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「新・ガザからの報告」(8) (24年7月5日)ーハマス支配地区の縮小ー

土井敏邦ジャーナリスト
(壊滅状態の町/撮影・ガザ住民)

【何度も避難を強いられる住民たち】

(Q・この1週間の変化は?)

 この間、重要な事件がありました。イスラエル軍が地上侵攻を拡張し、またガザ市のシュジャイーヤ地区を攻撃しました。以前、報告した地区です。攻撃を拡張しました。以前報告したとき、攻撃は限定されていましたが、今回は拡張し、ガザ市の中心に近づいてきました。

(Q・シュジャイーヤ地区は国境に近く、ハマスがそこで再び戦闘員を集結させることにイスラエル軍はこの地区にとてもナーバスになっていることはわかるが、今回は目的が違うのですか?)

 同じような攻撃です。しかしそれを拡大し、ガザ市の中心部に迫っています。地下トンネルを捜しているのだと思います。トンネルを辿っているうちにガザ市中心地に来たのでしょう。トンネルは1.5~2キロの長さだったりします。このトンネルを辿って、ガザ市内にまで達しているのです。

 イスラエル軍にも、とても危険な作戦です。シュジャイーヤ地区はとても家々が入り組んでいて、ガザ市内でももっとも人口密度が高いところです。日中にシュジャイーヤ地区を攻撃することは冒険です。住民が通りやマーケットにいるのです。イスラエル軍の情報によれば、この2日間で3人のイスラエル兵士が殺されました。イスラエル軍の戦車が住民がいる地区に砲撃しています。単にシュジャイーヤ地区のハマス部隊だけではなく、シュジャイーヤ地区の部隊を支援するために他の地域からハマスの戦闘員がやってきているようです。 

 イスラエル軍はこの戦闘の映像を公開しています。それによれば多くのハマス戦闘員が殺されています。イスラエル側の情報によると、攻撃の最初から今まで総計約100人のハマス戦闘員が殺されています。

(Q・他に新たな状況、情報はありますか?)

 地上侵攻について付け加えれば、イスラエル軍によるラファ地区での作戦ではラファ市全体の70~75%がイスラエル軍に占拠されました。まだ占拠されていない地区はラファ市の北西部で、まだハマスの支配地区です。地中海に近くラファ地区とハンユニス地区の間にあるタル・アル・スルタン地区です。しかし近い将来、イスラエル軍はこの地区のハマスをせん滅するために攻撃するでしょう。イスラエル軍にすでに侵攻されたラファ市の70~75%では、地下トンネルが破壊されています。ラファはエジプトとの国境が近いから、最もトンネルが多いところです。そのトンネルがたくさん破壊されました。

 エジプトとラファとの間のトンネルは2つに分けられます。1つは商業用で、もう1つは軍事用です。商業用のトンネルは食料、薬品、衣類、ガソリンなど生活物資を密輸するために使われます。

 もう1つは軍事用のトンネルです。これはパレスチナ側でラファの中が中心ですが、エジプト側ともつながっています。イスラエル軍はこの2つのトンネルを破壊しています。

 イスラエル軍の参謀長は2日前、「膨大な数のトンネルで、すべてを破壊するのに数週間はかかる」と語っています。イスラエル軍も予想もしなかった数です。

 ハンユニス地区について、4~5日前にイスラム聖戦が20発のロケット弾を発射しました。ハンユニス市の東部からです。これはイスラエル側のネゲブ西部のキブツや村を標的にしたものです。イスラエル軍はハンユニス地区東部の全ての住民に家を捨てて、ハンユニス地区の西部の「人道地区」やガザ地区中部のデイルバラ町やヌセイラート難民キャンプに避難するように命じました。そのために何千人という住民がハンユニス地区の東部から西部に移動しています。しかしイスラエル軍は兵士も戦車もまだハンユニス地区東部に移動していません。だから現在、ハンユニス地区東部は住民が避難し完全に放棄された地区になりました。

(ガザ地区地図/作成・土井敏邦)
(ガザ地区地図/作成・土井敏邦)

(Q・シュジャイーヤ地区東部もハンユニス地区東部も、以前、南部へ避難するようにイスラエル軍が通告していたはずなのに、住民はまた戻ってきているんですか?なぜ住民がまだその地域にいるんですか?)

