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中台トップ会談の結果――台湾国民は大陸を選ぶのか日米を選ぶのか?

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

11月7日、習近平・馬英九会談がシンガポールで行われた。中国のCCTVで実況中継を観ながら、台湾にいる教え子たちと連絡を続けた。台湾総統選にいかなる影響を与えるのか、それは台湾国民の歴史的選択に関わっている。

◆80秒間にわたる握手

11月7日、シンガポールのシャングリラ・ホテルに布かれた絨毯の両脇にカーテンがかかり、右側から習近平氏が、左側から馬英九氏が現れた。真ん中あたりまで進み、やや左寄りのところで、習近平氏が右手を差し伸べ、すかさず馬英九氏も右手を差し伸べて握手。やや左寄りになったのは、馬英九氏の方がいくらか背が低く、歩幅が狭いためだろう。

一瞬、互いに見つめ合ってから居並ぶ報道陣の方を見た顔は、はにかみながらの笑み!馬英九氏はやや照れくさそうに笑いながら報道陣の方を見て、習近平氏は、もう一度馬英九氏と顔を合わすべきか否か迷いながら、馬英九氏を見るともなく、やはりまた報道陣

の方に笑みを向けた。

歴史的瞬間だった。

会場には声ならぬどよめきが起きた。

中国側の発表で、620名の報道陣が集まったという。中国大陸から200名、台湾から200名、そして海外から200名強とのことだ。

二人の笑顔を真正面から撮りたい報道陣のために、二人は仲良く右に体を回し、しばらくしてから左に体を回してサービスをした。80秒間、握手した手は振りっぱなし(シェイクしっぱなし)だ。80秒後、手の握り方で合図をしたのか、今度は握手した手を離して、互いに外側の手を高く掲げて報道陣に向けて振り、左側の袖に向けて歩き、カーテンの陰に消えた。

二人の会談の意義は、内容自身よりも、この握手にあったと言っても過言ではない。

1945年8月15日に日本が降伏宣言をすると、国民党の蒋介石と共産党の毛沢東が中華民国(国民党)政府のあった重慶に集まって「内戦をしないこと」を誓いあい、10月10日に「双十協定」に署名した。毛沢東がどうしても山奥の延安から下りて来ないので、駐中国のアメリカ大使ハーレイが延安に赴き、毛沢東を無理やり引き連れて重慶の空港に降り立ったのだ。

アメリカでは共産党(特にソ連のコミンテルン)のスパイがうごめいていたから、アメリカは共産党寄りになっており、ハーレイは喜んで延安に向かっている。毛沢東は一方では双十協定に署名しながら、もう一方ではすでに旧日本軍が占領していた区域に猛突進していて、共産党軍の勢力範囲を拡大していた。

この国共(国民党と共産党)両勢力の握手というのならば、2005年4月に胡錦濤総書記と初めて大陸に戻った台湾国民党の連戦主席が60年ぶりに握手し、2009年には同じく台湾国民党の呉伯雄・主席が大陸を訪問して、胡錦濤総書記と握手をしている。

さらに習近平が総書記となったあとの今年5月にも、台湾国民党の朱立倫主席が北京で習近平総書記と握手しているので、国共両党の握手は1945年10月10日以降、何度かしているのである。

特に、2014年11月の台湾における統一地方選挙が国民党の惨敗に終わったことに激しい危機感を覚えた習近平氏は、来年の総統選で何とか北京政府寄りの国民党に当選させようと、昨年末からあの手この手を考えてきた。しかし軍事パレードで脅しをかけても、台湾国民の国民党離れ(=北京政府離れ)は止まらない。

そのための、シャングリラ・ホテルでの握手だった。

◆会談内容

会談した内容は大きな問題ではなく、「大陸の政府のトップ」と「台湾の政府のトップ」が握手したことが重要なのである。「一つの中国」をコンセンサス(92コンセンサス)として連携を再確認し、「台湾の和平統一(=中国大陸への併合)」を目指すのみである。

そのため全世界の華人華僑の世界で組織されている「中国和平統一促進会(和統会)」が、一斉に動いた。

命令したのは北京の国務院台湾弁公室(国台弁)だ。

筆者のメールボックスには、少なからぬ国からのメールが飛びこんできた。最も頻繁で強烈なのは、いうまでもなくサンフランシスコにある和統会だ。南京事件も慰安婦問題も、基本的にここが発信地である。

