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三中全会 秘かに進む「中国経済パラダイム・チェンジ」への相転移

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
出典:CCTV

 7月18日、北京で開催された三中全会(中国共産党中央委員会第三回全体会議)は幕を閉じ「公報」が出された。その軸にある《中共中央关于进一步全面深化改革、推进中国式现代化的决定》(改革をいっそう全面的に進化させ、中国式現代化を推進することに関する中共中央の決定)(以下、「決定」)の具体的内容はまだ公表されていない。三中全会で可決したのはその「討論稿(「決定」草案)」だ。やがて「決定」の「正式版」が公表されるだろうが、しかし、その公表を待つまでもなく、「公報」の中に滲み出ているいくつかのキーワードは習近平が秘かに進めている「中国経済のパラダイム・チェンジ」への「相転移」を示唆している。

 「相」というのはphase(フェイズ)のことで、物理学ではたとえば(非常に簡単な例をとれば)気体(気相、gas-state)が液体(液相、liquid-state)になり、液体が固体(固体相、solid-state)になるといったフェイズの転移を「相転移」(phase transition)と称する。筆者はその物理学的概念から、現在の中国の経済状態を「2相混在期」にある相転移状態と位置付けたいと思う。

 2015年に発布したハイテク国家戦略「中国製造2025」は、トランプ前大統領が2017年末にその脅威性を察知して2018年から必死で潰しにかかったので、習近平は「中国製造2025」というワード自身を表に出さないようにし始めた。

 しかし来年「2025年」、目標値達成の年を前に、微細な線幅の半導体と半導体製造装置を除いて、現時点で目標値はほぼ達成されているだけでなく、分野によっては目標値を遥かに超えている。

 相転移の概念からすれば、今やハイテク国家戦略は「中国経済のパラダイム・チェンジ」を起こしつつあり、それは不動産産業といった「従来のGDPなどで表される経済発展」の「相」(従来相=従来フェイズ)とは異なり、「GDPの量では表せず、『質』でしか表せないポテンシャルの高い『新質生産力』」の「相」(新質相=新質フェイズ)に属し、中国の経済発展は、この二つの「相=フェイズ」に分かれているとみなすことができる。

 習近平は、「従来フェイズ」においては、江沢民政権が残した「腐敗」や胡錦涛政権が残した不動産産業」などの「負の遺産」と闘っており、「新質フェイズ」において「中国が世界トップになっている産業分野の促進」に(秘かに)邁進している。

 その視点から見ると、三中全会から何が見えるかを本稿では分析する。

 少なくとも日本では、三中全会は「何も示しておらず失望した」、「習近平は政治的統制という独裁色を強化しただけだ」といった類の報道ばかりが目立つが、それは習近平が秘かに進めている「パラダイム・チェンジ」の真相が日本人には見えないからだろう。見えた時には日本がどれだけ中国に取り残されているかを実感し、愕然とするにちがいない。

 その時ではもう遅いので、分析の一端を少しだけご披露したい。

 (なお、「パラダイム・チェンジ」に関しては拙著『嗤う習近平の白い牙 イーロン・マスクともくろむ中国のパラダイム・チェンジ』で詳述した。)

◆三中全会「公報」が示す「決定」

 7月18日、中国政府の通信社「新華社」の電子版「新華網」は中共中央から受託を受けて<中国共産党第二十回党大会第三回中央委員会全体会議公報>を発表した。会議では冒頭に書いた「決定」を審議し採択した。習近平が「決定草案」に関して説明した。

 「公報」には以下のような注目点がある。

 ●新質生産力を発展させる体制・仕組みを整備し、実体経済・デジタル経済高度融合促進制度を整備し(中略)、産業チェーン・サプライチェーンの強靭性・安全性向上制度を整備する。

 ●対外開放の基本国策を堅持し、わが国の超大規模市場の優位性をよりどころとしながら国際協力を拡大し、よりハイレベルの開放型経済の新体制を確立する。貿易体制の改革を深化させ、外商投資・対外投資管理体制の改革を深化させる。

 ●経済運営に関する党中央の決定・配置に従い、マクロ政策をしっかりと実施し、内需を積極的に拡大し、現地の実情に応じて新質生産力を発展させ、貿易の新たな原動力の育成を加速し、グリーン・低炭素発展を着実に推進し、民生を確実に保障・改善し、貧困脱却堅塁攻略の成果を定着させて拡大する。(「公報」からの抜粋は以上。)

 「決定」に関しては、中央テレビ局CCTVの<アンカー解説 五種類の問題に対する300項目以上の重要改革策>や、同じくCCTVの<時政新聞眼 改革を深化させるために三中全会では如何なる重要な措置がなされたのか?>といった、「おっ!」と目を引く見出しの情報があった。そこには少なからぬヒントがあり、たとえば以下のような記述が目に留まった。