 私たちはガザ市内のシュジャイーヤ地区とハンユニス地区の違いは明確にしておくべきです。

  シュジャイーヤ地区はイスラエル軍によって全住民がガザ地区南部へ避難するように命じられました。この戦争の初めにです。今シュジャイーヤ地区に残っている住民はそのイスラエル軍の命令に抵抗して残っている住民です。

 一方、ハンユニス地区東部の住民はこれまで退避命令を受けていません。しかしイスラム聖戦が重大な挑発をした。20発のロケット弾をその地区から発射したのです。今年になって、これほどの数のロケット弾が発射されることはありませんでした。これまで1~3のロケット弾が発射されることはありましたが、しかし一度に20発のロケット弾を発射することは、イスラエル軍への挑戦です。だからハンユニス地区東部の住民は西部へ避難することを余儀なくされたのです。それまでそこの住民は普通の生活をしていました。イスラエル軍はその住民に避難するように命じることはなかったからです。

 一方、ガザ市のシュジャイーヤ地区は危険な地区です。イスラエル軍は当初から「もしガザ市内に留まるならば、被害を受けた場合、君たち自身、家族、子どもたちの命は自分に責任がある」と宣言していました。だからガザ市内だけでなくジャバリア難民キャンプなどガザ地区北部の人たちは避難をしたのです。

(Q・イスラエル軍はラファを攻撃するためにラファの避難民を含め住民に北部に再避難するように命じたために、ハンユニス地区に住民が戻ってきているのですか?)

 その通りです。それが今起こっていることです。ラファで暮らしていた避難民が戻ってきています。

 それまでラファ市内には、北部から避難した人たちを含め130万人が暮らしていました。そのほとんどがハンユニス地区西部に避難しました。そこはマワシ地区で、戦争の当初からイスラエル軍が安全を保障すると宣言した「人道地区」です。住民が避難し始めると、イスラエル軍はその人道地区を拡張しました。マワシ地区だけではなく、さらにデイルバラ町、ザワイダ村、ヌセラート難民キャンプの3つの地区に避難地区、人道地区を拡張しました。だから130万人の中にはこれら拡張された人道地区に逃れたのです。他の人たちはあなたが言うようにハンユニス市内やハンユニス地区東部に再避難しました。 

【拡張されるイスラエル軍の緩衝地帯】 

(Q・ガザ地区でのイスラエル軍の動きはどうですか?)

 ガザ地区のネツァリーム回廊(ガザ市の南部、イスラエル側との国境から地中海までの東西に続く帯状の地帯)について話をします。戦争の初めはその幅は2キロでした。しかしイスラエル軍はこの2~3週間前にその回廊を拡張しました。南北に1キロずつパレスチナ人の土地に侵入し、幅を4キロほどに広げたのです。

 以前ももちろん簡単ではなかったが、しかし今は北から南へ、南から北へ住民が移動することがほとんど難しくなりました。この回廊に近づくとイスラエル軍のドローンや戦車からの銃・砲撃によって殺されます。UNRWAなど国際機関の人道活動をする組織は、イスラエル軍と調整して通行できますが、一般の住民はその回廊に近づくこともできません。

 イスラエル側はその拡張の理由を2つ挙げています。1つは、「イスラエル軍の安全」のためです。幅2キロでは狭すぎて、ハマスなどの奇襲など攻撃を受ける危険があるからだというのです。

 2つ目は、イスラエル軍のハマスへの反撃が容易になります。拡張することで、ヌセラート難民キャンプやブレイジ難民キャンプに近くなり、攻撃するとき、いち早く現場に到達できます。また北側はガザ市に近くなり、攻撃しやすいのです。

【ハマス支配地の縮小とイスラエル軍のミス】

(Q・75%のラファ市がすでにイスラエル軍に占拠されているとあなたは言ったが、ハマスの支配地区がどんどん縮小されているということですよね?ならばシンワールなどハマスの指導者たちを捕獲することはさらに容易になり、ハマスの力もどんどん縮小しているということですか?)

