インスタグラマー・彩
首都圏に住む大学生の彩さん(21)は、旅の記録をインスタグラムに投稿する人気インスタグラマーだ。ある日、「単純性血管腫」で赤いアザがある自分の顔写真を投稿した。「自分の本来の姿をネットに出したほうが、友だちになりやすい。ついでに症状についても社会に知ってもらえるから、一石二鳥だと思って」。旅とSNSで見つけた彼女の生き方とは。(ライター・山本ぽてと/Yahoo!ニュース 特集編集部)
「100人とハグするムービー撮ってます」
ゴールデン・ウィークが始まったばかりの東京・渋谷。最高気温は25度だったその日、人が多いスクランブル交差点前は、それ以上に暑く感じた。
フリーハグを主催したインスタグラマーの彩さんは、首都圏の大学に通う21歳だ。小型カメラGoProを使った旅先での写真と、前向きな文章をつづった投稿に2900人以上のフォロワーがいる。
「Free Hugs」と書かれた手作りのパネルを持ちながら、彩さんは目が合う人々に「ハグしましょう!」と気さくに声をかける。
彼女と一緒にフリーハグを企画した男子大学生のザキさんに話を聞くと、彩さんとは旅仲間のコミュニティーで知り合い、会うのはこの日で3回目。気の合う仲間3人で、フリーハグを企画した。「彩さんから『フリーハグやりたい』って連絡がきて、じゃあ『やるしかないっしょ』ってノリでした」と話す。
インスタグラムに顔写真を投稿
4月4日、彩さんはインスタグラムにはじめて自らの顔写真を掲載し、このような文章を投稿した。
私は、右顔面に #単純性血管腫という症状をもっています。
簡単にいえば、一部に血管が異常に多く集まった状態で生まれた人、かな。
私は、見た目以外に特に障害はないけれど、中には血管が神経を圧迫して他の症状を合併する人もいます。
あとは、部位や範囲も人それぞれ。遺伝は関係ないです。(一部抜粋)
投稿には1500件以上の「いいね!」が集まった。
なぜ、彩さんは自らの症状をインスタグラムに投稿したのだろうか。
「第一印象が難しい」
「人って、出会って6秒で印象が決まると聞いたことがある。そうなったら私は最初の時点でいい印象にならない。だから、『はじめまして』の空間が苦手、初対面が苦手だった」
彩さんは千葉県生まれ。小学校は小規模で、「友だちも暗黙の了解という感じ。学校で差別されたこともなかった。学級委員長とかもやっていたし」と言う。学校の宿題で母子手帳を見たことで「単純性血管腫」の名前を知った。
総合東京病院形成外科の保阪善昭医師(74)は「単純性血管腫は真皮にある血管の一部が拡張し、血管がたくさんある状態です。血流がよくなり、赤く見えます。先天性のものであり、原因はよく分かっていません。身体の成長に合わせて、アザも大きくなります」と話す。治療は色素レーザーが一般的だ。
「顔は身体に比べて、治りがいいと言われていますが、私の経験だと(治療に来る患者の)3分の1は治療でほとんど見えなくなり、3分の1は薄くなり、3分の1はあまり効果がありません。4、5回やって効果がなければ、諦める方も多いです。化粧でカバーしながら、周囲に気付かれずに生活している人もいます」
彩さんも年に3回ほどレーザー治療を受けていたが、中学1年生で治療を止めた。レーザー治療後、数カ月は赤い斑点のような痕が残る。中学では他の小学校の生徒も合流していた。
「小学校ではみんな見慣れていたからいいけど、中学ではこれ(治療の痕)を初めて見る人がいる。説明しないといけないのも嫌だし、説明したら驚かれる。もういいや、このままでいいじゃんと」
中学、高校はバスケットボールに打ち込む活発な生徒だった。友人とぶつかることもあったが、「見た目のせいというより、私の性格のせいかな。思春期だし」と笑いながら振り返る。成績も良く、推薦入試で大学が決まった。
高校生最後の春休み、アルバイトをしようと派遣会社に登録した。すると、面接のときアザについて聞かれ、「生まれつきで」と説明すると「そういうのでもできるバイトを探そうね」と言われる。
「家に帰って、『はっ?』って思いました。やればできるのに、やる前から決められてしまう」
仕事をしたいと申し込んだが、派遣会社から返事は来なかった。
アルバイトは友人の紹介で探した。実際に働いてみると、お客さんや同僚からの反応も良く、「私はやればできるのに」という思いを強くした。
「学校ではクラス替えぐらいしか初対面の環境がなかったけど、社会に出ると考えたとき怖くなって……。第一印象が難しい。『はじめまして』がすごく苦手。長い目では負けない自信があっても、売り込むのに時間がかかる」
風邪の時期と花粉症の時期が重なったこともあり、アルバイトにはマスクをつけて出勤した。
「その状態で店員さんとも仲良くなっちゃったから、いまさら外せなくて。1回隠したら出すタイミングに困るんだと思いました」
旅するインスタグラマーに
