リバーサル・レートという考え方
2017年11月13日に日銀の黒田総裁はスイス・チューリッヒ大学における講演で、次のように発言した。
「金融仲介機能への影響という点では、最近、「リバーサル・レート」の議論が注目を集めています。これは、金利を下げすぎると、預貸金利鞘の縮小を通じて銀行部門の自己資本制約がタイト化し、金融仲介機能が阻害されるため、かえって金融緩和の効果が反転(reverse)する可能性があるという考え方です。」
ここであまり聞き慣れない「リバーサル・レート」という言葉が使われた。これは金利を下げすぎたときの副作用に関する議論ともいえる。今年5月の日本銀行金融研究所主催2019年国際コンファランスにおける開会挨拶でも黒田総裁は「リバーサル・レート」について触れていた。
「低金利環境の長期化が、金融機関のリスクテイク姿勢や金融安定に影響を与えるのかという点です。これについては主に2つのリスクが指摘されています。すなわち、過度なリスクテイクが助長されるとする見解と、金利がリバーサル・レートと呼ばれる一定の水準を下回るとリスクテイクが抑制されるとする見解です。」
ただし、この論点に関する実証分析は増えてきてはいるが、現時点ではこれらのリスクの特性やその確率分布は必ずしも明らかになっていないと黒田総裁は指摘している。しかし、欧州や日本でのマイナス金利政策が継続しており、データは徐々に揃いつつあるのではなかろうか。
リバーサル・レートの議論を持ち出すまでもなく、政策金利のマイナス化とこれによる長期金利のマイナス化、さらにそれが継続することによる副作用は当然出てくる。マイナス金利を含む超低金利の金融仲介機能への影響については、資金の運用面に影響がでるとともに、利鞘そのものの縮小にも繋がる。
長期金利のマイナス化に加え日銀が大量に国債を買い入れることによって、債券市場の流動性が失われるリスクも出てくる。長期金利コントロールによって市場の自由な動きが失われることになり、債券市場を動かす材料にも反応が鈍くなるなど、市場における金利形成機能も阻害されることが懸念される。債券市場の機能低下によって、市場参加者の市場変動などによる経験を積む機会が失われ、それ以前に市場参加者そのものが減少してしまうリスクもある。
国債の価格発見機能を低下させることにより、政府債務に対するリスクを見えにくくさせるという別のリスクもある。これらは金融仲介機能の阻害とは別のリスクではあるが、中央銀行が短期金利だけでなく長期金利の形成にも大きな影響を及ぼすことによるリスクは今後も意識しなければならないと思われる。