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樒(シキミ)と山守 – 変わる社会のなかで山と家業を守る

山川明訓映像・WEBサイト制作等

主に西日本で墓や仏壇に供えられる樒(シキミ)。水を張った花瓶にさしておくだけで1ヶ月間日持ちし、同時に水を腐らせない特別な力を持っているとされ、墓前を彩り、死者を慰める役目を担ってきた。ただ、近年は少子高齢化や核家族化の影響で墓じまいや仏壇の簡素化が進み、先祖の供養にシキミが使われることも少なくなってきた。
徳島県佐那河内村(さなごうちそん)で三代にわたりシキミ農家を営んできた山川佳郎さん(42)は、需要が先細る中、放っておくとすぐに荒廃し、修復が難しくなる山を維持するため、近隣のシキミ畑の管理も請け負うようになった。広大な土地を歩き回り、村の未来と家業を守ろうとする山川さんの日常に迫った。

● 樒(シキミ)農家という仕事
佐那河内村で母と妻、ふたりの子どもの5人で暮らす山川さんがシキミ農家になったのは、20年以上前のことだ。父を早くに亡くし、高齢で引退した祖父の後を継いだ。山川さんのシキミ畑は村内の標高約1000mの旭ケ丸山の中腹に10カ所ほど、村外の数か所に点在する。その面積は、村内だけで約20万平方メートルに達する。少なくとも東京ドーム4つ分の広大な畑と、そこに植わる数千本のシキミを、山川さんは一人で管理している。険しい斜面に位置する畑もあり、モノラックと呼ばれる小型の運搬用モノレールで登っていく。

日々違う畑に通い、無数に並ぶシキミの中から、商品になるまっすぐで美しい枝を探し出し、枝切りバサミで素早く切っていく。この剪定(せんてい)の善し悪しこそが、シキミの木をきれいな状態に保つカギだ。うまく切った切断面からは、しばらくすると商品になるまっすぐな枝が生えてくる。ここがシキミ農家の腕の見せ所で、「自分が切った枝は必ず見分けられる」と、山川さんはいう。

朝8時ごろから山に出かけ、午前中に切った枝を紐でまとめてきれいな束にし、午後にはトラックで取引先の花屋や寺に配達するのが山川さんの日課だ。お盆や春秋のお彼岸、年末年始の繁忙期には毎日たくさんのシキミを収穫・出荷するうえ、急な注文が入ることも珍しくない。午前3時から山に入り、真っ暗闇の中で車のライトを頼りに収穫をしたこともある。

● 祖父母の代から手作業で
村史によると、佐那河内村の農地は1800年ほど前に水田として開墾された。山川さんのシキミ畑も多くは田んぼだったが、祖父母が埋め立て、シキミの苗を1本1本植えて畑にしていった。苗の一部は購入したが、祖母が山に自生しているシキミの苗を移植していった畑も少なくないという。モノラックを通すレールや支柱づくりも、業者に頼らず自分たちでした。山川さんはこうした祖父母の大変な苦労を聞かされながら育った。彼自身も少年時代に祖父を手伝いレールの増設作業をしたが、険しい斜面に合わせて1本1本支柱を曲げて斜面に運び、設置していく作業は年単位に及び、大変だったことをよく覚えているそうだ。

●供養をめぐる環境の変化
シキミは主に西日本で墓や仏壇に供えられる仏花だ。関東では鮮やかな色の花が使われることが多いが、シキミは特有の香りがする深緑の葉だ。シキビとも呼ばれる。

少子高齢化や地方の過疎化、核家族化のほか、洋式の住宅に住む人が増え、墓じまいをしたり、仏壇を持たなかったりする人もでてきた。それに伴い、先祖の供養にシキミが使われることも少なくなってきた。第一生命経済研究所のレポート「宗教的心情としきたり」によると、第一生命の研究レポート内「宗教的心情としきたり(小谷 みどり)」で、家に仏壇があるという人は55~69歳の年齢層では52.6%いるが、40~54歳では30.6%と大きく減っている。また、お盆やお彼岸に墓参りをする人は55~69歳では80.9%だが、40~54歳では69.4%に下がる。

