八尋伸

「人類は謎の存在なんです」――人類進化学者が「3万年前の航海」に挑む理由

8/31(金) 9:56 配信

日本人の祖先はどうやって海を渡ったのか? その疑問を解き明かすべく「3万年前の航海」を再現しようとしている科学者がいる。国立科学博物館人類史研究グループ長の海部陽介(49)だ。私たちの祖先であるホモ・サピエンスが日本列島に入ってきたとされる三つのルートのうち、最も困難な沖縄ルートの航海を再現する。なぜそんなことをするのだろうか。(Yahoo!ニュース 特集編集部)

(文中敬称略)

徹底的に“再現”する

「ドン、ドン、ドン……」。2018年7月31日の朝10時、夏休みを迎えた東京・上野の国立科学博物館の正面玄関前に鈍い音が響く。動物の毛皮に身を包み、ヒゲがもじゃもじゃの男が1人、全長約7.5メートル、直径約1メートルもあるスギの丸木を石の斧(おの)で削っていた。いったい何が起きているのか。集まってきた子どもたちが、歓声を上げたり、目を丸くしてじっと見つめたりしている。

丸木舟の製作をする縄文大工・雨宮国広さん。学術的な実験として、石斧を打ち付けた回数はすべて記録している。7月31日の朝10時の時点で約5万回に上る(撮影:八尋伸)

斧を打ち付けるたび、木の破片が辺りに勢いよく飛び散る。その様子を興味深げにのぞき込む老夫婦に、すっと近づく男性がいた。

「この丸木舟に使っているスギも、能登で石斧(せきふ)を使って切り倒したんですよ」

笑顔で説明したかと思うと、男性はお客さんの求めに応じて記念撮影のシャッターを切ったり、備品を取りに走ったりと忙しく動き回っている。

裏方仕事をこなす彼こそが、このイベントを仕掛けた人類進化学者の海部陽介だ。イベントは海部が立案した「3万年前の航海 徹底再現プロジェクト」の一環で行われていた。

舟を漕ぐための櫂(かい)を手にプロジェクトの説明をする海部陽介(提供:八尋伸)

この日のイベントは、3万年前の丸木舟を製作するという公開実験だ。このプロジェクトでは、舟の材料も、製作する道具も、技術も、すべて3万年前に存在したであろうものだけを使う。つまり、徹底的に3万年前を再現しようというのだ。

「ホモ・サピエンスは海を渡って日本に来た」

海部はいま、3万年前に海を渡ってきた日本人の祖先の“海越え”の謎に挑む。丸木舟の製作も、それを解き明かすための壮大な航海実験の一つだ。

「これまでに蓄積された膨大な遺跡のデータから、ホモ・サピエンスは海を渡って日本に来たことが分かってきた。ただ、どうやって渡ったのかが分からないんです。何が彼らを“海越え”に駆り立てたのか。3万年前の祖先たちを深く理解するためには、再現、つまり自分で体験することがとても大事だと思っています」

(提供:八尋伸)

海部は2016年にこのプロジェクトを立ち上げ、これまでも与那国島に自生するヒメガマをつるで束ねた「草束舟(くさたばぶね)」、台湾に自生する麻竹を使った「竹筏舟(たけいかだぶね)」を自分たちで一から作り、テスト航海を行ってきた。

「いざ舟を作ることから始めると、その意外な苦労が分かります」

台湾で竹筏舟を作ったとき、その伝統を持っていた先住民のアミ族の長老に話を聞いた。彼らは舟向きの竹を選ぶだけで、3日ほど山に入っていたという。

「それを伐採して運び、加工するのにも相当な時間がかかります。単純な竹筏舟と思っていたが、かなりエネルギーを投資しないと舟ができない。祖先たちはみんなそこまでして海に出たかったんだっていうことになると思うんです」