 その通りです。それはハマスにとって手痛い打撃です。イスラエル側の推定では、ラファ市での戦闘では約900人のハマス戦闘員が殺されました。イスラエル軍のラファ攻撃が始まってからこの2ヵ月間でです。残りの25%が占拠されると1000人を超えるでしょう。これは地下トンネルの破壊と共に、ハマスにとって大きな打撃です。だからハニーヤは2日前に、「停戦に前向きである」という声明を出しました。それはイスラエル軍のラファ攻撃の結果です。

 私はシンワールはすでにラファ市内にはいないと思います。イスラエルはラファに侵攻する前に、戦略的なミスを犯しました。ラファを攻撃する前に、イスラエル軍はハンユニス市から3~4週間、軍を完全撤退しました。この間にシンワールはデイルバラ地区かヌセラート難民キャンプかに移動することができたはずです。

 ラファ市に侵攻した直後に、イスラエル軍はハンユニス市を閉鎖し、ラファをブロックするべきだったのです。今はデイルバラ町かヌセイラート難民キャンプか、ブレイジ、マガジ難民キャンプかズワイダ村にいるかもしれません。

【インターネットはガザ地区中部だけ】

(Q・住民の生活はどうですか?)

 状況はとても矛盾しています。ガザ地区の中部と南部では物資はあり、店もある。食べ物なども手に入ります。たしかに値段は高いが、それでも食料や薬を買うことはできる。

 しかしガザ市など北部では、住民は飢餓状態です。ガザ北部の住民は、深刻な食料不足に苦しんでいます。今日、ある老人が死にました。食料不足で飢餓です。北部の人たちには食料がありません。

 私たちは北部にいる私や妻の親戚と携帯で話すことができます。彼らが言うには、草や木々の葉を集めているというのです。それを米にまぜて煮るのです。米が無くなると、草や葉を水で煮て食べたり、そのスープを飲んだりしているというのです。悲惨な状況です。北部の住民たちは食料不足のために死んでいます。

 南部には何でもある。金がないと買えませんが、店にはコーヒーもあります。だからガザの状況はとても矛盾だらけです。

(Q・あなたは食料も物資も高価だというが、収入の道のない住民はどうやってそれを買う金を手に入れるか?)

 ほとんどの住民は外からの送金に頼っています。その金は銀行や他の送金システムによって何百万ドルもの金がガザに入ってきます。それが住民の主な収入源です。ガザ住民は外からの寄金を乞うているのです。

(Q・あなたは北部の住民と電話できると言ったが、今なお電話が通じるのですか?)

 できます。携帯のテレコミュニケーションは利用できます。しかしインターネットは使えません。ほんの少しの地域だけです。

(Q・ガザでインターネットが使える地域はどこですか?)

 ほとんどはガザ地区中部です。デイルバラ町、ヌセイラート難民キャンプ、ブレイジ、マガジ難民キャンプなどです。ほとんどの時間、インターネットが使えます。ハンユニス市やラファ市、そしてガザ北部では、ほとんどインターネットは使えません。(続く)

ジャーナリスト

1953年、佐賀県生まれ。1985年より30数年、断続的にパレスチナ・イスラエルの現地取材。2009年4月、ドキュメンタリー映像シリーズ『届かぬ声―パレスチナ・占領と生きる人びと』全4部作を完成、その4部の『沈黙を破る』は、2009年11月、第9回石橋湛山記念・早稲田ジャーナリズム大賞。2016年に『ガザに生きる』(全5部作)で大同生命地域研究特別賞を受賞。主な書著に『アメリカのユダヤ人』(岩波新書)、『「和平合意」とパレスチナ』(朝日選書)、『パレスチナの声、イスラエルの声』『沈黙を破る』(以上、岩波書店)など多数。

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