文部科学省によると、全国の小中高等学校(特別支援学校を含む)における2016年のいじめ認知件数は32万3143件。調査を開始した1985年以来、過去最多を記録した。近年はスマートフォンやLINEを使った新たないじめも登場し、いじめを苦にした自殺も後を絶たない。どうしたら子どもたちを救えるのか。20年以上にわたり「いじめサバイバー」たちの声に耳を傾け、このほど著書『いじめで死なせない』(新潮社)にまとめた日本テレビの岸田雪子さんに、生死を分ける「大人の気づき」について尋ねた。(ライター・庄司里紗/Yahoo!ニュース 特集編集部)
「お父さーん」と3回叫ぶ声
嫌な予感がする。
グラウンドのどこかに隠れてはいないか。名前を大声で呼びながら探し回るとグラウンド脇のトイレのほうから、妻がぎゃあと叫ぶ大きな声が聞こえた。信じられない光景が目に飛び込んでくる。グラウンドのトイレの外側にかけられたロープで、制服姿の景虎君が首を吊っていた。
あわてて走りよってロープを切り、その身体を地面に抱きおろす。救急車を待つ間、隊員に指示されたとおり心臓をマッサージする。すると、景虎君の左目から、ひとすじの涙が流れていくのが見えた。その身体は、まだあたたかかった。
葬儀の日。景虎君が亡くなったとみられる時刻の直前、「お父さーん」と三回叫ぶ声を近所の人が聞いていたと知った。(本書から)
これは息子をいじめによる自殺で亡くした父親の悲痛な証言です。悲劇は2014年、長崎県の離島にある小さな学校で起きました。亡くなったのは中学3年生の松竹景虎君。当時15歳でした。
景虎君へのいじめは、中学3年生で学級委員になった頃から始まったといいます。それは殴る蹴るといった暴力ではなく、一部の同級生から「うざい」「死ね」といった悪口を執拗(しつよう)に言われ続ける精神的ないじめでした。
このケースで強く印象に残ったのは、多くの子どもたちが、景虎君が自殺しようとしていることを事前に知っていた点です。景虎君は、亡くなる直前まで複数の友人に通信アプリ「LINE」で、自殺予告とも言えるメッセージを残していました。しかも、そのうちの一人には、「死ぬ準備」として首を吊るために用意したロープの画像まで送っていたのです。
日本テレビの岸田雪子さんはそう語る。報道局社会部で文部省(現・文部科学省)担当の記者となり、さまざまな学校を訪れる中で、いじめ問題の深刻さを知った。以来20年以上、多くの「いじめの現場」を取材してきた。景虎君の遺族からその苦しい胸中を知ったのも、地道な取材を続ける中での出来事だった。
「LINEのメッセージを見た誰か一人でも、先生や私たち家族に伝えてくれていたら、自殺は食い止めることができたと思う」
景虎君の父・裕之さんは、深い悲しみと後悔の念を、私にそう語ってくれました。
周りの子どもたちは、いじめの存在を知っていました。そして景虎君も、最後までSOSを発していた。にもかかわらず、その声は誰にもすくい取られず、少年は希望を絶たれ、尊い命が失われてしまった。
「微弱なSOS」を受け止める
近年は、「LINE」などでの言葉の暴力や嫌がらせ画像の拡散、そしてグループチャットから強制的に退出させる「LINE外し」など、これまでにない形のいじめが広がっている。スマートフォンの中で行われるいじめは、「肉体的な暴力に比べて罪の意識を感じにくく、加害のハードルが下がりやすい」と岸田さんは指摘する。
いじめを受けている子どもたちが、周囲の大人に「いじめられているから助けてほしい」と相談することは稀です。しかし、彼らは必ず「微弱なSOS」を出しています。景虎君が、LINEで死を予感させるようなメッセージを残していたように。
神戸市のNさんの長男も、同様に「微弱なSOS」を発していました。小学校5年生で始まったいじめは、日常的な暴力から次第に金銭の要求という恐喝にエスカレートしていきました。毎日のように罵倒され、お金をゆすり取られる日々。後年、成人してから会った際、Nさんの長男は「飛び降り自殺を考えたこともあった」と打ち明けました。