【映像180秒】実験映像とともに海部が語る「3万年前の航海」に挑む理由

「僕らは謎の存在」

海部の専攻は人類進化学。700万年前のアフリカの猿人から始まり、原人、旧人、そして今の私たちホモ・サピエンスに至る歴史を進化の視点から眺める。

「ホモ・サピエンスの時代の前には、アジアには多様な原人や旧人がいました。ところが今の時代は僕らホモ・サピエンスしかいない。これは700万年の人類史の中で“異常事態”なんですよ。生き物は普通、分布が広がると多様化するものなんです。象だってアフリカ象とアジア象で違う。人類もかつてはそうだったのに、なぜ僕らは世界中に均一に存在しているのか。謎なんです。僕らは謎の存在なんです」

2018年の台湾での航海実験。このとき使った竹筏舟「イラ2号」(長さ9メートル、幅1メートル)は、安定感に優れたがスピードや耐久性に課題を残したという(提供:3万年前の航海 徹底再現プロジェクト)

その謎を解明する手段の一つが、実際に海を渡ってみる実験だという。

「なぜなら原人・旧人も、広い海を渡れなかったから。本格的な海洋進出を果たしたのはホモ・サピエンスだけ。では彼らにどんな能力があったから、海を渡れたのか。それを知るためには、実際に当時の技術をできるだけ再現して舟を作って、渡ってみることです」

「漂流では着かない」

3万年前にホモ・サピエンスが海を渡って日本に来た事実は、遺跡や化石から知ることができる。

最初に日本に到達したとされるのは、3万8000年ほど前、朝鮮半島から対馬を経て北部九州へ至った「対馬ルート」だ。そのあとに、台湾から琉球列島を島伝いに北上する「沖縄ルート」(約3万5000年前)、大陸の北側からサハリンを通って北海道へと南下する「北海道ルート」(約2万5000年前)が続いたと考えられる。

黄色い矢印が、想定されているホモ・サピエンスの拡散のルート(提供:3万年前の航海 徹底再現プロジェクト)

そのうち海部が挑むのは、「最も困難」だという台湾から沖縄へのルートだ。

「何しろあの遠い沖縄の島に、3万5000年も前に人が渡っているんです。さらにそこには世界最大の海流の黒潮が流れています。対馬ルートは40キロくらいだし、北海道ルートは当時、大陸と陸続きだった。本州に入るために津軽海峡を渡っているかもしれないけれど、残り二つに比べると距離は短い」

中でも黒潮の影響は大きく、過去に草束舟や竹筏舟で行った航海実験では、舟のスピードが足りず流されてしまった。しかも地図やコンパスさえない時代、どうやって見えない島を目指したというのだろうか。

台湾・花蓮県の山の上から見えた与那国島。現地では「見えない」とされていたが、2017年夏に海部自身が現地で見えることを確かめた(写真中央の影)。海上からは見えないため、山頂から島を見つけて方角を定め、航海をしたと考えられる(提供:3万年前の航海 徹底再現プロジェクト)

「よく漂流したのではないかと言われるのですが、台湾沖から物が流れたらどうなるか調べてみたら、どうにも島に着かない。漂流では着かないんですね」

しかもたどり着いた先で人口を維持して生活していくためには、「多数の男女が集団で渡らないとならない」と海部は言う。つまり、意志を持って一定数の人間が航海しないと、移住を成し得ないというのだ。

実は当時のホモ・サピエンスが、本州と島を往復していた証拠はすでに見つかっている。静岡県の井出丸山遺跡から出土した3万8000年前の石器に、伊豆諸島の神津島産の黒曜石が使われていたのだ。海を渡った距離は、直線で38キロほど(当時)だったとされる。海部は力を込める。

「だから当時から日本列島で意図的な往復航海が行われていたことは明らかなんです」

(撮影:八尋伸)

「縄文人に歯並びが悪い人はいない」

学生時代からの友人で、航海実験のメンバーでもある東京大学総合研究博物館の米田穣(49)は、当初、このプロジェクトを打診されたとき驚いたという。

「彼は一人で骨を見て、自分で考えて、分析するというなんでも一人でやるタイプの研究者でしたから。プロジェクトでみんなを巻き込む今回の再現実験は、彼の今までの研究スタイルとはずいぶん違ったんです」

