新津保建秀

「自分が怖いと思うことを書いてきた」――作家・宮部みゆきの“予見性”

1/12(土) 8:30 配信

ベストセラー作家・宮部みゆきさん(58)が、自身初の単行本を世に送り出したのは1989(平成元)年のこと。以来、凄惨な事件を扱った現代ミステリー小説から時代小説、ファンタジー小説など幅広いジャンルを手がけてきた。「日常生活で自分が怖いと思ったことを書いてきた」と言う宮部さんの作品は、平成30年間の時代の空気を取り込んでいる。「平成の時代」とはいったいなんだったのか。宮部さんに聞いた。(鈴木毅/Yahoo!ニュース 特集編集部)

小説を超える事件が起きている

──平成の30年間は「20世紀」から「21世紀」に変わる時代でもありました。2001(平成13)年の世紀の切り替わりは、宮部さんにとってどのような意味がありましたか。

私の中で、20世紀と21世紀では大きな違いがあります。具体的には、『模倣犯』(2001年)を機に、ハードな事件を扱った現代ミステリーを書くのがつらくなったのです。作り話とはいえ、この作品では何人もの女性の被害者を登場させ、ひどい殺され方をさせ、自己嫌悪になってしまった。親しい編集者にも、「現代ミステリーはもう書かない」と宣言したほどです。

それは、現実の社会で突拍子もない事件が起きていることとも関係しています。たいした動機もなく大勢の人が殺されてしまう。ありていに申し上げますと、怖くなってしまって。こんなに凄惨な事件が起きているのに、フィクションの世界でも事件をリアルに書くのは嫌だな……と思うようになってしまったのです。

その『模倣犯』は、宮崎勤事件に触発されて書きました。首都圏近郊で相次いで起きた連続幼女誘拐殺人事件です。あれは昭和(1988年)で事件が発生してちょうど平成の始まり(1989年)に解決した事件なんですね。

1989年、宮崎勤の部屋周辺を捜索する捜査員(写真提供:読売新聞/アフロ)

目の前にいる宮部さんは、小柄で上品な女性だった。穏やかな雰囲気で、時折、コロコロと笑いながら話す。その姿と、ときに社会の重いテーマを題材に人間のどす黒い感情を描く作品性は、すぐに結びつかない。

宮部さんは1960年、東京都生まれ。高校卒業後、弁護士事務所の事務員などを経て、1987年に『我らが隣人の犯罪』でオール読物推理小説新人賞を受賞。1989(平成元)年の初の単行本『パーフェクト・ブルー』で作家デビューした。1993年に『火車』で山本周五郎賞、1999年に『理由』で直木賞を受賞するなど、現代ミステリー作品を中心に高い評価を受けてきた。そして『模倣犯』は、連続誘拐殺人事件を多角的な視点で描いた、宮部ミステリーの金字塔ともいえる大ベストセラーである。

宮崎勤の連続殺人事件では、4人目の被害者の女の子が東京都江東区で見つかりました。私はずっと江東区に住んでいたうえ、姉の子どもたちが当時、ちょうど被害者の子どもたちと同じくらいの年齢だった。犯人が逮捕されたという報道があったときは、これで解決してほしい、と祈るような気持ちでテレビを見ていました。

姉が本当に怖がっていたこと、怒っていたこと、子どもたちが生きていく世の中の行く末を心配していたことなど、自分の心に残ったことが作品の中にいろいろな形で入っています。

(撮影:新津保建秀)

──『模倣犯』の連載が「週刊ポスト」で始まったのが1995年。あの年は大変でした。

1月に阪神大震災が起き、3月にはオウム真理教の地下鉄サリン事件が起きた。あの騒然としたなかで書き始めたことは、今でも忘れられないですね。

もともと私は、“普通の人”を巻き込む悪質なカルト宗教やマルチ商法に激しく怒りを感じるんですよ。「これを飲むと難病が治るよ」とか、「会員を2人見つけてきたらあなたも儲かるよ」とか、そういう誘い方にものすごく腹が立つ。20世紀のうちに書いていた現代ミステリーは、私が怒りや不安を感じた事件が綾織りのようになって出たものだと思います。

