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「カレー好きを集めて同人誌のようなカレー雑誌をつくりたい」その一言から本当に雑誌を作ったサラリーマン

岩沢志保ライター
『Curry-Co(カレーコ)』(筆者撮影)

2022年2月の最終日。札幌で、あるカレー雑誌がひっそりと発行された。

雑誌のタイトルは『Curry-Co(カレーコ)』、サブタイトルは「カレー好きをつなぐ、さっぽろカレーガイド」。一見、特に変哲のないカレー雑誌に見えるが、この雑誌の発行元は出版社でも企業でもない。一人の「カレー大好きサラリーマン」が、仲間とともにクラウドファンディングを立ち上げ、154名の支援をつのり半年間をかけて制作発行にこぎつけた、まさしく「同人雑誌」である。編集長をつとめた「カレー大好きサラリーマン」梅田玄貴さんに話を聞いた。

食べ手から作り手、そして、つなげる役へ。「カレーは楽しい!」を体現する梅田さんのカレー人生

「カレー大好きサラリーマン」梅田玄貴さん(写真提供:梅田さん)
「カレー大好きサラリーマン」梅田玄貴さん(写真提供:梅田さん)

「カレー大好きサラリーマン」とは、梅田さんの自称である。北海道芽室町出身の梅田さんは、札幌に来てからスープカレーを中心によく食べ歩いていたそう。「めちゃめちゃカレー食べてるよね」という友人からの一言で、自分がカレー好きであるという自覚をもったという。

食べ手としてカレーの食べ歩きを楽しむ中で、ある日偶然に出会ったスパイスカレーに衝撃を受け、自分で作ることにハマっていった。食べ手として大好きなカレー店でスタッフ募集の貼り紙を見つけてスタッフとして働いたこともあるという。作り手としての楽しみに目覚めた梅田さん。日々、スパイスカレーを作っているうちに、仲間の後押しを受けてついに間借りのカレー店を始めることに。月に一度の間借り営業カレー店『時々カリー』だ。

「あまりにもカレーを作っているもんだから、仲間たちが食べさせてってことでカレー会していたのが間借りの前身です」―雑誌内の対談企画「マガリーズサミット」内の一文である。

そんな中、コロナウィルスの大流行によって世界が激変する。飲食店が窮地に立たされる中、梅田さんは「大好きなカレー店がなくなってしまうのでは」という危機感を覚えた。微々たることでも何か力になりたい。その思いが、カレー雑誌『Curry-Co』制作を実現する原動力となった。食べ手・作り手から、つなげる役へと大きな一歩を踏み出した。

ちなみに、雑誌制作を始めるまでの梅田さんの本業は建築士。11年間、建物の設計をしていたが、雑誌制作期間中に心境の変化があり転職し、現在は、飲食店の人材不足を解消するマッチングアプリの運営会社に勤めている。公私ともに「つなげる役」として活躍中だ。

クラウドファンディングを立ち上げ「誕生日プレゼントとしてわがままを聞いてくれ(笑)」

「本を出版してみたい、クラファンをやってみたい、カレーに関することをやってみたい」など、そのうちできればいいな程度の小さい願いは元々あったという。2021年4月にそれらの想いが一つにつながり、翌月の5月24日、梅田さんの誕生日にクラウドファンディングを立ち上げた。500,000円の目標金額に対して154人から総額647,000円の支援が集まった。

まったく経験のない雑誌づくりを実現できたのは、梅田さんが立ち上げから活動している「AFTER SCHOOL(以下、AS)」というオンラインコミュニティの仲間たちの存在が大きい。クラウドファンディングの立ち上げ前からASの仲間たちに相談に乗ってもらい、雑誌制作も印刷以外はすべて梅田さん自身と仲間でやったという。

