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対中強硬バンス米副大統領候補、実は昨年、中国の外交政策を絶賛していた

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
@ricwe123のX(元Twitter)に筆者が和訳を加筆

 7月16日(米時間15日)、米副大統領候補に指名されたジェームズ・デービッド・バンス上院議員は「ウクライナ支援などに注力しないで、米国に最も大きな脅威となる中国に強硬政策を」と表明している。そのバンス氏に対する評価が中国のネットに数多く溢れているが、その中の一つに、バンス氏が昨年、上院議会のスピーチでバイデン政権の外交を批判し、「米国は一貫して他国を威嚇し道徳的説教をしてあれこれ指図するだけだが、中国は道路を建設し、橋を架け、貧しい人々に食糧を供給している」と、中国を絶賛したことに注目している論考がある。

 本稿ではバンス氏のその発言と、バンス氏をトランプ前大統領に推薦したのは習近平国家主席と大の仲良しのイーロン・マスク氏であることに焦点を当てて「中国にとってのバンス副大統領候補」を考察したい。

◆中国ネットにおけるバンス副大統領候補に対する評価

 まず中国政府系のウェブサイトでは、ただ単に「共和党大会で副大統領にバンス議員が指名された」という事実を書くだけで、如何なる評論も付け加えていない。彼が対中強硬派であるか否かにさえ触れていない。

 自国以外の国の選挙に関しては内政干渉になるので、客観的事実以外は何か発信しないという姿勢に徹している。

 ところが一般のネット民の反応は賑やかで、「かつてはトランプをあれだけ嫌い、米国のヒットラーとまで言った人物が、選挙のためなら主義主張をどんなにでも変えるんだ・・・」といった種類の意見が多い。

 中でも目立つのは、知識層が集まる「観察者網」の<中国に対してはより強硬でなければならず、ウクライナなんか気にしないと主張する・・・トランプが副に選んだバンスの外交的見解は?>という論考だ。

 そこには概ね、以下のようなことが書いてある。

1.米国でベストセラーとなった回想録『ヒルビリー・エレジー』の著者であるJ.D.バンス氏(39)は、一夜にして、人気を博した。

2.バンスは過去にトランプを「嫌な奴」と表現し、「米国のヒトラー」になぞらえたが、やがてトランプ運動に加わり連邦上院議員に当選した。

3.バンス氏は現在、中国に対する強硬姿勢や国境警備の強化など多くの問題でトランプ氏と足並みをそろえており、ロシアの侵略に抵抗するための米国のウクライナへの資金提供に反対する主要人物である。

4.中国との関係について、バンス氏は、中国は米国にとって経済的、技術的、軍事的に大きな脅威であり、「ロシアよりも大きな脅威」であると主張した。彼は中国製品に対する関税の引き上げと米国の国内製造の強化を支持している。

5.しかし2023年4月20日付の「今日新闻非洲(Today News Africa)」のウェブサイトに掲載された報道によると、バンス氏は上院での演説で、「米国の一貫した外交政策は、他国を威嚇し、道徳的に説教し、命令することだった」とし、「中国の外交政策は、道路を建設し、橋を建設し、貧しい人々に食料を供給することである」と中国を絶賛している

6.その後のインタビューでバンス氏は「もしあなたがガーナにいたとしたら、何をして欲しいですか?」 と問い、「『目覚めた』白人米国人女性の説教を聞きたいですか?それとも誰かに病院や道路や橋の建設を手伝ってもらいたいですか?」と尋ねた。 「素朴な質問だが、まともな答えができない外交官をアフリカなどに大量に派遣していることは大きな問題だ」とバンスは言ったという。

7.バンス氏は中国に対する自身の姿勢を「率直な経済ナショナリストの議論」と表現し、中国への対応として米国の製造業への支援を増やし、GDPの減少を犠牲にしてでも米国の国内製造業の復活をより多く支持すると述べている。それは彼の「ラストベルト」での経歴と密接に関連している。

8.彼は有名な著作『ヒルビリー・エレジー』の中で、故郷に代表される旧アメリカの製造業地帯が衰退した主要な理由は、「中国の台頭が彼らの雇用を奪ったことにある」と考えていると述べている。これは製造業の高価値に対する彼の政治的見解を形作った。

9.米国の現在の外交政策についてバンス氏は、「米国の利益に対する、より差し迫った脅威と見なすもの、つまり真の敵がいる場所と呼ぶ中国との競争にもっと焦点を当てたい」と考えている。(観察者網の論考は以上)

◆バンス氏のスピーチの動画

 本当にバンス氏がそのようなことを言ったのか確認したいと思って調べたところ、「今日新闻非洲」のオリジナル報道<U.S. Senator JD Vance Slams Biden Administration’s ‘Moralizing’ Foreign Policy Pick For Africa(米国上院議員JD・バンス氏、バイデン政権のアフリカに対する「道徳的な」外交政策選択を非難)>を見つけた。