──『模倣犯』は劇場型犯罪という意味でも、ある種の“予見性”がある作品でした。

犯罪を見せつけるためにやる承認欲求型ですね。その後、秋葉原通り魔事件(2008<平成20>年)もありましたし、『模倣犯』の連載中に神戸で起きた酒鬼薔薇事件(1997<平成9>年)の犯人の少年Aは2015(平成27)年に手記まで出しました。私は予見しようと書いたわけではないんですが、小説を超えるようなこういう事件が起きてくるんだと思いましたね。

(図版:ラチカ、写真提供:毎日新聞社/アフロ)

「社会性」と「予見性」

──宮部さんは「社会派」と呼ばれますが、実際に社会で起きていることを作品の中に反映させようという意識はあるんですか?

もともと、そういう意識で書いているわけではないんです。私は『火車』(1992<平成4>年)で初めて営業的に大きな数字を出せるようになったんですが、当時、「社会派」と言われて自分としては大いに戸惑っていました。

確かに、弁護士事務所で働いていたときに、「破産ってなんだろう」と興味を持ったことが後々『火車』につながっています。ただ、あの作品は、切実なおカネの問題を書いたもので、社会のことまで考えてはいませんでした。当時、まだデビューから間もなく、このまま作家として生活ができるのかが、私にとって切実な問題でした。だから「個人の破産」という、何よりも自分自身にとって怖い物事をすごく身近な問題として書いたんです。

──創作の原点は「自分にとって怖いこと」だと。

事件を扱った作品は、その後もすべてそうです。『理由』(1998<平成10>年)は、だいぶ仕事が軌道に乗って、そのうち自分もマンションが買えるかもしれないと思ったときに、マンション購入時に変なことに巻き込まれたら怖いなと考えたのがきっかけです。私は常に「自分がこうだったら怖いな」「世の中のこういうところが私はすごく不安だな」ということを書いているのです。

(撮影:新津保建秀)

女性ミステリー作家の「30年」

質問に対して誠実かつ謙虚に受け答えする宮部さんの姿勢は、作品についても同様だ。「世の中が複雑になりすぎて、自分にはもうわからなくて……」。そう困惑顔で語る宮部さんの作品にリアリティーを生むのは、“社会的に弱い立場”にある女性としてのこまやかな感覚である。

──宮部さんの作品では、被害者、探偵、刑事、ルポライターと女性が主人公で登場するのが印象的です。

女性のキャラクターの描き方は、ずっと意識してきました。これは私だけでなく、ミステリー界全体の傾向だと思います。昔は、女性が主役のミステリーを書こうとすると、はっきりと「女性なのに刑事」だとか、「女性なのに検事」だとか、そういう特別なキャラクター付けをしなくてはならなかった。今ではそんな必要はありません。女性が社会のいろんなところで活躍していますから。

──女性作家も活躍しています。

平成の30年間は女性ミステリー作家の30年だった気がします。女性作家がどんどん出て活躍した時代でした。私の同年代、同期生はすごく多いんですよ。乃南アサさんと高村薫さんも、ほぼ同時期ですし。それぞれ方向性が違って個性があって、たいへん骨太で強靭な筆力を持っている。平成以前に夏樹静子さんや小池真理子さんが女性ミステリー作家として足場を築いてくださって、そこへ私たちが大挙して出てきた。桐野夏生さんが登場したときも、私立探偵モノで、リアリティーがあってすごく格好よかった。

よく“予見性”と言われますが、それは私だけのことではなくて、今も活躍する女性作家は、やはり日常生活である種の勘の鋭さがあるんです。それは、自分が嫌だと思うこと、怖いと思うこと、こういうことって日常で起こりそうだなと思うことを積極的に書いていくからではないかと思います。