大学に入学し、課題やアルバイトに追われる日々を送った。大学2年生の夏に奄美大島へ旅行にいく。旅のお供としてアルバイト代をはたいて、水中でも使用できるGoProを購入した。風景や自分の後ろ姿を写したカットをインスタグラムにアップするようになる。
「離島にノリで行って、そこからダイビングを始めたら楽しいし、海がきれいだし。自分でお金を貯めて、自分たちで計画するのも楽しくて。そこからハマっちゃいました」
投稿を見た大学や高校の友人たちから声を掛けられ、また違う旅に出た。その様子をインスタグラムに投稿し、またそれを見た他の友人たちに声をかけられ旅をする。竹富島、石垣島、伊豆諸島、富士山……さまざまな場所を飛び回った。
インスタグラムの投稿も工夫するようになった。写真だけでなく、日々考えたことを長文でつづる。「#旅好きな人と繋がりたい」というハッシュタグとともに写真と文章を投稿すると、そのたびに、旅好きな仲間とインスタグラム上でつながり、フォロワーも増え、「いいね!」の数も増えた。
他のインスタグラマーの投稿をみているうちに、「世界一周してみたい」と考えるようになった。
「なんで世界一周なの?って聞かれても、一度はやってみたいとか、楽しそうだからとか、中学生男子がバク転したらモテるだろう、みたいな感じ。基本はシンプルな感情。それでいいと思っている」
世界一周するなら、今まで以上に新しい人と出会う必要がある。「苦手な初対面でのコミュニケーションを克服しよう」と彩さんは考え、講演やバーなど旅人たちの集まる場所に飛び込んでみた。
花粉症の時期でも、会場ではマスクを外して参加した。最初は「受け入れてもらえない、入り込めない」と思っていたが、積極的に自己紹介をしてみると、みんなが受け入れてくれることに気が付いた。その時、「人見知りってめっちゃ損」と思ったという。
「居心地の良さそうな空間を選んで慣れていったところもある。みんな、基本的に『はじめまして』の空間だから気が楽だし、仕事や会社を辞めて旅に出ている人もいるから、個性を受け入れてくれる人が多い。(アザの話よりも)GoProの話や世界一周の話のほうに食いついてくれる」
友だちになった人が、また新しい友だちを紹介してくれる。「インスタを見たことがある」と声を掛けられることも多くなった。
インスタグラムに顔写真をアップしようと思ったのは、自己紹介をする機会が多くなったからだ。
「顔を出しておけば、覚えてくれる。そうしたら説明がいらない。それを見て友だちになろうと言ってくれる人たちは、わかったうえで、それでも会いたい人が来てくれる。自分の本来の姿をネットに出したほうが、友だちになりやすい。ついでに症状についても社会に知ってもらえるから、一石二鳥だと思って」
インスタグラムは彩さんにとって最強の説明書になった。初対面の人にも「インスタを見てもらえれば分かります」と伝えている。
アザがあるからこそ
投稿を読んだ人から、取材の申し込みやイベントの出演などで声を掛けられる機会が増えた。「どんどん友だちが増えていく。こうやって取材されるのも、この見た目だから。覚えてもらいやすいし」と彩さんはうれしそうに話す。その様子を見た人たちから「どうやったら彩さんみたいにポジティブに生きられますか」とよく聞かれるという。
「私だって、自分のことを差別することもあるし、卑下することもある。インスタにポジティブな文章を書くのも、人に書いているようで、自分自身に向かって言っている。見た目のせいで、できないことがあると思うより、これは武器だと思っていたい」
「私が見た目にコンプレックスのない状態だったら『ポジティブに自信を持って生きて』と言ったってなんの説得力もない。私は私でやれることがある」
彩さんの「ポジティブ」な投稿は、自らを奮い立たせる意味もある。
今年は大学4年生で、卒業後の進路について考える時期だ。面接があることを考えると「就職活動はあまりやりたくない。傷付く未来が待っている気がする」と話す。日本の就職活動は自分を説明する機会が多くある。
「私が“普通”だったら、就職活動で悩まなかったかもしれない。でも私が “普通”だったら、旅にも興味がなかったかもしれないし、初対面とか、顔を出すとか、嫌なことをやってでも、やりたいと思えることに出会えなかったかもしれない」
卒業後の将来について、彩さんはこう話す。
「自分の好きなことをしたい。生きていきやすい場所を選びたい」
彩さんの旅はこれから始まる。
彩(あや)
千葉県在住の大学4年生。大学1年生からInstagramを開始し、GoProを使用した旅の写真で人気を集める。今年6月には名古屋でトークライブを行う。現在は人と人を繋げ、多様性を受け入れ、多くの人が生きやすいと思う場を広げられるようイベント運営などのさまざまな活動に挑戦中。Instagram:彩Aya(21)
山本ぽてと(やまもと・ぽてと)
1991年沖縄県生まれ。早稲田大学卒業後、株式会社シノドスに入社。退社後、フリーライターとして活動中。企画・構成に飯田泰之『経済学講義』(ちくま新書)。
[写真]
撮影:長谷川美祈
写真監修:リマインダーズ・プロジェクト
後藤勝