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「それってパクリじゃないですか?」弁理士視点の感想と視聴者向け法律解説(3)

栗原潔弁理士 知財コンサルタント 金沢工業大学客員教授
(写真:イメージマート)

日テレの知財ドラマ「それってパクリじゃないですか?」の感想と解説です(今回の放送を見た方向けに書いてます、未見の方にはネタバレになります)。

第3回目で早くも侵害予防調査という、コアなテーマが来てしまいました。加えて、特許の権利範囲解釈というさらにコアな部分もポイントになっており、おもしろくはあるのですが、視聴者に通じるんだろうかとちょっと心配になってしまいました。

まず、侵害予防調査ですが、クリアランス調査、あるいは、FTO(Freedom to Operate)調査とも呼ばれ、結構手間がかかります(ドラマ中でも言及がありましたが、侵害する特許がないことを証明する「悪魔の証明」なので)。また、(これもドラマにあったように)万一、調査漏れがあって、特許権侵害が発生してしまうとどえらいことになるのでかなり気を使う作業となります。

なお、通常は、調査業務は外部の特許事務所、あるいは、専門業者に依頼することになる(少なくとも新人が一人で担当することはない)と思いますが、それだと、ドラマにならないのでしょうがないですね。

また、特許調査は全部キーワード検索でやっていましたが、特許公報にはすべて分類コードが割り当てられていますのでそれを使う(少なくともキーワード検索と併用する)のが通常ですが、分類コードの説明とか始めるとテレビ映えゼロなのでこれまたしょうがないですね。

ところで、特許調査には出願する発明に新規性・進歩性があるかを判断するための先行技術調査というのもあります。「他人の特許発明を実施して特許権侵害になる」のと「発明が既に公知になっていて特許化できない」のは全然別の話です。侵害予防調査は前者を先行技術調査は後者を防ぐための調査です。

今回の話で言うとカメレオンティーの特許出願前に先行技術調査が必要なのですが(私が見落としてただけかもしれませんが)言及がなかったと思います(ともさかりえの特許事務所が対応していたのでしょうか?)

もう一つのテーマは特許の権利範囲の解釈です。特許の権利範囲は、出願書類の特許請求の範囲(別名、クレーム)という部分の記載で決まります。重岡大毅が「明細書の一字一句を見逃すな」みたいなことを言ってましたが、正確に言うと、「クレームの一字一句」ですね。

クレームは基本的に構成要素を列挙する形で記載されます。たとえば、「果物と野菜と乳成分とを調合する製造方法」みたいな感じです(実際の特許ではもっと複雑です)。そして、これらの構成要素がすべて含まれていないと特許権の侵害にはなりません。これを、オールエレメントルール、あるいは、権利一体の原則と呼びます。この例で言うと、野菜が含まれていないとか、乳製品ではなくライスミルクを使っているとかであれば侵害にはなりません。ドラマでは、かなりがんばって説明していたと思いますが、結構ややこしい部分なので視聴者にうまく通じたのか興味があります。

追記)録画を見直すと当該クレームは従属クレームでした。ということは、より範囲が広い(乳成分が構成要素として含まれていない)クレームが別にある可能性があります(結局、この案は採用されなかったのでその後の展開には影響ないのですが)。また、現実には均等侵害という考え方もあり、クレームの構成要素と製品間に相違点があっても、そこが発明の本質的部分ではない等の要件を満たせば、侵害とされることもあります。ただここに話を持っていくともうテレビドラマではなくなってしまうので、触れなかったのはしょうがないかと思います。

なお、仮に、この特許権者メーカーが「果物、野菜、および、乳成分または植物性ミルク」みたいなクレームの書き方をしていると、ライスミルクを使っても特許権侵害は回避できません。つまり、出願をする立場から言うと、できるだけ特許権侵害を回避されないように、さまざまなバリエーションを考慮したクレームを作ることで、広範囲の特許権を取る必要があることになります。このあたりはまさに弁理士の腕の見せ所なのですが、こういった話も以降の回で出てくるのでしょうかね?

ところで、前回で投げっぱなしになっていた「ふてぶてリリィ」の件は続いていました。この後もサブプロット的に続いていくのだと思います。商標の先使用の要件(ただ使っていただけではダメで周知性の獲得が必要)みたいな話になっていくのかもしれません。

追記)

勝手ながら、ボールペンや万年筆をたとえにした特許の記載に関する話の部分、以下のようにすればわかりやすかったのではと思いました。

重「誰かが転がりにくい鉛筆の特許を持っていたとします クレームには”断面が六角形の鉛筆”と書いてある あなたも転がりにくい鉛筆を作りたい さあどうしますか?」

芳「うーん」

重「断面が三角形の鉛筆を作ればいいんです」

芳「でも六角形も三角形も同じでは?」

重「クレームに”六角形”と書いてあれば三角形は権利範囲に入らない そこを突くんです それが嫌なら最初から”断面が多角形”と書いておくべきです そうしなかったのはむこうの落ち度 特許は言葉による勝負 一字一句おろそかにしてはいけません」

弁理士 知財コンサルタント 金沢工業大学客員教授

日本IBM ガートナージャパンを経て2005年より現職、弁理士業務と知財/先進ITのコンサルティング業務に従事 『ライフサイクル・イノベーション』等ビジネス系書籍の翻訳経験多数 スタートアップ企業や個人発明家の方を中心にIT関連特許・商標登録出願のご相談に対応しています お仕事のお問い合わせ・ご依頼は http://www.techvisor.jp/blog/contact または info[at]techvisor.jp から 【お知らせ】YouTube「弁理士栗原潔の知財情報チャンネル」で知財の入門情報発信中です

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