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自粛期間中は「個」を磨く。なでしこリーグ5連覇中のベレーザはコロナ禍をどう乗り切る?

松原渓スポーツジャーナリスト
ベンチにも代表選手がズラリ。今季もベレーザの選手層は厚い(写真:森田直樹/アフロスポーツ)

【在宅トレーニングの中身とは?】

 新型コロナウイルス感染拡大の影響でリーグ戦開幕が延期されているなでしこリーグ。5月25日にすべての都道府県で緊急事態宣言が解除されたことを受け、リーグ側は翌26日に各チームへの活動自粛要請を解除した。適切な感染予防対策の実施を前提としつつ、各チームはグラウンドを使った練習を再開できる。順調に行けば、リーグ戦開幕は7月になる可能性がある。

 国内では2年連続ですべてのタイトルを独占し、リーグ5連覇中の日テレ・東京ヴェルディベレーザは、通常通りのトレーニングができない中、どのような策を講じてきたのか。5月中旬にオンライン会議ツール「Zoom」で行ったインタビューで永田雅人監督は、「選手ごとに個別の対応をしています。フィジカルトレーニングを中心に、フィジカルコーチから与えられたメニューを各自が家や公園で取り組んでいる状況です」と明かした。

 ベレーザにはプロ契約選手と仕事を持っている選手がいるが、現在は基本的に通勤している選手はおらず、学生はオンライン授業が始まったため、ほぼ全員が在宅だという。リモートでのチームミーティングなどは行っていないが、フィジカルコーチから選手たちに渡されているメニューはかなり充実しているようだ。

 今季、新キャプテンになったDF清水梨紗は、自粛期間中の取り組みについてこう話す。

「今はリーグが開幕する時に向けて、体づくりなどに励んでいます。月曜日は筋トレ、火曜日はステップ系、水曜日はスピードや持久力を維持するようなメニューが組まれていて、休みは週に1日ぐらいですね。2週間から3週間に1回メニューが変わって、すでに3回ぐらい新しいメニューになりました」

 クラブハウスが家から近い選手や、近所の公園が混雑している選手向けにはヴェルディグラウンドを開放し、人数を限定してグループ別でのトレーニングを行うことも。その際、「公共交通機関を使う必要がある選手は、グラウンドには来られない」というクラブによる制限があるため、グラウンドに行けない選手には永田監督が電話で連絡を取ったり、コーチングスタッフと分担する形で全員の状況を把握しているという。

【探究心を刺激する“永田流”トレーニング】

 代表に常に10名以上の選手を輩出するベレーザは例年、シーズン中に代表活動で主力の多くが抜ける。そのため全員が揃って練習をする機会は少ない。戦術をすり合わせたり、新たなことに取り組むための準備期間は、他のチームに比べて限られる。

 だが、永田監督はその中でチャレンジを続け、「個」の成長を促しながら組織も着実に進化させてきた。その独特な試みの一つが、自ら編集して選手に渡すプレー動画だ。

「監督から毎日、参考になるプレー映像が送られてくるので、それを見ながら『うわー!』と興奮して、サッカーがしたいなとウズウズしています(笑)」

 清水がこう話すように、各選手の弱点克服や長所をさらに生かすことを考えて作成された映像が選手の向上心と探究心を刺激する。

 そうした参考映像に加えて、シーズン中は試合ごとに自分たちのプレーの振り返りや改善点をまとめた動画も個別に作っていると聞く。

 映像編集の経緯は企業秘密かと思いきや、永田監督は拍子抜けするほどあっさりと、詳細に教えてくれた。そして、そのこだわりに舌を巻いた。

 映像を見て、編集する時間は1日平均7、8時間にものぼるという。そして、トレーニングができない現在は10時間を超えることも少なくないのだとか。

 

「映像はブラジルなど、南米の技術や個人技の映像が中心です。選手たちが見る映像はヨーロッパサッカーが中心だと思うので、普段あまり目にしないようなリーグだと思います。一つの試合を見ると、80〜100カ所ぐらい抜き出すところがあるので、それをカテゴリーごとに分類するんです。グラウンドの中央とか右サイドとか左サイドという風に、エリアごとに分類して並べていて、たとえば右ウイングやハーフの選手にターンについて見せたいときはすぐに取り出せるようにしています。

 技術部門だけでも30から40ありますよ。キック、ターン、ヘディング、ドリブル、トラップなどの大枠があって、その中でまた枝葉に分かれています。たとえばトラップなら、前を向いてトラップ、後ろ向き、胸トラップ、浮き玉、トラップして相手と入れ替わる、という風にいくつもあるじゃないですか。まず一つのプレーの成功例を見せて、その中で(映像を)さらに細かく分けて見せることもあります。(長谷川)唯のように成功例を見せればわかる選手もいますが、若い選手は一つずつ積み重ねていったほうがいいタイプが多いような気はします」

