のグラウンドはJFLの開催条件を満たせず、「ホーム戦」の会場は、石巻市になった。町民との接点が一気に減ってしまった、と現監督の阿部裕二さん(47)は話す。

運営の体制も不十分だった。提出書類、取材対応、航空券の手配……。途中から石巻日日新聞社の社員も運営を手伝うようになったが、巻き返せなかった。

監督の阿部裕二さん。コバルトーレ発足時にスタッフとして加入した

阿部さんは言う。

「小さな違いが重なり、大きな差になった。けど、全く無理、という感覚はありません。もう一度、JFLを目指す。2022年にはJ3に上がることを掲げてますから」

「コバを絶対視しないほうがいい」

女川町は2020年に向けて、新スタジアムの整備を計画中だ。町長の須田善明さんは「コバルトーレのためだけじゃない」と言いつつ、J3規格に対応したものにするという。

女川町長の須田善明さん

「チームが強く、大きくなることが一番の地域貢献です。彼らはサッカーをやりに来ていて、町に残ることが目的じゃない。残る人もいるけど、それは彼ら個人がちゃんと働き、信頼されているから。コバはそのきっかけにたまたまなっただけ。あんまり絶対視しないで」

町民の反応はさまざまだ。

「試合を見たことはない」という人がいれば、「もう一度、頑張ってほしい」という人もいる。それでも、JFL昇格でチームの存在は町で知れ渡った。

商店で働く阿部すが子さん(70)は「こんなちっさい町からも(JFLに)行けるんだと元気付けられました。孫たちもコバルトーレ(のユースチームに)入ってましたから。何回も(試合を)見に行ってますよ」と言う。

阿部すが子さん

森まき子さん(37)、桃子さん(8)親子は幼稚園でのサッカー教室をきっかけにファンになり、選手との近さに「どんどんハマっちゃった」と言う。横断幕を手作りし、試合ではメッセージを書いたあめ玉をサポーターたちに配る

取材の日、東日本大震災の慰霊碑の前で手を合わせている女性がいた。石巻市に住む丹野礼子さん(60)。町中心部の銀行で働いていた2歳上の姉が津波に巻き込まれたという。あれからもうすぐ8年。毎週のように碑の掃除に訪れ、手を合わせる。

「姉は熱心に応援してて、今日はあの選手が窓口に来たとか、よく話してました。でも当たり前よね、住んでるんだから。私も今度応援に行ってみようかな。やっぱり目指すはJ1よね。だめよ、この辺でちんたらしてちゃ」

「降格? 悔しいっすよね」

7年間プレーした泉田さんのように、コバルトーレでは選手の在籍期間が長い。その中でも“古株”は吉田圭さん(31)だ。クラブ発足の2006年から在籍し、今もピッチに立つ。ウニを加工する仕事も、働いた後にサッカーをすることも、既に「生活の一部」と言う。

練習でシュートする吉田圭さん

吉田さんは言った。

「降格は悔しいっすよね。最後の最後で残留も果たせなくて。でも、落ちたってことは、これじゃだめ、ってこと。それが分かりました。サッカーの内容にしろ、一人ひとりの意識にしろ」

女川に来て13年目。家庭を持ち、家も建てた。町の変わらないところも、変わったところも分かる。「昔は練習後、飲んでるからどこどこに来いと電話があって。先輩とか、おんちゃんとか。でも、震災で集まる所がなくなって、なかなか出なくなりましたよね。みんな年も取ったしね」

野口龍也さん(24)は昨年、退団も考えた。監督に「残ってほしい」と言われて残留し、今は副キャプテン。「町の人との距離が近いのが女川の魅力。必要とされるチームにいたい」

同じく副キャプテンの及川陸さん(19)は石巻市出身だ。昨年、ユースチームからトップチームに加入した。「つなぐサッカーがコバルトーレの魅力。小さな頃から入りたかった」と言う。

野口龍也さん(右)は今年から石巻日日新聞社の営業職として働く

及川陸さん

千葉洸星さん(20)はトップチーム初の女川町出身選手。「女川は多くの人が応援してくれる。今年は試合に出られるように頑張りたい」

去る人、来る人、戻る人

2019年のシーズンが間近に迫った。この時期は、選手の入れ替わりも激しくなる。

昨季終了後は2月末までに計14人が退団を表明。コバルトーレで長年活躍した選手も多かった。一方、2月末現在で5人の選手が新たに入団することに。さらに、一度は退団を表明した2選手が再契約を結んだ。その1人、池田幸樹さんはチームのムードメーカー。「もう一度、女川でプレーするチャンスを与えていただいたことに、感謝の気持ちしかありません」とコメントを発表している。

2月12日の練習は午後6時半に始まった。前日に降り積もった雪が残っていた

2月12日の練習では、JAPANサッカーカレッジから入団した山内晴貴さん(27)が初めて練習に参加した。山内さんはけがもあり、一度は引退を決めていたが、監督の阿部さんから強く誘われ、「もう一回、サッカーを」と入団を決めたという。

練習開始直前、阿部さんが選手たちに言った。

「コミュニケーション、伝えることが大事。一緒に戦う仲間だからな。じゃあ、いきましょう」

トレーナーの指導の下、ランニングを中心とした体づくりが始まる。基礎体力づくりから、ボールを使った練習へ。選手たちは楽しそうだ。山内さんは練習後、「目標は全試合に出て、チームに貢献したい。もう一度、プレーする姿を見てもらいたい」と語ってくれた。

コバルトーレの練習風景

入団したばかりの山内晴貴さん(左)。監督の阿部さんと語り合う

今季からキャプテンを務める宮坂瑠さん

今季からキャプテンを務める宮坂瑠さんは「初戦が最大の山場」と言い、こう語った。

「チームのコンセプトが変わった。ボールも選手もよく動いてます。去年はJFLという舞台でできた。あれを糧にして、厳しいですけど、もう一度戻りたい。死ぬ気でやりたいと思います」

練習試合の後に撮影した集合写真。選手たちはいつも楽しそうだ


笹島康仁(ささじま・やすひと)
1990年、千葉県生まれ。記者。高知新聞記者を経て、2017年に独立。Frontline Press所属。


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