ただそれでも一つだけ注目すべき点があった。

それは習近平氏の方から、これまでは拒んできた「AIIB(アジア投資銀行)と一帯一路の連携」を馬英九氏に、示唆的な形ではあるが、呼びかけたことである。

これは東アジア経済共同体への台湾の参加を意味する。

台湾が「一つの中国という枠組みの中」という制限があっても国際組織に参加できることは、まさに台湾の今後の運命を決める分岐点となる。それは中国の南シナ海あるいは東アジアにおける発言権をさらに強化していくことにつながる。

ただ、それで台湾国民が納得するのか、そこが最大の問題だ。

◆台湾国民の世論

繰り返し報道される「習近平・馬英九会談」をほぼ暗記するほどBGMで聞きながら、一方では台湾にいる教え子たちと連絡を取り合った。

意見は両極に分かれているという。

最も激しく抗議しているのは2014年3月に中台間のサービス貿易協定に反対して立法府を選挙し、阻止に貢献した「ひまわり運動」に参加した若者たちだ。

台湾の若者や庶民の国民党離れ、特に馬英九離れを決定づけた出来事で、ここから一気に民進党が勢いをつけてきた。

筆者が取材した教え子たち自身は(中にはすでに大学の教員になっている者もいるが)、ほぼ全員が「馬習会談(馬英九・習近平会談の台湾における呼び方)」に反対している。銭(経済)のために魂を売った売国的行為だとして非難している。

しかし「ひまわり運動」の代表的存在だった陳為廷は、馬英九氏が乗り降りする台湾の松山飛行場で抗議活動を行なっているところを当局により拘束され、姿を消してしまった。

まるで戒厳令時代に戻ったみたいだ、台湾の民主はどこに行ったのか、言論の自由も大陸同様に封鎖されていくのかと、多くの若者や庶民がネットで抗議の情報を交換し合ったが、会談が中継されている最中に、台湾Yahoo(Yahoo奇摩)がネット・アンケートを実施した。

7日午後4時から7時までの時点で、「今回の馬習会談をどう思いますか?」という問いに5233人のネットユーザーが回答し、「49%が非常に満足、22%が非常に不満足、19%がまあいいのではないか、6%があまり満足ではない、4%が分からない」だった。

つまり「68%が肯定的」だったことになる。

7日午後6時から7時まで、「馬習会談が終わった後の馬英九の態度(主張)をどう思うか?」という質問が台湾Yahoo空間でなされたが、それに対して2518人のネットユーザーが回答し、結果は「50%が非常に満足、23%が非常に不満足、18%がまあいいのではないか、6%があんまり満足ではない、3%が分からない」だった。

これも合計すれば、「68%が肯定的」となっている。

もちろん激しい抗議デモ が起きてはおり、ひまわり運動の若者たちの抗議集会も見られたが、この「68%」という数値は痛い。

◆日本と無関係ではない

それでも、取材した人たちは「台湾国民の心は変わらない」と、まるで自分に言い聞かせるように、自由と自尊心を重んじる民進党へのエールを訴えてはいる。

しかし来年1月の総統選で、圧倒的優勢にあった蔡英文候補への支持に影響が出ないのか、慎重に事態の推移を見ていかなければならない。

台湾の国民が国民党を選ぶか民進党を選ぶかは、つまり共産党政権の大陸(中国)を選ぶかの問題であり、それは取りも直さず、日米を選ぶか否かという選択にもつながっている。

かつて自国の利益のために台湾(中華民国)を捨て大陸(中華人民共和国)を選んで国連に加盟させたアメリカは、今度は台頭する大陸・北京政府を抑え込もうと、あの手この手を使っている。

もし中台蜜月が実現すれば、日本は現在の南シナ海どころではないシーレーンに関する大きな影響を受けることになる。

筆者が最近、台湾の若者に対して行った意識調査では、「最も好きな国は日本」で、「最も嫌いな国は大陸(北京政府)」だった。民進党を支援している層は、親日だ。親米以上に親日だ。アメリカは1971年に「中華民国」を見捨てたのだから、その意味で反感を持っている若者は少なくない。

今般の中台トップ会談の意味と、それがもたらす影響は、東アジア情勢の分岐点の一つであるということもできる。日米、特に日本を選ぶか否かの分岐点でもあるということだ。これは日本企業のチャンスとも関係してくる。来年の総統選まで、目が離せない。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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