 日本ではなかなか目にすることができないテクニックを見て学び、反復して練習し、実戦でチャレンジする。その積み重ねが判断の選択肢を増やす材料になり、個々のプレーエリアを広げることに繋がったのだろう。

 攻撃の核となるMF長谷川唯とFW籾木結花がピッチを縦横無尽に動き、左サイドバックが本職のMF宮川麻都は、アンカーからインサイドハーフまでサイドに関係なく高いレベルでこなす。そして、前線のFW小林里歌子、FW植木理子、FW宮澤ひなた、MF遠藤純、MF菅野奏音は複数ポジションや様々なシチュエーションに対応できる強力な"矛(ほこ)"になりつつある。中盤から後方には各ポジションのスペシャリストが揃うが、プレーの選択肢が多く、"勝負のあや"を知る選手ばかりだ。

 南米を中心にセレクトされ、編集された映像は個々のスキルから、それを生かしたグループでの崩しの場面まで幅広く、すべては繋がっている。

「1日に1本ずつ、1分半から2分の動画を選手それぞれに送っています。最初はグラウンドの中央を突破してゴールに向かう流れから始まって、その次は真ん中に行けない場合に外から中に進入していく、といった具合で、みんなに送った動画を全部集めると一つのプレーモデルになるようにしています。選手には『面白いシーンがあるよ』とか『今日のテーマ』と伝えて送っていますが、それが重なって、『今年は(監督は)こういう感じでやりたいのね』とか、『今年はこういうことを大事にするのね』ということを感じてくれればいいなと思っています」

 永田監督はこの自粛期間中、戦術面に関する話はほとんどしていないという。だが、個々がスキルを磨いて崩しのイメージを練り上げておけば、練習再開時にそれぞれのピースを噛み合わせることはそこまで難しくないのかもしれない。

昨年、初代アジアクラブ女王に輝いた(写真:kei matsubara)
昨年、初代アジアクラブ女王に輝いた(写真:kei matsubara)

 今季は、シーズン前に、前線の核を担ってきたFW田中美南がINAC神戸レオネッサに移籍した。4年連続得点王を獲得し、女王返り咲きを狙うINACとの東西ダービーは新シーズンの大きな見どころとなる。また、籾木がアメリカ女子プロサッカーリーグ(NWSL)のOLレインに移籍することが、5月22日に発表された。

 それでもなお、ベレーザの選手層は相変わらず厚い。下部組織のメニーナから昇格したMF伊藤彩羅は即戦力として高い期待がかかるし、MF阪口夢穂、MF中里優、DF村松智子ら、代表クラスの主力がケガからのリハビリを終えて復帰間近だ。リーグ戦が開幕する時にはほぼ全員が揃う可能性があるという。「控え選手も代表クラス」の陣容を、永田監督がどのように掛け合わせていくのか、見どころは尽きない。

【家族との時間】

 コロナ禍で、これまでとはすっかり変化した日常について、清水は率直な思いをこう語る。

「チームメートのみんなに会えなくて寂しくて、ベレーザのグループラインにポンとメッセージを送ったら、反応してくれる人がいて嬉しかったです。テレビ電話で(3月に出産した)イワシ(岩清水梓)さんの赤ちゃんを見せてもらったんですが、超かわいかったですよ。(活動自粛期間は)自宅で、愛犬のリキも含めて家族との時間が増えましたね。毎週末に庭でバーベキューをしたり、全員が揃うことがこれまでは少なかったので、家族との時間を楽しんでいます。

今まではサッカーが日常にあったので、これだけサッカーから離れたことで、自分にとってサッカーがこんなに大きな存在だったんだと感じています」

清水梨紗(写真:kei matsubara)
清水梨紗(写真:kei matsubara)

 ふんわりとした口調の中に、最後は力強い響きが加わった。

 試合中、清水はハイスピードでスプリントを繰り返し、驚異的なスタミナで粘り強く戦い抜く。率先して周囲に声をかけるなど、リーダーシップを感じさせる場面も増えた。リーグのベストイレブンに3年連続で選ばれ、代表では右サイドに欠かせない存在になった。

 新キャプテンとして迎える新シーズン、そのプレーはさらなる深みを増し、観客を楽しませてくれることだろう。

(※)インタビューは、5月中旬にオンライン会議ツール「Zoom」で行いました。

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のWEリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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