 ――「決定」は、国有企業が独自の技術の源泉を創出すべきであることを強調し、また、有能な民間企業が国の主要な技術研究課題に主導的に取り組むことを支援する。これは民間企業の発展を肯定し、支援するものであり、能力があれば出身に関係なく先頭に立って業界のリーダーになれるという重要なメッセージでもある。

 以上から、本稿では「国有企業数と民間企業数の推移」や「新質生産力の内のEVあるいは船舶業に関する実情」などを例に取って、「中国経済のパラダイム・チェンジ」の実態の一端をお見せしたい。

◆「国進民退」現象は起きていない――国有企業数と民間企業数の推移

 日本では盛んに、「習近平政権になってから国有企業ばかりが優先されて前進し、民間企業が圧迫を受けて衰退している」ことを表す「国進民退」という言葉が使われ、「習近平がいかに毛沢東時代に逆戻りしているか」を主張する評論が流行っている。「国家統制ばかりが強化されて、一般人民はその圧政にあえぎ、中国から逃げようとしている」という評論が「耳目に心地よく」、「日本人による、日本人のための、日本人にだけ通じる中国論」が歓迎されるという驚くべき現象が起きている。

 一つ一つ潰していったら、やはり一冊の本を書くしかない。ここではまず、いかに「国進民退」が嘘でたらめであるかを、データを用いて示したい。

 図表1は主として習近平政権になってからの国有企業数と民間企業数の推移を示したものである。データは主として国家統計局の「按控股情况分企業法人单位数」にある「国有控股企業法人单位数」と「私人控股企業法人单位数」に基づいたが、なぜか国家統計局には2018年のデータがないため、この年は「中国経済普査年間2018」から取り入れた。

 但し、国家市場監督管理総局が公表した民間企業数は国家統計局の民間企業に関するデータが3000万台であるのに対して、5000万台以上になっている。分類の仕方が異なるので、多い方のデータを使わず、少ない方のデータを使った。すなわち図表1に示すのは、「少なめに見ても民間企業数が国有企業数に比べて、圧倒的に多い」という事実である。

 しかも習近平が2013年に「改革を深化させる」という方針を執り始めてから、民間企業数が激増し始めている。

図表1:国有企業数と民間企業数の推移

出典:基本的に中国の国家統計局
出典:基本的に中国の国家統計局

 図表1から明らかなように、国有企業(赤)は横軸を這っている程度にしか存在しない。ほぼ「ゼロ」状態で見えにくいと思うので、「中国の全企業数の中で占める民間企業数の割合の推移」を念のため図表2に示す。

図表2:中国の全企業数における民間企業数が占める割合の推移

出典:国家市場監督管理総局
出典:国家市場監督管理総局

 2023年では92.3%にまで達しているので、比較にならないほど、圧倒的に民間企業の方が多いということがデータとして見えてくるはずだ。

 それでもなお、2023年9月4日には、<国家発展改革委員会が民営経済発展局を設立>するほど、民間企業育成には力を注いでいる。一方では、<国有企業改革三年行動計画(2020~2022年)>を実施して、国有企業のさらなる株式会社化に注力している。

◆新質生産力の筆頭EVの成長

 文章が長くなりすぎるので、ここでは図表だけをお示ししたい。

図表3:中国と世界各地域におけるEV販売台数の推移

出典:乗用車市場情報連席会・崔東樹秘書長のWeChat公衆号
出典:乗用車市場情報連席会・崔東樹秘書長のWeChat公衆号

 このデータに関しては中国とそれ以外の「地域」に関するデータしかないので、図表3のような形になる。北米≒アメリカ、ヨーロッパ≒EUという感覚で、日本は黒色の「他のアジア地域」の中の一国に過ぎない。

 なぜ中国はEVを安く販売できるかに関しては、『嗤う習近平の白い牙』の【第七章 習近平が狙う中国経済のパラダイム・チェンジ】の【三 欧米が恐れる「中国製造業が巻き起こす津波」】で詳述した。

◆新質生産力の中の船舶業

 最後に中国の船舶業の推移に関して、主要国との比較をお示しする。データは国際連合貿易開発会議(UNCTAD)に基づいた。

図表4:世界主要国の船舶生産量に関する推移

出典:国際連合貿易開発会議
出典:国際連合貿易開発会議

 図表4に示したのは2023年末までのデータだが、2024年上半期における中国製造船舶の新規注文の割合は70%に達する

 かつて日本(図表4の紫色)は造船業に関しては強かったのだが、近年は中国だけでなく韓国にも抜かれて、衰退していくのみだ。

 トランプ前大統領に副大統領候補として指名されたJ・D・バンス上院議員は、どんなことがあっても製造業を取り返すと誓っているが、アメリカ(水色)は、横軸を這うように底辺を彷徨っている。

 対中制裁と対中高関税だけで、アメリカは中国の発展を潰すことができるだろうか?中国の製造業を凌駕することができるだろうか?

 トランプ政権が誕生した後の米中の経済競争を考察し続けたい。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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