当時、そんな長男の異変に最初に気づいたのは、Nさんの妻でした。常にイライラしていること、連絡帳が破られていたこと、シャツに靴跡をつけて帰ってきたこと、タンスの引き出しや父親の財布からお金がなくなっていくこと……。10カ月に及ぶ長男へのいじめは、こうした微妙な変化に気付き、Nさんが恐喝の現場を押さえたことで解決につながりました。
「微弱なSOS」を出しながら命を絶ってしまった子どももいる。2010年、自殺で亡くなった神奈川県川崎市の篠原真矢君(当時14)。亡くなる前、沈んだ様子の真矢君を心配する両親に、彼は「4人のクラスメートから友だちがいじめにあっている」と話していた。本当は、いじめられていた友人をかばった真矢君が新たな標的になり、暴行や人前でズボンを下ろされるなどの屈辱的な行為を受けていたのだが、自分へのいじめを真矢君が両親に打ち明けることはなかった。
死の直前、真矢君は加害者の1人の教科書を切り裂く「事件」を起こします。母・真紀さんは、そんな真矢君に「やり方、間違えちゃったね」と伝えました。すると真矢君は「お母さんは偽善者だ」と叫び、号泣したそうです。そして教科書事件から20日後、自宅で命を絶ちました。
「教科書を傷付けることが良くないということは、真矢も分かっていたはず。あれは真矢の最後のSOSだったんだと思います」
真紀さんは後悔の念をにじませながら、そう語りました。そして父・宏明さんの言葉も、非常に重いものでした。
「子どもから『いじめ』という言葉が出たら、それはもう赤信号なんです。『いじめ』という言葉は『死』と同じです。そして子どもは一回しかSOSを出さない。それを見逃したら、子どもはあきらめてしまう。今なら絶対、死なせない自信があるけれど、あの時はできなかった。僕らは失敗した親なんです。だからみなさんには失敗してほしくないのです」
子どもをいじめで死なせないためには、まず私たち大人がこうしたいじめの現実を知る必要があります。そして、それらを教訓に、子どもたちの発する「微弱なSOS」を受け止める方法を身につけることが大切です。
命を守るヒントは子どもの声の中に
岸田さんが初めて「いじめ問題」に関心を持ったのは、日本テレビに入社して2年目。1994年、愛知県西尾市で起きた中学生のいじめ自殺事件がきっかけだったという。亡くなった男子生徒は複数の同級生から暴行や多額の金銭の要求を受け続けていた。
この事件には、私も大きなショックを受けました。わずか13歳の子どもが自ら命を絶つなんて、よほどの背景がなければ起きることではありません。私たち大人からは見えにくい学校という場所で何かとんでもないことが起きている、と強く感じました。
いじめの現場で、子どもたちは何を見て、何を思い、どう行動したのか。亡くなってしまった子どもの声は聞けなくても、周りにいた子どもたちや、いじめ被害を乗り越えた子どもたちの声に、いじめ死をなくす重要なヒントがあるかもしれない。そう思ったのです。
「当事者の声にこそ、いじめ解決の糸口がある」。そう信じる岸田さんは徹底した現場主義を貫いてきた。1996年、茨城県関城町(現・筑西市)で中学2年生の女子生徒が遺書を残して自殺した事件では、現場の中学校に通い、生徒たちの声を集めた。「いじめ防止対策推進法」成立の契機となった2011年の滋賀県大津市の中2いじめ自殺事件では、加害者の心理を知るため大津地裁に通い、元同級生の証言を傍聴した。2016年に発覚した横浜市の原発いじめ問題では、代理人弁護士と粘り強く交渉を重ね、本人への直接取材も許された。
子どもたちの声を聞いてみると、彼らにとって学校は「世界そのもの」なんです。最近、ようやく「緊急避難」という意味での欠席や転校が認知されはじめていますが、今でも多くの子どもたちは学校を「絶対に行かなければならない場所」と考えています。つまり「逃げる」という発想自体がないんです。
一方で、子どもたちはしっかりと自分の考えを持っていました。そして、親や教師が求める理想の子どもの姿を、一生懸命演じようとしていると感じました。
それは、いじめ被害者の子どもたちに共通する「いじめの事実を親に話さない」という行動に象徴されています。なぜなら、子どもたちは「友だちと仲良くしてほしい」「元気に学校に通ってほしい」という親の本音を、敏感に感じ取っているんです。
