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食料不足を救う? 「毎日食べても飽きない」ダチョウ肉に挑む

大小田直貴ドキュメンタリー監督

日本では馴染みが薄いダチョウ肉。実は、牛、豚、鶏に比べて少ない穀物で同じ量の肉が得られるサステナブルな食肉だ。もっとダチョウ肉を広めたいと、会社を退職し、貯金を取り崩して牧場を開いた男性がいる。「地球に対して持続可能性の高い畜産業で、しかもお肉がすごくおいしい。今やるべきはダチョウだと思った」。挑戦の日々を取材した。

昨年、故郷の茨城県筑西市にダチョウ牧場を開き、飼育に勤しむ「ダチョウの伝道師」こと加藤貴之さん(33歳)。今年6月、雛10羽を仕入れ、約10カ月育てた後に出荷する予定だ。加藤さんは言う。

「ダチョウ肉は、毎日食べても飽きない。クセがなく、赤身のうま味が楽しめるため、脂のしつこい肉が苦手な人には最高の食材です」

日本オーストリッチ(ダチョウ)協議会の田中俊之事務局長も、こう解説する。

「ダチョウは少ない粗食でしっかり育つということが特徴。少ないエサで多くの肉を取ることができるのは、サステナビリティという点で大きなメリットです」

1kgの牛肉を得るためには11kgのエサが必要だ。豚は6kg、鶏は4kgと続く。しかし、ダチョウなら3kgで育つ。

その秘密は腸にある。ダチョウの腸は消化能力が高く、餌に含まれる栄養を効率よく吸収できるのだ。そのため、フンはハエがとまらないといわれるほど匂いが少なく、量も少ない。それが掃除する手間を減らし、飼育のしやすさにもつながっている。環境への適応能力も高く、日本では北海道から沖縄まで飼育されている。

加藤さんがダチョウ肉に目覚めたのは、2011年のこと。東日本大震災後、加藤さんは福島県南相馬市にボランティアに向かった。津波で一変した街を見て、「自然には勝てない。これからは自然と共存する生き方が求められるんじゃないか」と感じた。そんな時、知人づてに紹介されたのがダチョウ肉だ。

「地球に対して持続可能性の高い畜産業で、しかもお肉がすごくおいしい。今やるべきはダチョウだと思った」

震災から2カ月後、ダチョウ肉の普及活動を始めた。おいしい食べ方も研究した。加藤さんいわく、最も簡単でおいしいのは表面だけを焼くたたき。トンカツのように揚げるのも、トマト煮込みやハンバーグもおいしいという。

人生をかけてダチョウ肉を広めたいと考え、震災から半年後には働いていた広告関係の会社を退職。高品質のダチョウ肉を仕入れ、飲食店に販売を始めた。魅力を広めるイベントを開催し、2012年4月から約半年間、東京・三軒茶屋にダチョウ料理を出すカフェを開いたこともあった。

しかし、思うように広まらなかった。加藤さんはその理由をこう考えている。

「課題としてはコスト面が一番大きいかなと思います。国内に繁殖している牧場は約6カ所と少ないので1羽あたりの雛が高くなる。生産側に課題があると初めて知りました」

現在、日本で食肉用にダチョウを育てている牧場は約10カ所といわれる。生産量は少しずつ増えてはいるが、それでも年間23トンほどだ。数十万から数百万トンを生産する牛肉、豚肉、鶏肉とは比較にならない。購入方法も主に通販サイトに限られている。

ダチョウの生産者を増やし、流通の仕組みを変えるためには自ら生産者になる必要があると思った加藤さん。そこで牧場で働き、ノウハウを蓄積。貯金を切り崩し、昨年ようやく自分の牧場を開いたのだ。

「日本の飼育状況は、海外に比べると雛の生存率が低い。経営から飼育、出荷までやって、次のステージに引き上げていきたい。今は最小限の投資でチャレンジしています。これでうまくいけば、大掛かりな投資をしなくても始められるというモデルケースになる」

日々の飼育は、試行錯誤の連続だ。ダチョウは鳥類の中では世界最大で、羽はあるものの飛ぶことはできない。ダチョウの脳は目玉より小さく、約40gほどだ。頭がいいとはいえず、飼育の際に、異物の誤飲など予期せぬ事故で死んでしまうこともある。昨年、1羽死なせてしまった加藤さんは、エサを食べていない雛がいないかなど、すべての雛をいつも観察する。

寒さにも弱く、暖房の温度を少し高めに設定していたが、ある日牧場へ行くと、雛が寒さで身を寄せ合っていた。熱くなり過ぎて暖房が緊急停止してしまっていたのだ。見に行くのが遅ければ、危うく死なせるところだった。

ダチョウの初出荷を9月頃に予定していたが、11 月になっても目処は立たない。と畜場の仕組みにより、ある程度まとまった数を一度でと畜する必要があるため、4羽しかと畜するダチョウがいない加藤さんは、後回しになってしまうのだ。

さらに、コロナ禍による飲食店の休業や時短営業で、ダチョウ肉の注文は激減。仕入れていた肉の在庫が増えた。仮にと畜できても、その肉をストックする場所がない。その間もダチョウのエサ代はかかってしまうため、売上減少とコスト高が加藤さんを襲っている。

「悔しいと思う時期はもう過ぎた。この状況でもなんとかやるしかない」

加藤さんは、くじけずに普及活動に勤しんでいる。ある晩、東京・根津にあるバル「九条Tokyo」では、50インチを超えるモニターに加藤さんが写し出されていた。加藤さんの牧場とバルを繋ぐ、オンラインイベントだ。ダチョウのおいしさや環境に優しいことを知ってもらうため、牧場を案内しながら、ダチョウ肉がサステナブルな理由を説明する。バルではダチョウ肉の料理が振る舞われた。

「ダチョウの畜産としての可能性を広げるために、早く100羽以上の規模にしたい」

将来的には、ダチョウ肉が食べられるバーベキュー場を作りたいと加藤さんは言う。道は険しくとも、ダチョウの伝道師、加藤さんは前に進み続けている。

クレジット

監督・撮影・編集 大小田直貴
撮影 菊島政之
編集 大山幸樹
プロデューサー 前夷里枝

ドキュメンタリー監督

1984年大阪生まれ。大阪芸術大学映像学科卒業後、テレビ番組制作会社へ。2010年から介護、生活保護、震災、経済などをテーマにした報道、ドキュメンタリー番組を演出する。カメラを回しながらの一人取材、先入観なしにまず現場に行くのが好き。2020年からドキュメンタリー映画も作っています。

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