米田が言うように、海部は本格的に人類学の研究を始めた大学時代から、ひたすら一人で「骨」を見続けてきた。東京大学大学院理学系研究科(人類学専攻)で、最初に取り組んだ研究も「顎(あご)の骨」だった。海部は言う。

「縄文人に歯並びが悪い人っていないんですよ。クロマニョン人とかも。僕はこれが疑問だったんです」

海部が集めた世界中の顎の骨の標本模型(撮影:八尋伸)

思わず「なんでそんな研究を」と問うと、海部は笑みを浮かべ、こう続ける。

「正確には顎の骨の研究です。縄文人から現代人まで、実は日本列島の中で顎の形が変化しているんです。鎌倉時代ぐらいまでは顎の骨はしっかりしているけど、それが江戸時代になると“急に”小さくなる。江戸時代は、町の文化が発展して、いわゆる“レストラン”ができた時代。調理技術も発達して食文化が変わった。そこで、どうやら食べる物が軟らかくなったから、顎が発育不良を起こして小さくなったのではと考えたんです」

他の人が見過ごしがちな「小さなこと」を気に留め、突き詰めていく探求心は、今のプロジェクトにもつながる。

「僕の研究は『これ何だろう』って小さな疑問から始まるんです。そこから昔と今を比べていくと、“今”がよく分かってくる。これは現代人の研究だけやっていたら絶対分からないことです」

(撮影:八尋伸)

「僕、舟を漕げないから」

なんでも一人でやってきた研究者の海部がなぜ大勢の他人を巻き込むこのプロジェクトを始めたのか。理由は単純明快だ。

「僕、舟を漕げないから」

太古の日本列島への航海について関心を持ち始めた2004年ごろ、海部は琉球列島で見つかっている旧石器時代の遺跡を地図上に示してみた。すると、3万年前クラスの遺跡が集中していたのだ。しかもそこから出土している人骨化石は、明らかにホモ・サピエンスのものだった。地図上の遺跡を表す小さな点が、海部のなかで大きな疑問として膨らんだ。

3万年前クラスの遺跡。矢印は黒潮の流れ。1980年代ごろまでは、台湾から沖縄まで陸続きだったという見方が定説だったという。海部は「ヤンバルクイナだとか、イリオモテヤマネコは沖縄にしかいない。一方でサルやシカといったメジャーな動物はいない。地質学的には陸続きだったとはいえない」という(提供:3万年前の航海 徹底再現プロジェクト)

「島に渡るのは大変なことだと分かるんだけど、どう大変なのか、海の素人の僕には分からない。どうにも自分一人じゃできない」

そこで海部を助けたのは、2007年に自身が主宰した古代ポリネシアの遠洋航海カヌーのクルーを招いたイベントでの出会いだった。

「海洋民族学、海洋ジャーナリスト、シーカヤックの漕ぎ手、探検家……。2011年にどうやって再現しようかと考えていたとき、この人たちに言えばできちゃうだろうって思ったんです」

海部が常設展で復元した「古代ポリネシアの航海用カヌー」(撮影:八尋伸)

2013年3月に与那国島で最初の研究会を開き、3年近くをかけて着々と準備を進めた。しかし資金面での課題に直面する。研究に当たる部分は、公的な研究資金で賄うことができるが、航海実験にかかる資金は研究費として捻出できないものが多かったのだ。

そこで取り組んだのがクラウドファンディングだった。国立科学博物館として、初の試みである。「3万年前の航海 徹底再現プロジェクト」と名付けられた取り組みは、2016年2月に公開すると、目標の2000万円を上回る2638万円の支援を集めた。支援者は875人にのぼった。

海部の父であり、天文学者の宣男(74)は言う。

「このプロジェクトを始めて、人柄がずいぶん丸くなった。一人でやっているうちは別にけんかしたって構わないけど、プロジェクトはいろんなタイプの人と一緒にやらなきゃできない。いろんな人から応援してもらって、彼はそれを学んだと思う。うちに帰ってくると、みんなよくやってくれると感激して話をしていますよ」

