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中国は早くから新型コロナウイルスを知っていたのか?2019年9月26日の「湖北日報」を読み解く

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
「MERS」のときのコロナウイルス(提供:National Institute for Allergy and Infectious Diseases/ロイター/アフロ)

 テレ朝では昨年秋の湖北日報に新型コロナウイルスという言葉が出ているので中国は早くからその存在を知っていたと解説。全く同時期にアメリカの大学も同ウイルスのシミュレーションをしていたのを知らないのだろう。

◆2019年9月26日の「湖北日報」

 まず、2019年9月26日の「湖北日報」に何と書いてあるのかを見てみよう。

 報道のタイトルは「軍事運動会の航空入り口専用通路開通テスト まもなく競技のための機材が入境する密集時期を迎える」とある。

 ここで注目すべきワードは「入境」(国境に入る=入国)という2文字だ。

 つまり10月18日には武漢で軍事運動会が開催されるので、その運動会に参加するため世界各国から多くの軍人が武漢に来たり競技に必要な機材が「海外から武漢に運び込まれる」という意味での「入境」すなわち「中国という国家の国境に入る=入国する」という大前提の報道であることに注目しなければならない。

 問題はこの湖北新聞報道の中で、下に示すように万一にも「一例の新型のコロナウイルス」に感染した人がいた場合の処置法に関して訓練を行ったという表現がある点だ。

 

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 テレ朝の番組では某中国問題研究者が出演して「ここに書いてある【新型のコロナウイルス】とは、まさに今流行している新型コロナウイルスのことです!」と断言し「だから中国政府は新型コロナウイルスを去年の9月から知っていた」と主張したのだ。

 キャスターが「だから削除したのですね」とそっと聞くと「いや、削除されていません!誰でも見ることができます!」という感じのことを仰って、語気を荒げた。「なんでしょうねぇ・・・」と流れたが、もう一つ問題があった。

 キャスターが「(軍事運動会を開催するための訓練なので)海外からウイルスが入り込むのを防ぐためなのでしょうか」という趣旨の質問をしたところ、件(くだん)の中国問題研究者は「誰が海外から入るということを言いましたか?番組の打ち合わせでも、私はそんなことを言っていませんよね!」という趣旨のことを仰って(録音しているわけではないので言葉の細部は不正確)、湖北日報情報のサイトを印刷したものを掲げて「ここには海外から入ってくるウイルスとは書いてないんです!」と断定した。

 いやいや、この報道自身、タイトルからして「入境(入国)のための」危機管理訓練なのだ。

 それを否定するのは、いくらなんでも無理があろう。

 ここまで来ると、さすがに日本の国民に誤った情報が刷り込まれていくと危惧し、真相を書かねばならないと思うに至ったわけだ。

◆人に感染するコロナウイルスには7種類ある

  手軽なところで「コロナウイルス」に関するWikipediaをご覧いただいても分かるように、「ヒトコロナウイルス」には7種類あり、1960年代からいく度も感染拡大を続けては、その度に「新型」と呼ばれてきた。

 その根源をさかのぼれば、紀元前8000年には存在していたと考えられており、一部のモデルは5500万年以上前にさかのぼってコウモリとの長期的な共進化を遂げてきたことが学術的に示唆されているくらいだ。

 近いところでは、国立感染症研究所が発行している学術誌の2005年第6号にある「SARS(重症急性呼吸器症候群)とは」をご覧になると、ここに明確に「新型のコロナウイルス」 という表現がある。下にその証拠を示す。

 

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 すなわち、SARSでさえ、「新型のコロナウイルス」だったことが、これにより理解できるだろう。

 「新型のコロナウイルス」と書いてあったら、全てが今流行している新型コロナウイルス肺炎(COVID-19)の病原体である2019新型コロナウイルス「SARS-CoV-2」だと思い込むのは科学的でなく、論理的でない。

 はっきり申し上げて、テレ朝の番組でお話しになった中国問題研究者が、9月26日の湖北日報に書いてある「新型のコロナ状のウイルス」を「まちがいなく今般の新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)」だ」(それ以外の何ものでもない)と断言したのは、大きな「まちがい」なのである。

◆アメリカのジョンズ・ホプキンス大学も2019年10月18日に「新型コロナウイルス」パンデミックに関するシミュレーションを行っている

 もう一つ決定的な例をお見せしよう。

 それは2019年10月18日にアメリカのジョンズ・ホプキンス大学が「新型コロナウイルス」パンデミックに関するシミュレーションを行っていることである。

 日時に関してはこちらのサイト「EVENT201」に書いてある。そこにはジョンズ・ホプキンス健康安全保障センターは、世界経済フォーラム、ビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団と提携し、2019年10月18日にニューヨークでハイレベルなパンデミック演習「イベント201」を開催したと書いてある。このサイトでは「近年、世界では疫病に関するイベントが増加して、年間で約200件にも及ぶ」と書いてあるのが気になる。