それに加え、輸入物の安いシキミがスーパーに並ぶことが多くなり、国産シキミの需要は減りつつある。農林水産省の統計によると、国産シキミの全国生産量は2014年から2016年までの3年間で1957トンから1875トンに減少した。山川さんが先代から取引を続ける花屋によると、近隣のスーパーや量販店のほとんどは外国産のシキミを販売している。実際、外国産の取り扱いを始めて山川さんとの取引を止めた小売店も少なくはないという。

それでもまだ、国産シキミの需要は根強い。山川さんの顧客には、供えた後も長く美しいまま墓や仏壇を彩る上質なシキミを求める常連が多い。

「スーパーに売っているものでは満足できないお客さんがうちに来てくれる。安いシキミを仕入れたい気持ちはあるが、品質の悪い商品を出して自分たちの株を落とすわけにはいかない」と、山川さんと取引する花屋の女性は語る。

山川さんに直接、販売用のシキミを安く譲ってほしい、シキミの収穫をさせてほしいとの問い合わせがあることも珍しくない。一方で、畑のシキミを無許可で大量に切っていく者もいるという。

●シキミの山を守るために
山川さんの畑の周辺では、放置され、荒れていく畑が増えている。担い手が高齢化して険しい山中での作業が続けられなくなっていることとシキミ需要の先細りが背景にあり、国産シキミの生産減の理由のひとつになっている。
手入れされなくなったシキミ畑の荒廃は早い。遠くからではわかりにくいが、よく見ると枝には桂の蔓が巻いていく。そうなると枝葉は曲がりながら伸びていき、虫食いや変色が進んで商品にはならなくなっていく。

「5年放っておくと商品となる枝が採れなくなり、ゴミ同然となる。」

なぜ畑を荒れるに任せてしまうのか。そこには持山や土地を大切に思う独特の価値観がある。佐那河内村でも集落単位で自治を行う「常会」という仕組みが古くから残っているように、「自分の土地は自分で守る」精神は日本の各地で見られる。長い時間をかけて開墾し、代々守ってきた土地を他人に委ねるのは、多くの地主にとって決断を要することだ。実際山川さんが放置されたシキミ畑の所有者に管理の肩代わりを持ち掛けても、「自分でやるから大丈夫」と断られることも多いそうだ。だが、自分でどうにかしたいと思いつつも、街で働き暮らす親戚にも頼めず、解決策もないまま時間だけが過ぎていく。悩んだ末、山川さんに管理の相談をする頃には、手が付けられない状態まで荒廃してしまっているケースも多い。

山川さんは比較的きれいな畑や、まだ再生可能な畑の管理を引き受け、そこから生じる売上の一部を持ち主に還元しながら、劣化した木の再生や保全を行っている。蔓を取り払い、商品となる新芽がでるよう木の大きさを少しずつ整えながら剪定し、雑草を刈る。再び商品として出荷できるようになるまでに数年かかる畑もあるが、山川さんが管理するシキミ畑と、出荷可能な商品の量は少しずつ増えている。

●きれいな山を、できるだけ長く
収量の増加に伴い、山川さんは新たな出荷先の開拓や大口との契約も考えはじめた。ただ、減り続ける需要を前にして、この家業は子どもの代までは続かないであろうことも感じている。引退した後はシキミの山を自然に還すのか、先代がそうしたように別の作物を作る農地に転換するのか。それはまだ分からない。

「自分の代で終わるかもしれないけど、子どもたちを学校に行かせ、毎日三食食べ、たまに少し贅沢出来たらそれで良いかな。将来子どもたちが仕事を継ぐことは考えてないけど、山で何かしたいと言ったとき、きれいなままで渡せたらうれしい」

そう語る山川さんは日々トレーニングで体力を維持し、今日も広大な山の畑で働く。先代をはじめ多くの人々が持つ山や土地に対する想いを受け継ぎ、できるだけ長く家業を続けられるように。

クレジット

監督 / 撮影 / 編集 / ライター:山川明訓
プロデューサー:初鹿友美
アドバイザー:長岡マイル

映像・WEBサイト制作等

徳島県佐那河内村で映像・WEBサイト等の制作を行っています。