Yahoo!ニュース

中国、月裏側軟着陸成功――華麗なアメリカ、実利の中国

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
2018年12月8日に打ち上げられた中国の月面探査機(写真:ロイター/アフロ)

 1月3日、中国の無人月面探査機が世界初となる月面裏側への軟着陸に成功した。ヘリウム3採取のための月面基地を創るだろう。1日にはアメリカNASA無人探査機が人類史上最も遠い天体に最接近。米中宇宙対決のゆくえは?

◆華麗で夢がある「ニュー・ホライズンズ」

 1月1日、NASAの小惑星探査機「ニュー・ホライズンズ」が、人類の宇宙探査史上で最も遠い天体「ウルティマトゥーレ」に最接近したと報道された。そのタイミングに合わせてギタリストで宇宙物理学博士のブライアン・メイが「ニュー・ホライズンズ」という曲をリリースしたという。

 1月3日のAFP報道によると、フライバイ(接近通過)した探査機「ニュー・ホライズンズ」が撮影した天体「ウルティマトゥーレ」は、巨大な雪だるまのような形をしていたとのこと。それまであった画像は不鮮明で、殻つきの落花生のような細長い形に見えていたようだが、雪だるまの画像は、もう少し丸くて鮮明だった。なにしろ「ウルティマトゥーレ」は地球から約64億キロも先の宇宙空間に浮かぶ天体なので、それを撮影しただけでも素晴らしいことだ。これは地球から最も遠いだけでなく、最も古い可能性もあると、NASAの科学者の話として、AFPが伝えている。

 探査機名に合わせて曲をリリースするなど、なんとも華麗で、夢がある。

◆実利的な目的を持つ中国の月面探査機「嫦娥」

 その一方で、中国が、これもまた人類史上初めて月面裏側への軟着陸に成功させた探査機「嫦娥(じょうが)4号」は、かなり明確な目的を持っている。

 第一の目的は月の資源であるヘリウム3を採取することだ。なぜなら月面には磁場がないため、太陽で起こった核融合反応の生成物の一部であるヘリウム3が、太陽風に乗って月面に吹きつけられ、そのうちの100万トンが月の土壌表面に捕獲されていると言われているからだ。かつてアポロ計画で月探査船が持ち帰った土壌からもこのことが示されている。

 いずれかの日に、これを地球に大量に持ち帰って核融合発電させ、エネルギーとして使おうというのが中国の目的である。もし成功すれば、全地球の10倍以上のエネルギーを得ることができるようになると、一部では言われている。

 中国の核融合研究は欧米よりも遅くスタートしているが、安徽省合肥市にある中国政府のアカデミー中国科学院の合肥物質科学研究院が、2018年11月12日、同研究所の核融合装置で中国初の「人工太陽」が完成したと中国政府系メディアが報じた。「人工太陽」が完成したということは、原子核と電子が飛び回るプラズマの電子温度を1億度以上に加熱することに成功したということだ。

 核融合発電は安全性が高く、高レベル放射性廃棄物も排出しないため、現在の核分裂反応を利用した原子力発電(原発)に代わる夢のエネルギーと位置付けられている。実用化までにはさまざまな実験が必要とされるが、中国は商業化に向けて本気で突き進んでおり、月面探査機の軟着陸成功も、この「人工太陽」とタイアップして行なわれたものである。

◆日本の核融合と中国の国家戦略「中国製造2025」

 日本の岐阜県にある自然科学研究機構核融合科学研究所も2017年8月にプラズマのイオン温度を1億2千万度まで上げることに成功しているが、中国の国家戦略「中国製造2025」などに基づく戦略的資金投入などを考えると、あるいは中国が先んじることになるかもしれない。

 昨年12月11日のコラム「習近平の狙いは月面軍事基地――世界で初めて月の裏側」に書いたように、中国の一義的目的は資源の採取だが、そのために月面資源基地を創り、それを拡大して月面軍事基地へと移行させていく可能性は否定できない。

 拙著『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』の第四章(習近平の「宇宙支配」戦略)あるいは「あとがき」(一帯一路一空一天)で触れたが、「中国製造2025」には、半導体の自給自足以外に宇宙開発があり、2022年までには中国独自の宇宙ステーションが宇宙を支配していくことを目的としている。2024年には日米などが主導してきた国際宇宙ステーションの寿命が尽きることを見越しての計算だ。

 アメリカの華麗なフライバイ成功は夢があって心を躍らせるが、中国の月面の裏側への軟着陸成功は、何とも警戒心を抱かせるチャレンジである。核融合発電は人類により良い未来をもたらすものとして期待されるが、核融合もまた核武器として使われる危険性を孕んでいることにも留意しておこう。

◆宇宙開発を主導しているのは中国人民解放軍ではない

 なお、日本の一部メディアは人民解放軍が中国の宇宙開発研究を主導していると報じているが、それは間違いだ。拙著でも少し触れているが、研究開発は主として中国科学院や中国科学技術大学などの研究機関で、製造しているのは国土資源部が管轄する国有企業「中国航天(宇宙)科工集団公司(CASIC)」と同じく国有企業「中国航天科技集団公司(CASC)」で、顧客が中国人民解放軍という関係になる。

 管轄は「工業和信息部(工業情報部)」の下にある「国防科技工業局」で、その下に「中国国家航天局(国家宇宙局)」があり、宇宙はこの国家航天局が管轄する。その中に「探月航天工程センター」があり、月面関係を管轄している。中国人民解放軍ともタイアップしている部分があるが、中国人民解放軍が主導しているわけではない。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

遠藤誉の最近の記事