 湖北日報に書いてある「訓練」も含め、世界各地で年間200件も同様のイベントが行われているということには驚きを禁じ得ない。逆に言えば、湖北日報に書いてあるイベントなど、世界200件の中の一つに過ぎないことを認識しなければならない。

 たしかに湖北だけでも2019年に2回あり、一回目は2019年4月25日で、ここではコロナウイルスの一つであるMERSに関する演習が行われている

 EVENT201の具体的な内容(シナリオ)は衝撃的だ

 

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 ここにあるように、イベント201は、コウモリから豚へ、豚から人へと感染する「新型人獣共通感染コロナウイルス」の発生をシミュレートし、最終的には人から人へと効率的に感染が広がり、深刻なパンデミックを引き起こすことになると書いてある。

 本稿で重要なのは、アメリカでも同時に「新型コロナウイルス」の思考実験を行っていたということである。このウイルス名には「人獣共通感染」という言葉まであり、実にリアルだ。

 怖いのは、シミュレーションに関して以下のように書いてあることだ。

 ――全人類が影響を受けるため、パンデミックの初期の数ヶ月間は、累積症例数が指数関数的に増加し、毎週2倍になる。そして、感染やその死者が累積していくにつれて、経済的あるいは社会的な影響はますます深刻になっていく。シミュレーションのシナリオは18ヶ月後に6500万人が死亡した時点で終了する。(引用ここまで)

 まるで、現在起こっているパンデミックを表しているようではないか。

 「18ヵ月後」ということは「1年半」かかることになる。架空のシミュレーションとは言え、そうなったらごめんだ。

 さらにゾッとするのは報告の最後に以下のように書いてあることである。

 ――パンデミックは、有効なワクチンが存在するまで、あるいは世界人口の80~90%が感染するまで、ある程度の割合で継続する。そこから先は、小児の風土病のようになるかもしれない。(引用ここまで。)

 アメリカでは最近、子供の感染者にKAWASAKI病のような症状が現れているという。

 EVENT201のシミュレーションが、まるで予言者のようで身震いがする。

 以上、ついつい学術的関心に引きずられてしまったが、2019年9月26日付けの「湖北日報」に「新型のコロナウイルス」という言葉があったことを以て、「中国が早くから現在の新型コロナウイルスの存在を知っていた」などという結論を導き出し、論を張ったりすると、米中攻防の中で、完全なアメリカの敗北を招くことにつながるので、もう少し見識を広め、科学的に謙虚な姿勢で真相を分析していかなければならないことが見えてくる。

 自戒を込めて、警鐘を鳴らしたい。

 追記:なお、ジョンズ・ホプキンス大学を中心としたEVENT 201のシミュレーションは、あくまでも「架空」のものであり、現実とは違う。シミュレーションではコウモリを発生源とした「新型のコロナウイルス」がブラジルの養豚場で豚に感染し、それがヒトに感染して「新型コロナウイルス肺炎」として発症して、南米のいくつかの巨大都市の低所得者層の密集した地域で、ヒトからヒトへと広がり始め、ポルトガルやアメリカさらには中国へと空路などで輸出され、その後多くの国に拡大してパンデミックを起こすという「架空」の想定で行われている。その意味で条件が異なるので現在流行中の新型コロナウイルス肺炎がシミュレーションと同じになるというわけではない。

 言いたいのは「コロナウイルス」はコウモリなどに宿って太古の昔からあり、「新型」は人類史上で何度も現れているので、「新型のコロナウイルス」という文字を見ただけで短絡的に今流しているCOVID-19(肺炎)のウイルス「SARS-CoV-2」(2019新型コロナウイルス)を指していると勘違いしてはならないということである。もしそうであるならEVENT201はここまで詳細なシミュレーションを行っているので、「アメリカは早くからCOVID-19の新型コロナウイルスを知っていた。だからウイルスはアメリカから漏れた」という論理構築が可能になってしまう。

 因みにCNNは5月18日、<ポンペオ氏、新型コロナ発生源は「不明」 武漢研究所説から転換>と報道している。武漢ウイルス研究所から漏れたという主張を、当のアメリカが「アメリカに不利になる」と判断してトーンダウンしていることは5月7日のコラム<米中激突:ウイルス発生源「武漢研究所説」めぐり>で既に書いた通りだ。ウイルス発生源を突き止めるのは至難の業で、万一にも学問的に否定されたらアメリカに不利になるし、学問的に決着が付くまでは決め手にならない。見極めるには何十年も何百年もかかる可能性さえある。確実なのは習近平とWHOの関係に焦点を当てることで、さもないとコロナに関する対中包囲網は崩される危険性を孕んでいる。それを危惧するのである(参照:1月31日のコラム<習近平とWHO事務局長の「仲」が人類に危機をもたらす>)。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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