30周年を記念した新刊『宮部みゆき全一冊』にサインをする宮部さん(撮影:新津保建秀)

──学校のいじめ問題を扱った『ソロモンの偽証』(2012<平成24>年)も“予見性”を感じました。単行本刊行直前の2011(平成23)年の秋に「大津市中2いじめ自殺事件」が起きます。

それも本当に偶然で、大津の事件が起きたのは、ちょうど作品の最後の仕上げをしているときでした。もともと連載は7~8年かかると思っていたので、「本になるころには、いじめ問題は一通りの解決がついているかもしれないね」なんて言いながら書いていたんです。

それが事件では、学校や教育委員会の隠蔽体質が問題になる一方で、亡くなった同級生のために事実をはっきりさせてほしいと願う声が、学校のアンケートから出てきました。それで救われた気がしたんですよね。私は本の中でフィクションを書いたんですが、あの大津の学校の事件で勇気を持って声を上げた生徒さんたちが、そこに一片の真実を与えてくれたような気がします。

(撮影:新津保建秀)

東日本大震災をどう描いたか

宮部さん自身が言うとおり、2000年までの作品のテーマは重い社会問題が多かった。『火車』ではクレジットカードの多重債務問題、『理由』でマンションの占有屋問題、『模倣犯』で劇場型犯罪……。

それが、21世紀に入って以降は、ハードな現代ミステリーに代わって『ブレイブ・ストーリー』(2003<平成15>年)などファンタジー小説を多く手がけるようになった。一方、現代小説でも、“普通の人”である私立探偵が日常的な事件を扱う「杉村三郎」シリーズが始まった。時代の変化とともに、宮部さんの作風は変化した。

──「杉村三郎」シリーズではライトな日常の事件が中心になりました。日々の生活が織り交ぜられた描写は、これまでとは違う“リアル”さを感じます。短編集『希望荘』(2016<平成28>年)では、2011年の東日本大震災当日の様子が書かれています。

あの作品で震災当日のことを書いたのは、私が当時、見聞きしたことを小説の中に書いておこうかなと思ったのです。NHKのアナウンサーがすごく冷静だったことや、窓の外で人がしゃがんでいたとか、薬局のカウンターの下に薬剤師さんとお客さんが一緒に隠れていたとか。「自分は気にしないで水道水を飲むけれど、子どもには飲ませない」ということも、「今日の放射線」の数値が“花粉情報”のようにテレビで流されていたことも、もうすっかり忘れられちゃっていますよね。どこかに書いておかないと、きっと残らないだろうと考えたのです。

震災で交通網が一斉ダウン。徒歩で帰宅する人と渋滞車両で大混乱の渋谷駅周辺(写真提供:読売新聞/アフロ)

──2000年代は、人々の生活にインターネットが急速に普及した時期でもあります。『悲嘆の門』(2015年)には、サイバーパトロールを仕事とする主人公が出てきました。

この作品は、10代の若者に読んでもらいたくて書きました。声なき声を届けることができるネットの力は大きいし、信頼できるものだと思っています。その半面、ネットの世界では、自分が発した言葉が生き物のように独り歩きしてしまう怖さがある。

執筆時にサイバーセキュリティ会社の取材をしましたが、学校裏サイト(特定の学校の話題を扱う非公式コミュニティサイト)の「いじめ問題」がいかに根深いかに驚きました。ネットの中では現実社会の自分と全く違う人格になっていて、いろいろなことを悪く言う。その一方で、日常生活では、自分はすごく明るくて優しくて人に親切な人間だから大丈夫だと思っていても、そうはいきません。怖いのは、大人になったときに自分がやったことを消化できなくなることです。吐き出した言葉は絶対に自分の中に積もるんだよ、ほかの誰も聞いていなくても、あなたの耳はあなたが放った言葉を聞いているよ──。そういうことを伝えたかったのです。

