イスラエルの戦争経費は10兆円以上――財政赤字、企業倒産、人手不足…鮮明になる経済減速
- イスラエル中央銀行の前総裁は2025年末までの戦争経費を673億ドルと試算したが、ここにはレバノン地上侵攻のコストは反映されていない。
- イスラエルのGDPに占める軍事予算の割合は5.2%にものぼり、これはウクライナ侵攻を続けるロシア(5.9%)と大差ない水準である。
- 戦争の長期化にともない、今年末までに6万社が閉鎖されると見込まれているほか、人手不足も深刻化していて、イスラエルの誇る先端技術産業も影響を免れないとみられる。
戦争に前のめりのイスラエル政府は経済に足元をすくわれるかもしれない。
来年末までの戦争経費は10兆円以上
イスラエル中央銀行はガザ侵攻が始まって2ヵ月後の昨年11月、2025年までの戦争経費を530億ドルと試算した。
かなり巨額だが、この試算は30万人以上動員した予備役の給与などを含まなかった。
これを踏まえて8月、イスラエル中央銀行のヤコブ・フランケル前総裁、戦争経費を約673億ドル(約9兆8789円)と試算した。
こちらの方がより実態に近いと思われるが、残念ながら10月1日に始まったレバノン地上侵攻のコストは計算に含まれていない。
そのため、イスラエルが来年末までに投入する金額は10兆円を大きく超えると見込まれる。
イスラエル政府はハマスやヒズボラを壊滅するまで戦争が続くと強調してきた。しかし、来年末までに決着がつく保証はない。その場合、戦争経費の総額はさらに膨らむと想定される。
それでも強気のイスラエル政府
膨らみ上がる戦争経費はイスラエル経済を徐々に圧迫している。国際通貨基金(IMF)は今年のイスラエルのGDP成長率を1.6%程度と予測している。
これはコロナ感染拡大の2020年(-1.4%)よりマシだが、一昨年の6.4%、昨年の2.0%と比べも低い水準だ。
しかし、それでもイスラエル政府は戦線をむしろ拡大している。強気の一つの理由は、戦争経費のすべてをイスラエルが支出しているわけでないことにある。
ストックホルム国際平和研究所によると、2023年のイスラエルの軍事支出は275億ドルだった。これは前年比24%の増加だった。
ちなみに、この275億ドルがイスラエルのGDPに占める割合は5.3%だ。これはロシア(5.9%)に近い高水準で、アメリカの3.4%、イギリスの2.3%、日本(1.2%)など主要先進国を大きく上回る。
ただし、275億ドルのうち44億ドルはアメリカからの支援で賄われた。外交問題評議会によると、アメリカの支援は2024年の1年間で182億ドルに達すると見込まれている。
アメリカがこれまで軍事援助してきた国のなかで、イスラエルは最大の受益者である。独立以来、イスラエルがアメリカから受け取った軍事援助は総額2300億ドルにものぼる。
要するにアメリカの支援がイスラエルの戦争経費の負担を軽くしているのだ。これはイスラエル政府の強気を支える大きな柱といえる。
企業閉鎖の連鎖反応
ただし、その足元でイスラエル経済には着実にブレーキがかかっている。
米格付け会社Moody’sは2月、イスラエルの評価をA1からA2に引き下げた。その理由には財政負担の大きさの他、軍事衝突によって農業、建設、観光などの産業に深刻な影響が出ていることがあげられた。
Moody’s以外のほとんどの大手格付け会社もほぼ同様の対応をとっている。
それも無理のない話で、経済情報会社CofaceBDIによると、イスラエルにおける企業の倒産、廃業、撤退・海外移転はガザ侵攻開始から今年7月までで4万6000社にのぼり、このペースでいくと今年末までに6万社にのぼると見込まれている。
特に観光業へのダメージは深刻で、ホテルの10%が閉鎖の危機に直面している。
企業の閉鎖に拍車をかけているのは、イスラエルとの取引への視線が国際的に厳しさを増すなか、撤退する企業があることだ。
Googleは3年前にイスラエルでデータ処理会社Verilyを創設したが、今年6月に閉鎖を決定した。イスラエル人を含むスタッフ・従業員は今年中に国外に移転するという。
Googleはガザ侵攻開始以来イスラエルとの関係がしばしば批判されてきた企業の一つだ。
海外企業の撤退にともないイスラエル国外に出ていく人も増えているが、それに加えて戦争エスカレートを恐れて出国する人も少なくないとみられている。
イスラエル紙Times of Israelによると、ガザ侵攻が始まった昨年10月から今年7月までの出国者は、前年度比2.85倍の増加だった。
加速する人手不足
これに連動して、イスラエルの生産力低下を加速させているのが、人手不足の深刻化だ。
イスラエル軍は36万人の予備役を動員したが、これは労働力の約8%を占める。そのなかにはイスラエルの誇る先端技術産業の関係者も含まれる。
とりわけ規模の小さいスタートアップ企業の場合、経営者やスタッフが何人も予備役に駆り出されて操業が困難になる事例も珍しくない。
イスラエルのスタートアップ企業関連団体は、戦争の激化によってイスラエルの先端技術開発の広い裾野が脅かされると懸念を表明している。
その一方で、イスラエルでは建設、製造などの現場で働く作業員も不足しつつある。
これまでイスラエル政府はヨルダン川西岸やガザからパレスチナ人労働者を約13万人受け入れていたが、ガザ侵攻の開始にともない、一部を除いてその受け入れを停止した。
この出稼ぎ規制はヨルダン川西岸やガザの困窮に拍車をかけているが、その一方でイスラエルの人手不足を後押しするものでもある。
イスラエル政府はその不足分をインドやスリランカから労働者を受け入れることで穴埋めしようとしているが、戦闘の激化もあって思うように進んでいない。
こうした状況が長期化するほどイスラエル経済がジリ貧になることは容易に想像される。
現在のイスラエル政府では一部の極右政治家が過剰なほど発言力を強め、戦線拡大の原動力になっている。それはイスラエル自身にとっても脅威になりつつあるといえるのかもしれない。