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「新・ガザからの報告」(10) (24年7月19日)ーハマス軍事組織の最高司令官の暗殺ー

土井敏邦ジャーナリスト
(テント暮らしの子どもたち/撮影・ガザ住民)

【ハマス軍事組織の最高司令官の暗殺】

(Q・この1週間の出来事を教えてください)

 7月13日(土)の朝9時ごろ、重大な事件が起こりましたイスラエル軍の大規模な空爆です。ハンユニス市の西、マワシ地区とハンユニス市の間です。だからイスラエル軍が指定した「人道的な地区」ではありません。それは破壊的な空爆で、巨大な爆発でした。今でも正確な被害の実態は明らかになっていませんが、ただはっきりしていることは、ラフィ・サラ―マ、カッサーム旅団のハンユニス地区司令官がこの空爆で暗殺されたことです。ハマスはまだ公開していませんが、彼の家族が明らかにしました。家族が埋葬する準備をしているというのです。

 さらに重大なことは、ハマスの軍事組織、カッサーム旅団の総司令官、モハマド・デイフのことです。まだ明確な確認は取れていませんが、イスラエル軍はデイフが殺されたか負傷していると宣言しました。使われた爆弾はとても強力な爆弾で、その空爆では誰も生き残ってはいないからです。しかも彼は片方の目しか見えず、手足が1本ずつしかない身体障がい者で、車イスを使っていましたから、走って逃れることはできません。だから彼が死亡した確率はとても高いと思われます。

 しかしハマスはそれを宣言していません。もし公にしたら、残ったハマス戦闘員が士気を失いカッサーム旅団が崩壊しかねないからです。すでに全体の3分の2が死傷または拘束されたと言われていますから。

 ただ、その空爆の目撃者によれば、「この空爆の爆発は破壊的で、その標的にされた地域では住民全てが殺され、その遺体はバラバラにされた。たぶんデーブは殺されただろう。サラ―マとデイフをガードする20~30人の戦闘員が殺されたようだ」ということです。

 イスラエルのメディアは、デイフの暗殺でガザの人びとが喜んでいる姿を伝えています。住民が歌い踊って、喜びを表現しています。自分たちの惨めな生活の責任はハマスにあると見ているからです。ハマスがこの壊滅的な戦争を引き起こしたと考えているのです。

(Q・デイフがマワシ地区にいることをイスラエル軍はどうやって知ったのですか?)

 セキュリティーの理由から、公開されていませんし、私たちも情報がないために、確認はできません。しかし街の人によれば、スパイがデイフとサラ―マの居場所をイスラエル軍に通報したと考えられます。イスラエル軍は「ハマスの指導者たちに関する情報を提供した者賞金を出す」と宣言していましたから。そのリーフレットをガザ地区各地に配布しました。その中に、指導者ごとの賞金の額を明記していました。例えば「シンワールに関する情報は50万ドル、デーブには30万ドル、サラ―マにはいくら」というふうにです。通報したのは、ハマス内のスパイだろうと見ています。このようなハマス指導者たちの動きに関する情報、ハマス内の狭い範囲での情報を外の人間にはわからないからです。それはハマス内からの情報であることは確かです。

 ヌセラートでの人質解放の作戦の時、バヤン・アブナールという人物がイスラエルの情報機関シンベートに4人の人質のいる場所を通報したといわれていて、それによってアブナールが巨額の報酬をシンベートから得たと言われています。今アブナールを見つけることはできません。殺されてもいないし逮捕もされていない。ガザ地区が封鎖されているなかで、どこへ行ったのかわかりません。たぶんイスラエル軍によってイスラエル内に連れていかれたのだろうと推測されています。

 だから今回マワシ地区で起こったことも、その「人質解放」と同じようにハマス内部のスパイによって、デーブとサラ―マの動向がイスラエル側に伝えられたと思われ、その情報提供者はたくさんの賞金を得ていると思われます。

(Q・デイフを狙った爆弾は1トン爆弾だったと言われていますが、何人の住民が殺されたのですか?)

