Yahoo!ニュース

中国のキツネ狩り――海外に逃亡した腐敗官僚を捕まえろ!

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

3月8日、中国の王毅外相は外交問題記者会見でキツネ狩りに言及した。キツネ狩りとは海外に逃げた腐敗分子を逮捕することで、昨年の北京APEC首脳会議で複数の参加国とAPEC反腐敗協力ネットワー構築を締結した。その現状を追う。

◆キツネ狩り――APEC反腐敗法執行協力ネットワークの誕生

中国は習近平政権になってから、国内の「虎狩り」と「ハエ叩き」に力を入れてきたが、昨年からは海外に逃げた中国共産党の腐敗幹部(虎)や、その周りを飛び交いながら共に高跳びしたハエを逮捕する「キツネ狩り」を推進している。キツネ狩りは「人」だけを逮捕するのではなく、その人間が持ち逃げしたりマネーローンダリングしたりして海外に流してしまった「金」(不正蓄財)の回収も対象としている。

中国ではこの海外に逃げた人や流れた金のことを「外逃」(ワイ・タオ)と総称している。外逃してしまった金は、どこに流れてしまったのか、なかなか正体を突き止めることはできない。多くの場合、消えてしまうのである。しかし、2012年12月、アメリカの金融監督機構は、2011年までの11年間で、中国の腐敗幹部による不正蓄財流出額は3.79兆米ドル(455兆円)に上るという報告書を出した。年間、約40兆円の中国の富が海外に流れ、消えてなくなっていることになる。

そのため昨年11月、北京で開かれたAPEC首脳会議において習近平国家主席は「APEC反腐敗法律執行協力ネットワーク」(APEC Network of Anti-Corruption Authorities and Law Enforcement Agencies)なるものを設立させた(略称:ACT‐NET)。その上部組織はAPEC反腐敗工作組である。

3月8日、王毅外相はキツネ狩り行動に関して、「天羅地網」(上下四方に設けた法による包囲網)はますますその織り目を密にしているという言葉を用いて、「キツネはどこに隠れようと、もう逃げ場はない」と語調を強めた。

◆キツネは何匹捕えられたのか?

2015年1月8日、国家公安部は2014年後半の「キツネ狩り戦果」として、全世界69の地点から、689人のキツネを逮捕したと発表した。回収した「外逃」金額は30数億元(580億円強)。そう多くはないが、キツネに関しては10年間以上の外逃生活を続けていたものが117人いたと、戦果を誇っている。

ただ、毎年40兆円もの国家財産が消えていることを考えると、回収率は非常に低く、やはり「世界のどこかに消えてしまった金額」は、途方もなく多いと言わざるを得ない。

3月4日の全人代(全国人民代表大会)のウェブサイトは、「帯電高圧線を通して、共腐関係圏を撃破しよう」というタイトルの記事を掲載している。

「共腐」(Gong-fu)は「ゴン・フー」と発音するが、これは「共富」(Gong-fu)と全く同じ発音である。

「共富」は文字通り「共に富む」という意味だが、「共腐」という同じ発音の言葉は、トウ小平が1978年に改革開放を宣言するに当たり、「先富論」と「共富論」という形で改革開放のロードマップを示したことを自嘲的に暗示している。

「先に富むことができる者から先に富め」という先富論を唱えたトウ小平は、「先に富んだ者が、必ずまだ富んでない者を牽引して、共に富んでいかなければ、改革開放による経済成長は失敗する」と警告を出している。

この誰もが富んだ形になるはずの「共富」が、「共に腐敗し合う」という「共腐」になり、しかもその共同繁栄圏である「共腐関係圏」を形成したとなれば、中国の改革開放による経済発展は失敗したことを意味する。

かつて中国建国当時に叫ばれたスローガンであった「向前看」(シャン・チェン・カン)(前に向かって進め)が、改革開放後、同じ発音の「向銭看」(シャン・チェン・カン)(銭に向かって進め)に置き換えられたように、政府自身が自嘲的に「共富」を「共腐」ともじるようでは、もうお先は真っ暗という感をぬぐえない。

◆まもなく映画『キツネ狩り2014』がクランクイン

全人代の開幕を前にした今年3月3日、国家公安部と国家新聞出版広電(ラジオ・テレビ)総局は、中国の警察が外逃した腐敗幹部を国際社会で追跡する映画『キツネ狩り2014』(仮題)がクランクインすることを批准したと発表した。

中国語でキツネ狩りは「猟狐」と書く。映画のタイトルは今のところ『猟狐2014』となっている。

キツネが最も多く隠れているのがカナダ。

それは香港と関係がある。

1997年7月1日に香港が特別行政区としてイギリスから中国に返還されることを知った香港人たちは、雪崩を打ってイギリス連邦加盟国であるカナダのバンクーバーに逃げた。1989年6月4日に起きた天安門事件によって、中国がいかに非民主的であり、武力によって言論の自由を奪うかを知ったからだ。そのためバンクーバーは中国移民に埋め尽くされて、バンクーバーを「ホンコン」をもじって「ホンクーバー」と呼ぶようになったほどだ(詳細は『香港バリケード  若者はなぜ立ち上がったのか』p.46など)。

バンクーバーには中国の伝統的な文化とコネ社会が形作られている。世界各地のチャイナ・タウンが形成されていくときに、中華民族には特徴があり、どこかに結晶成長のコアがあると、そこに吸い寄せられるように集まっていく傾向がある(同書、p.47~p.50)。そこで、やがて腐敗幹部がバンクーバーに吸い寄せられ、巨額の不正蓄財をたずさえて高級マンションを買いあさるようになった。結果、住宅価格の高騰を招き、まるでチャイナ・マネーが闊歩するように、街中、中国語の看板や広告が溢れ、もともとのバンクーバーの文化や雰囲気(風格?)をもチャイナ・マネーが買いつつある。

これはちょうど香港デモ「雨傘革命」の誘因構造とも重なっている。

その意味で、バンクーバーの元の住民であるカナダ人が、膨張する中国移民に抗議運動を起こす可能性も秘めている。

さて、今後何匹のキツネが捕まるのか。

そしてその地はどこなのか。

それにより、中国と国際社会の暗闇の一部が見えてくるだろう。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

遠藤誉の最近の記事