プロジェクトを支える研究者・探検家・運営スタッフは60人にのぼる=2017年6月12日、台湾での海上実験を支えた日本・台湾のスタッフたち(提供:3万年前の航海 徹底再現プロジェクト)

「本当にめげない人」

だが2016年7月に実行した最初の航海実験は失敗に終わる。与那国島から西表島を目指した舟は、予想外の強い海流にだんだんと北に流され、漕ぎ手たちも針路を戻すことはできなかった。出発地から26 キロ地点、約8時間の航海で断念となった。

海部も「さすがにみんなを裏切ってしまったかなと思った」と言う。そんな不安を抱えながらも支援者に報告をすると、返ってきたのは励ましだった。

「『夢を壊した』みたいに言われるのかなと思ったら、『もっと頑張ってください』って言ってくれて。本当に勇気になりました」

西表島に向けて漕ぐ草束舟(提供:3万年前の航海 徹底再現プロジェクト)

航海実験の漕ぎ手キャプテンを務める原康司(46)は、海部を「本当にめげない人」と評する。

原はアラスカ・ベーリング海沿岸の1700キロを単独航海したり、福岡~韓国間の250キロを伴走船なしでシーカヤック単独横断したりするなど、数々の実績をもつ“冒険家”である。プロジェクトはさまざまな専門家が集まる。原は言う。

「どうしても学者さんと海をやってきた人間とでぶつかることもある。そういうときも、海部さんは『じゃあどう改善していこうか』とつねにポジティブなんです」

プロジェクト事務局を務める国立科学博物館の三浦くみのもこう続ける。

「自分が率先して引っ張るというタイプじゃない。専門分野の人を集めてきているので、彼らの良さ、知識、経験を最大限に引き出していくっていうタイプだと思います。みんなで一緒に作りたいという思いが根底にあるんだなと思いますね」

(撮影:八尋伸)

現在進めている航海実験プロジェクトの完結編では、2019年に台湾から与那国島を目指す、約200キロの「本番の実験航海」に挑む。今年秋に予定する丸木舟の航海実験の結果を踏まえ、これまでの成果と照らして「3万年前はこうだっただろう」というベストモデルを導き出し、それをぶつけるのだ。

黒潮に流されずに、約200キロの航海を成功させるためには、昼夜問わず2〜3日は漕ぎ続けなければならない。姿の見えない与那国島を目指すには、太陽や星、風、鳥などを頼りにした古代航海術で針路を定める必要もある。さらに、この「本番」に向けて実施する3000万円のクラウドファンディングを成功させなくては、資金不足でそもそもプロジェクト自体が頓挫してしまう。

困難ばかりが立ちはだかるように見える。しかし、海部は笑顔で言う。

「今までの実験で、僕らホモ・サピエンスの根源的な力が見えてきた気がする」

知力、体力を想像したが、海部は「それはセンスです」という。

(撮影:八尋伸)

「例えば、自然を見て、そこから情報を読み取って方角を知る。そういう深読みするセンスを僕らホモ・サピエンスは持っているのではないか。それが原人との違いの一つなんじゃないか。3万年前の謎はあまりに深くて、今でも謎や課題はまだいっぱいある。僕らは全然うまくいかないけど、(3万年前の)彼らは島に着いているんです。この航海を再現した先に、僕ら、ホモ・サピエンスの謎を解く鍵があると信じています」


海部陽介(かいふ・ようすけ)
人類進化学者。国立科学博物館人類研究部人類史研究グループ長。「3万年前の航海 徹底再現プロジェクト」代表。理学博士。1969年東京都生まれ。東京大学卒業。東京大学大学院理学系研究科博士課程中退。第9回(2012年度)日本学術振興会賞受賞。著書・監修書に『日本人はどこから来たのか?』(文藝春秋 2016;古代歴史文化賞)、『人類がたどってきた道』(NHKブックス 2005)、『我々はなぜ我々だけなのか』(講談社 2017;科学ジャーナリスト賞・講談社科学出版賞)など。

[写真]
撮影:八尋伸
写真監修:リマインダーズ・プロジェクト 後藤勝


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