 正確な数はわからないが、110~120人ということです。負傷者が翌日に死んだという例もあります。だから死者の数は増えています。デーブやサラ―マ、それにたくさんの戦闘員が殺されたこの攻撃で、大多数の死者は一般の住民です。テントの外に座っていた者、朝食の準備をしていた者、お茶を沸かすために火を起こしていた者も、ある者は眠っていたかもしれません。犠牲者の多くが民間人であり、ハマスの戦闘員ではありません。

(Q・もしモハマド・デイフの暗殺が本当なら、それはこの戦争にどういう影響を与えるだろうか?)

 この暗殺は、トンネルに隠れているハマス戦闘員にとって、とても“痛い”事件です。9~10カ月も地下に隠れている彼らに総司令官が暗殺されたと伝えられれば、とても大きな衝撃でしょう。

 もう1つ重大なことは、ラフィ・サラ―マは、彼はハンユニス地区の部隊の司令官で、とても重要な人物です。

 ガザ地区のハマスの部隊は最も強い部隊から最も弱い部隊まで分類できます。最も強力な部隊は、ガザ市地区の部隊でした。第二が、ハンユニス地区の部隊、第三はガザ地区中部の難民キャンプ(ヌセラート、ブレイジなど)の部隊です。第四はジャバリア、ベイタヌーン、ベトラヒヤなどガザ北部の部隊です。そして第五はラファ地区の部隊です。この戦争の当初から今まで、イスラエル軍によってガザ地区中部の部隊の司令官アイマン・ノーフェルを、またジャバリア部隊の司令官アハマド・バンドールも暗殺された。先週にはハンユニス部隊の司令官ラフィ・サラ―マも暗殺されました。

 今ではガザ地区中部とラファ市の司令官の2人だけが生き残っています。

【不足する石鹸やシャンプー】

(Q・攻撃開始からすでに300日が過ぎました。住民は精神的に疲れ切って、子どもたちに深刻な問題が広がっているはずです。住民の状況はどうですか?)

 人々の心理状態について言えば、とてもひどい状態です。フィラディルフィー回廊が閉鎖されてから、ガザでは石鹸やシャンプーなど、衛生に関わる物資が不足しています。イスラエルがエジプト側からの搬入を阻止し、ガザに入ってこないのです。

 商人の中には、石鹸などを在庫として保管している者もいますが、彼らはとてつもない値段を付けて売っています。石鹸1個買うのに20ドル(約3000円)もかかるのです。だから人びとは水だけでシャワーを浴びています。私は身体を洗うとき、砂と水を使っています。砂で洗った後で、水で流すのです。

 これはとても危険な兆候で悪い影響を及ぼしています。これが子どもたちに感染を広げています。身体や手をきれいに洗うことが出来ない。これが感染を増やしています。とくに肝炎です。この2週間に急増しています。これはひどい状況で、これによって人びとは苦しんでいます。

(Q・精神的にはどうですか?)

 将来に何の希望もないために、人びとはいらだっています。休戦や停戦の希望もないのですから。

 人びとは「ネタニヤフ首相は、アメリカ大統領選挙でトランプが大統領に返り咲くのを待っている」と見ています。それまでこの戦争を引き延ばすつもりに違いないと考えています。この前のトランプへの暗殺未遂は選挙に勝つチャンスを増幅させました。一方、共和党の副大統領候補も親イスラエル、シオニストで、パレスチナ人に対してとても厳しい対応をしています。

 最近は地上侵攻は少なくなっています。イスラエル軍はフィラディルフィー回廊とネツァリーム回廊以外からは撤退しています。アメリカの要請を受け、ラファ市へもゆっくり侵攻しています。しかも大規模な部隊ではなく、小規模な部隊で攻撃しています。

【ハマス攻撃の巻き添えになる住民】

(Q・ハマス幹部の暗殺のための空爆によってたくさんの一般住民が殺されています。だから民衆はハマスにではなく、イスラエル軍に怒りが向かっているはずです。それでもハマス幹部が殺されることに民衆は歌い、踊っているのですか?)