 それでもなお、この報道が真実を伝えているか否かを確認したく、執拗に追いかけてみたところ、実際にバンス氏が演説している動画を探し出すことができた。ぜひともリンク先をクリックして、バンス氏の肉声を確認していただきたい。

 タイトル画像もこの動画から切り取らせて頂いたが、全体が見えるように、ここにもう一度貼り付けたい。

出典:@ricwe123のX(元Twitter)
出典:@ricwe123のX(元Twitter)

 バンスが言った言葉の内、「countries that don’t want anything to do with it」は、直訳すれば「何もしたがらない国々」となりそうだが、「with it」があるので、「アメリカの指示に従って何もしようとしない人々」となるため、タイトル画像では「アメリカと関わりたくない国々」と意訳した。

◆バンス氏をトランプ氏に推薦したのは習近平と大の仲良しのイーロン・マスク

 7月16日のCNNは<バンス議員を副大統領候補に指名、トランプ氏選考の経緯は>という見出しで、副大統領候補選出期限の前日になって、EV大手テスラの最高経営責任者(CEO)で富豪のイーロン・マスク氏がトランプ氏に電話してバンス氏を推薦したのだと報じている。トランプ氏は長いこと迷いに迷った挙句、7月15日午後に、自身のSNS「トゥルース・ソーシャル」を通じて発表したという。

 トランプ氏が銃撃された直後、イーロン・マスク氏はトランプ前大統領を支援する団体に毎月4500万ドル(約71億円)を献金する予定だと表明したが、トランプ氏にとっては大きな後ろ盾となってくれる献金者の一人だろう。もともとベンチャー・キャピタリストだったバンス氏は、トランプ氏と裕福なIT起業家イーロン・マスクとを引き合わせる役割を果たしたとのこと。

 そのイーロン・マスクは実は習近平国家主席とは大の仲良しだ。

 拙著『嗤う習近平の白い牙 イーロン・マスクともくろむ中国のパラダイム・チェンジ』に書いたように、現在世界一の生産量を誇っている中国製EVを加速させたのはイーロン・マスクであると言っていい。

 中国は製造業において世界一で、全世界の35%を占めている。

 EVでもリチウム電池でも造船でもドローン製造でも、中国が世界のトップの座を譲らない状況になったのは、皮肉にも米国の制裁があったからと言えなくもない。微細な線幅の半導体と半導体製造装置以外は、中国は自力で、国内生産で製造業のサプライチェーンをほぼ完遂しつつある。

 米国が中国に高関税をかけても、中国はあまり困らない。

 たとえばバイデン政権は5月14日に中国のEVに対して100%の関税をかけると「対中強硬策」のポーズを選挙民に見せているが、中国の輸出量のわずか1%しかアメリカは輸入していないので、100%かけられようが、200%かけられようがビクともしない。むしろ皮肉なことに、米国の100%関税は、テスラの上海工場が生産するEVにもかけられる。

 そもそも米国のラストベルトが生じた最初の原因は日本にある。

 1989年6月4日の天安門事件に対する西側先進諸国による対中経済制裁を最初に解除したのは日本だ。そのため西側諸国はわれ先にと中国の安い労働力と巨大な市場めがけて、中国に突進していった。

 米国など、企業自らが工場まで丸ごと中国に移してしまったので、米国に空洞化現象を生み、ラストベルトを形成するに至ったのである。観察者網の論考の「8」に、バンス氏が著作『ヒルビリー・エレジー』の中で、故郷に代表される旧アメリカの製造業地帯が衰退した主要な理由は、「中国の台頭が彼らの雇用を奪ったことにある」と考えているとあるが、中国を台頭させたのは誰か?

 日本だ。

 日本があの時対中経済封鎖を解除したりなどしていなければ、こんにちの中国の繁栄はない。第二のソ連として崩壊しただろう。

 また米国がさらに高関税をかけると、今まで米国が中国に頼っていた製造業製品が米国に入って来なくなるか、その価格が高騰し、米国民を苦しめることになる可能性もある。

 その犠牲を払ってでも高関税をかけて中国製品の流入を防ぎ、米国の失われた製造業を取り戻そうとしているのがバンス副大統領候補の決意だ。

 ラストベルトで辛酸をなめたバンス氏を応援したい気持ちが感情的には湧いてくるが、中国の新産業の成長は、習近平が号令をかけたパラダイム・チェンジにより、後戻りしそうにはない。

 習近平はいま、江沢民や胡錦涛政権が遺した「不動産産業」と「腐敗」という「負の遺産」と闘いながら、GDPの量から質への転換を図りパラダイム・チェンジを成し遂げつつある。

 米中の闘いを長期的視点で俯瞰的に考察していきたい。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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