日常に忍び寄る「同調圧力」

(撮影:新津保建秀)

──最新刊の「杉村三郎」シリーズの短編集『昨日がなければ明日もない』(2018<平成30>年)には、いわゆる体育会系の同調圧力を扱った「絶対零度」という作品も入っています。執筆後の2018年5月には、日本大学アメリカンフットボール部の悪質タックル問題が起き、まさに体育会系の問題が露見しました。

これも本当に時期が重なっただけです。昔からそういう事件はあったので、間違った意味で使われている「体育会系」の話をいつか書きたいと思っていたのです。後輩は先輩に逆らえないと考えている人が犯罪者気質だった場合、どれだけ恐ろしいことになるかというのを一度、書いておきたかった。

よく分からない組織に入れられて、「お前がいちばん下だから」などと命令されるのは、私にとって怖いことです。だから、私はたとえば、ナチスドイツがどういう仕組みで、当時のドイツの人たちがどう暮らしていたのかにも興味がある。戦前、戦中の日本についても、私の親からよく話を聞いていたんですが、そういう仕組みの中に入ってしまうと異常なことが日常になり、意外とピリピリしないというのが、また怖いことだなと思います。

今後、おそらくファンタジーの形だと思いますが、そういう全体主義みたいなものが個々の人間にどう働きかけるのかという話は書きたいですね。

昨年12月21日、東京・神楽坂ラカグで朗読会が行われた(撮影:新潮社写真部)

──あらためて宮部さんにとって、自身の作家生活と重なる平成の30年間は、どんな時代だったのでしょうか。

平成の30年間に、事件や災害など怖いこともたくさん起きましたが、ミステリー作家としての私は、ダイナミックな時代に作品を書けたのかなと思います。

これから元号が変わるという、あまりよその国では起きない現象が起きるわけです。この節目がきっと、また何かを変えてくれるんでしょう。大災害や事故が続いたときにも、それによって世の中が荒れるのではなく、むしろみんなで頑張って乗り切ろうという気持ちが出てきたし、世の中に立派な人がたくさんいることもわかった。だから、悪い変化ばかりではないと思うんです。

そして個人的には、これから平成最後の冬を越して新しい元号の春が来たときに、次のミステリー界がどうなるか、それをいま作家半分、読者半分の気持ちで楽しみにしています。

(撮影:新津保建秀)

宮部みゆき(みやべ・みゆき)
1960年、東京都生まれ。都立墨田川高校卒業後、弁護士事務所に勤務。1987年、『我らが隣人の犯罪』でオール読物推理小説新人賞を受賞しデビュー。1992年、『龍は眠る』で第45回日本推理作家協会賞長編部門、同年『本所深川ふしぎ草紙』で第13回吉川英治文学新人賞。 1993年、『火車』で第6回山本周五郎賞。 1997年 『蒲生邸事件』で第18回日本SF大賞。 1999年、『理由』で第120回直木賞。 2001年、『模倣犯』で毎日出版文化賞特別賞、第5回司馬遼太郎賞、第52回芸術選奨文部科学大臣賞文学部門をそれぞれ受賞。 2007年、『名もなき毒』で第41回吉川英治文学賞受賞。 2008年、英訳版『BRAVE STORY』でThe Batchelder Award受賞。

鈴木毅(すずき・つよし)
1972年、東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒、同大学院政策・メディア研究科修了後、朝日新聞社に入社。「週刊朝日」副編集長、「AERA」副編集長、朝日新聞経済部などを経て、2016年12月に株式会社POWER NEWSを設立。


【連載・平成時代を視る】
まもなく終わりを迎えようとする平成時代。この30年で社会のあり方や人々の価値観はどう変わっていったのか。各界のトップランナーの仕事は、世の中の動きを映しています。平成を駆け抜けた著名人のインタビューを通して、分野ごとに平成時代の移り変わりを概観します。

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