 もちろん住民のすべてではありません。また人びとがハマスを非難するからといって、イスラエルを支持しているということではもちろんありません。ガザでイスラエルを好きな者など誰もいません。それは太陽が東から昇り、水が100度で沸騰するように明らかなことです。イスラエル軍は強力な軍事力でガザ住民を攻撃して粉々にし、一般住民のことなど気にもかけないのですから。

 しかしなぜ住民はハマスを非難・攻撃しているのか、なぜ幹部の暗殺を喜んでいるのか、日本人は隠された事実を知らないでしょう。

 デイフらハマスの指導者たちはなぜあの地域に隠れていたのか。マワシ地区はイスラエルによってだけでなく、国際機関によって、軍が活動してはいけない地域だと宣言された地域です。なぜそんなところに隠れているのか。無実の住民のテントの傍に、です。それは犯罪です。間違った場所に隠れていたのです。それは受け入れがたいことです。

 しばしばUNRWA(国際パレスチナ難民救済事業機関)の学校がイスラエル軍の攻撃を受けます。なぜイスラエルは学校を攻撃するのか。それは、そこにハマスの指導者や戦闘員がいるからです。彼らがその一般住民の間に隠れているのです。学校の中にです。だからイスラエル軍によって狙われるのです。 

 ハマスは民間人の中に隠れることを決めたんです。彼らはイスラエル軍を攻撃し、その教室に戻ってくる。だから彼らが学校を軍事基地にしてしまったのです。住民の中でです。住民はハマスの戦闘員に「学校に来るな。子どもたちなど住民を傷つけないでほしい。学校から出ていけ」とは言えないのです。

(Q・ハマスが学校に隠れているから、イスラエル軍は攻撃するということですか?)

 この8日間にヌセラート難民キャンプ内外で2つのUNRWA学校が攻撃された。UNRWA学校は難民キャンプの中または近くにあります。最初の学校はアウジャウニ学校。ヌセラートの市役所の裏にあります。難民キャンプのすぐ近くです。ベトラヒヤやベイタヌーンからの避難民が暮らしています。イスラエル軍がこの学校を攻撃したとき、すべてを攻撃したわけではなく、2カ所を攻撃しました。1つは校庭のコンテナハウスで、もう1つは1つの教室です。その両方にハマスの指導者や戦闘員がいました。そこに隠れていたのです。そこに武器や銃弾、軍の装備が保管されていたのです。学校の無実な人びとの中にです。そのコンテナは学校の入り口近くにありました。そのコンテナをイスラエル軍が狙ったんです。

 しかしアルジャジーラなどのメディアは、「イスラエル軍がアウジャウニ学校を攻撃した」と伝える。それは正確な情報ではありません。学校内の標的を狙ったのです。それによって16人が殺されました。10人が戦闘員で、6人が女性と子どもです。学校にいた者や入口の近くの通りにいた者です。

 2番目は、4日前に同じヌセラート難民キャンプの中の学校が攻撃されました。アルラージ学校です。その時は教室が標的になりました。3階の教室です。23人が殺された。11人がハマスの戦闘員でした。12人が全くの民間人です。教室の中や隣にいた。ハマスは教室やコンテナを武器の倉庫、マスの警察所、情報機関の部屋に使っています。ハマスを非難する者が連行し、教室を刑務所として使っているのです。それはUNRWA学校の教室です。その建物の屋根には国連の旗がはためいています。そこを軍事基地や情報機関の部屋にして、連行してきた者を拷問している。これは誇張ではありません。全部真実です。

 私の母の親戚がUNRWA学校の中で拷問されました。その後、病院に連れていかれました。ひどい拷問だったのです。意識を失い、病院へ運ばれた。これが事実です。(続く)

ジャーナリスト

1953年、佐賀県生まれ。1985年より30数年、断続的にパレスチナ・イスラエルの現地取材。2009年4月、ドキュメンタリー映像シリーズ『届かぬ声―パレスチナ・占領と生きる人びと』全4部作を完成、その4部の『沈黙を破る』は、2009年11月、第9回石橋湛山記念・早稲田ジャーナリズム大賞。2016年に『ガザに生きる』(全5部作)で大同生命地域研究特別賞を受賞。主な書著に『アメリカのユダヤ人』(岩波新書)、『「和平合意」とパレスチナ』(朝日選書)、『パレスチナの声、イスラエルの声』『沈黙を破る』(以上、岩波書店)など多数。

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