梅田さんは「人にわがままを言うのが苦手なので、仲間に誕生日プレゼントとしてわがままを聞いてくれって感じで始めちゃってるところもあります。笑」と語る。

「自分ができない事があっても、やりたいという強い想いがあれば、支えてくれる仲間がいたから、最後までやり抜けたと思っています。一人じゃ絶対できなかったです。」

プレッシャーから目標を見失う。何もできない苦悩からの再起

クラウドファンディングを始めるまでは、仲間がいるから大丈夫みたいな根拠のない自信もありそこまでの不安はなかったという梅田さん。「無知が故の無双状態」だったという。

札幌のFMラジオにも取材を受けた(写真提供:梅田さん)
札幌のFMラジオにも取材を受けた(写真提供:梅田さん)

ところが、地元の新聞社やラジオなどの取材を受け、クラウドファンディングにも直接面識のない人からの支援があるなど、当初の予想を超える反響があったことで、嬉しさと同時にプレッシャーに襲われた。

―中途半端な変なもの作れないな―

取材先にはすべて梅田さん自身が足を運び、写真を撮り、直接話を聞き、食べた。

取材日時を取材先の都合に合わせようとすれば本業に支障が出て、今度はそのしわ寄せで雑誌の制作作業が進められなくなる。制作過程が進むほどやらなければならないことがたくさんあり、自分で解決できないことも多かった。

自分でデザインができないこともつらかったという。作りたいのは、今までにないような自分らしい雑誌。参考にたくさんの雑誌を見たが、見れば見るほどある雑誌の真似事にしかならず、「これじゃないのにどうにもできない」もどかしさを抱えた。レイアウト調整だけをお願いするつもりだった仲間に、デザインのタタキから作ってもらうことにした。

仲間と共に取り組んだ雑誌制作(写真提供:梅田さん)
仲間と共に取り組んだ雑誌制作(写真提供:梅田さん)

みんなの期待に応えられる雑誌にしなければ、どういうものにしたら支援してくれた人に納得してもらえるんだろう、自分の好きなお店は他の人にも気に入ってもらえるお店なのか…。考えるうちに「自分の作りたい雑誌」も、目標も、見失った。

仕事も忙しくなり、作業もできなくなり、発行予定だった期日が過ぎた。時間に追われ、見えないプレッシャーに押しつぶされる状態で何もできなくなった時期があったという。

苦悩する梅田さんを救ったのはやはりASの仲間だった。

「梅ちゃんのわがままで始めたことだし、それに賛同してみんな支援してくれてるんだから、自分の作りたいように作ったらいいんだよ。」

「拙くても、未完成でも梅ちゃんが作りたいと思った雑誌を自分はみたいんだよ。」

その言葉で、クラウドファンディングの準備を始めた当時の想いを思い出し、再起する。雑誌制作を再開し、完成・発行へと完走した。

「もう作りたくないけど、作ってよかった」

雑誌が完成した時の感想を聞くと、

「やっと、解放される、ですかね。笑」「とにかく最後の2ヶ月はしんどかったし、わかってはいたけどポンポンお金が飛んで行ったので。笑」という答えが返ってきた。

クラウドファンディングのリターンとして雑誌を発送した後、SNSに感想が投稿されていたり、労いの言葉をかけられたりすることで、完成したという実感が湧き、「自分の想いがちゃんとカタチになって届いたんだ」と嬉しくなったそう。「もう作りたくないけど、作ってよかったと思います」という一言に、制作期間の苦悩と解放感・達成感があらわれている。

制作過程で印象に残ったことはありますか?という質問に、梅田さんは「楽しいことより辛い印象が強いです。笑」「期間の割合は楽しい:辛い=2:8」と答えた。

取材をきっかけにカレーレジェンド達と話せたことは楽しかったし、学びが多かった。間借りカレー店の悩み相談などもしたという。雑誌内の対談企画「マガリーズサミット」をきっかけに間借りカレー店主同士の交流もできたという。