子どもは親が大好きです。だからこそ、お父さんやお母さんの期待に応えられない自分を責めてしまう。そうしてだんだんと追い詰められていくのです。
周りの大人たちが「あなたの命が一番大事」「無理して学校に行く必要はない」と伝えること。それだけで、子どもは救われた気持ちになります。そして、子どもたちが再び前を向けるまで寄り添い、支えること。子どもの命を守るには、そのような態度がとても大切なのです。
いじめを知らせることが友だちを守る
学校を休んだり転校したりすることは、いじめ死を防ぐためには非常に有効な手段だ。しかし岸田さんは、「それだけを唯一の解決策にしてはいけない」と警鐘を鳴らす。
2013年に成立したいじめ防止対策推進法によって、いじめは「被害を受けた児童生徒が心身の苦痛を感じているもの」と定義されました。いじめから子どもの命を守るために最も大切なことは、加害行為を止めることです。そしていじめを許さない環境をつくっていくには、「相手が嫌がることはしない」という当たり前の道徳規範を、まずは大人たち自身が体現しなければなりません。
「いじめられる子にも原因がある」「理由があれば暴力を振るってもいい」……。大人が無意識に醸し出す加害の論理は、子どもたちに伝染し、新たないじめを生むでしょう。教師・保護者・地域の大人たちが「どんな子にもそれぞれに価値がある」という多様性を尊重し、認め合う環境を率先してつくっていかなければ、いじめから子どもを守ることはできないのです。
2016年に国立教育政策研究所が発表した調査結果によれば、首都圏にある市の全小学校で2013〜2015年の3年間に仲間外れや無視といった「暴力を伴わないいじめ」を経験した小学生は、ほぼ9割(88.5%)に達している。
今の時代、いじめに無関係な子はほぼいないと思っていい。
子どもを持つ保護者の方々に知っておいてほしいのは、こうしたいじめの多くは、仲のいい友だち同士から始まるということ。仲良しに見えた子が、ある日突然、被害者や加害者になることがある。だから、子どものちょっとした「友だち付き合いの変化」「日常の会話や行動の変化」に、常に注意を払ってほしい。
例えば、保護者会やPTA活動などで学校に行くときに、子どもたちの様子を観察してみる。家庭でも「今日は学校どうだった?」ではなく「今日の休み時間は何して遊んだの?」と具体的な質問をして、友達や教室の様子を日頃から聞いておく。もし、我が子の様子を少しでも「おかしい」と感じたら、それは彼らが「微弱なSOS」を発している証しかもしれません。
周囲からの情報も重要です。周囲にいる子どもたちの多くは、いじめに気付いています。松竹景虎君や篠原真矢君だけでなく、そのほか多くのケースで、いじめを知りながら声をあげることができなかった傍観者が多数いたことが分かっています。
しかし、その中には「このままではいけない」と思っている子も少なからずいて、こうした子たちへの働きかけが重要なカギになります。最近では、子どもたちが匿名でいじめを通報できるスマートフォンアプリ「STOPit」を導入する自治体も増えてきました。「STOPit」は2014年に米国のIT企業が開発したもので、全米6000校で利用されているといいます。被害者本人だけでなく、いじめを目撃した子どもが通報することもできるので、これまで「見て見ぬふり」しかできなかった子どもたちも、いじめ解決の力になることができるのです。
「いじめを大人に知らせることは友達を守るために大切なことなんだ」というメッセージを、大人たちがしっかりと伝えていく。そんな努力がいじめの早期発見につながるのではないでしょうか。
庄司里紗(しょうじ・りさ)
1974年、神奈川県生まれ。大学卒業後、ライターとしてインタビューを中心に雑誌、ウェブ、書籍等で執筆。2012~2015年の3年間、フィリピン・セブ島に滞在し、親子留学事業に従事する。明治大学サービス創新研究所客員研究員。公式サイト
写真監修:リマインダーズ・プロジェクト後藤勝
[写真] 撮影:鬼頭志帆