乗組員が忽然と姿を消した、メアリー・セレスト号
メアリー・セレスト号が海にその姿を浮かべていたのは、ある種の奇跡でした。
船は、どこか不可思議な雰囲気を纏いながら、そっと静かに漂っていたのです。
船長のベンジャミン・ブリッグズは、誇り高く、そしてどこか宿命を感じるような男でした。
彼はこの奇妙な船に運命を預けたのです。
乗組員なしで海を漂っていたメアリー・セレスト号
その船、メアリー・セレスト号は、建造当初「アマゾン」と呼ばれていたものの、そこには古くからの不吉な噂がありました。
何度も所有者が変わり、そのたびに悲運に見舞われてきたのです。
ノバスコシアの海風に揺れるこの船は、無数の事故と謎に包まれていました。
そんな曰くつきの船に、新たな名前「メアリー・セレスト」が与えられた時、誰もがこの船の運命に何か不吉なものを感じ取ったに違いありません。
そして運命の日、1872年11月7日、ブリッグズ船長は妻のサラと娘ソフィア、そして7人の船員を乗せて、ニューヨークからイタリアのジェノヴァへと出航しました。
積み込まれた工業用アルコールがその船の行く先を暗示していたかのように、静かに、しかし確実に不安の風が吹いていたのです。
それから数週間後、12月4日、アゾレス諸島付近でデイ・グラツィア号が、誰も乗っていないメアリー・セレスト号を発見します。
船長デヴィッド・モアハウスは、かつての親友ブリッグズとの再会を心待ちにしていたはずだったものの、出迎えたのは荒涼とした甲板、そして静寂だけだったのです。
デイ・グラツィア号の乗組員たちが乗り込むと、船はびしょ濡れで、ポンプの大半は動かず、デッキは水浸しでした。
まるで、海そのものがこの船を抱え込もうとしているかのように。
船体に大きな損傷はなかったものの、六分儀やクロノメーター、そして船員たちの姿は跡形もなく消えていました。
ただ、救命ボートだけが故意に降ろされていたことが、何か異常事態があったことを示しています。
方位磁針は壊れ、3つの手すりには奇妙な血痕と引っかき傷が残されていました。
船長の寝台の下には赤錆びた刀剣がひっそりと眠っていたのです。
それはまるで、この船に何か凄惨な出来事があったことを告げているかのようでした。
ブリッグズたちがどうなったのか、真相は闇の中です。
しかし、その後、メアリー・セレストは一度修復され、再び航海に出たものの、ついには保険詐欺に利用され、無惨にもハイチの海に沈むこととなりました。
その残骸が2001年、海洋冒険家クライブ・カッスラーによって発見されるまで、メアリー・セレスト号は静かに海底で眠り続けていたのです。
そして今なお、この船の物語は、海の底深くに潜む謎とともに、語り継がれています。
参考文献
Begg, Paul (2014). Mary Celeste: The Greatest Mystery of the Sea