「2割しか楽しい時間がなかったと書きましたけど、終わった後の楽しい時間がまだまだあると考えると、すごーく濃密な2割の時間だったと思います。」

取材先にはすべて自ら足を運んだ(写真提供:梅田さん)
取材先にはすべて自ら足を運んだ(写真提供:梅田さん)

ただのカレー本と侮るなかれ「カレー好きのノンフィクションドキュメント雑誌」

「カレー好きのノンフィクション雑誌」というのは、本誌あとがきで梅田さん自身が記している言葉である。

先にも書いたが、取材は梅田さん自身がすべて足を運んだ。短くて1時間、長ければ3時間かけて話を聞いたという。カレー愛あふれる梅田さんだから聞き出せた話だな、お店の人も梅田さんだからこんな風に話してくれたんだろうな、などと思える会話が随所にみられる。

『Curry-Co』に掲載されているのは、店舗紹介だけではない。前述の間借りカレー店主による対談企画「マガリーズサミット」や、55種類のレトルトカレーを集めて食べ比べた「レトルトカレー白書」など、カレー好きならではの企画が誌面を埋めている。内容が気になる方はぜひ本誌で確認してほしい。

食べ比べ企画のためにレトルトカレーを買い集めた(写真提供:梅田さん)
食べ比べ企画のためにレトルトカレーを買い集めた(写真提供:梅田さん)

「好き」をきっかけに人とつながることの楽しさを教えてくれるカレー本

『Curry-Co』のページをめくっていくと、気づくことがある。カレーに限らず、一般的に食をテーマとする媒体の主なメッセージは「おいしい」だろう。しかし、『Curry-Co』には「おいしい」という主張はほぼない。紙面が訴えてくるテーマは一貫して「楽しい」なのだ。

本紙にも「見る・作る・食べる。様々な角度から五感を刺激されながら楽しめる」と表現されている通り、カレーそのものが持つバラエティ豊かなエンターテインメント性のような楽しさも確かにある。さらに、梅田さん自身が体現している通り「食べる楽しさ」と「作る楽しさ」という、カレーと自分との関わりから得られる楽しさもある。しかし、この雑誌からもっとも強く感じるのは「カレーを通じて“人”と関わることの楽しさ」である。

梅田さんは、こう語る。

「カレーって食べることもですが、人をつなぐものでもあって、人生を楽しくしてくれるものということ。たかがカレーかもしれないですが、他愛もないものが、実は自分の人生に大きな影響を与えてくれるきっかけになるんだと感じてもらいたいなと。(中略)一緒にカレーを楽しんでくれる仲間がいないと、なんにも楽しくないんだなって思います。」

――

「自分は、これが好き!」という気持ちに素直になること。その気持ちを公言することで、「好き」に関連する情報が自然と集まり、共感する人が集まり、人と人がつながっていく。「好き」を旗印に“仲間”ができる。ますます楽しくなって、好きがもっと大きくなっていく。その好循環を生む最初の一歩は、案外、小さな一歩なのかもしれない。

『Curry-Co』一般販売について

総発行部数1,000部から、クラウドファンディングのリターン分を除いた約800部を一般販売する。今後、準備が整い次第、『Curry-Co』掲載店舗でも販売予定。販売価格は1,500円(税込)。現時点では、『時々カリー』のオンラインストアでのみ販売している。

『Curry-Co(カレーコ)』販売価格 1冊 1,500円(税込)(筆者撮影)
『Curry-Co(カレーコ)』販売価格 1冊 1,500円(税込)(筆者撮影)

ライター

札幌のWeb・IT会社「株式会社syushu(シュシュ)」文系担当としてライティング・Webデザイン・ディレクションを担当する。東京都出身、大阪育ち、札幌在住。2013年にWeb事業を柱とする個人事業を共同で立ち上げ2016年に法人化し、株式会社syushuを設立。札幌イベント情報サイト「サツイベ」、札幌地元情報サイト「サツッター」など、主に札幌に特化したWebメディアを複数運営。