政府の弾道ミサイル避難訓練を嗤う 「北朝鮮の脅威」利用した煽りの先にあるものは何か
3月の秋田県男鹿市を皮切りに山口、福岡、山形、広島、新潟などで、内閣府の主導で弾道ミサイル攻撃に対備する住民避難訓練が続いている。
「X国が弾道ミサイルを発射した」との想定で、サイレンが鳴らされ近隣の公民館や学校などの建物に避難する。草むらの中で頭を抱えてしゃがんだり、田んぼの畔の溝に身を隠したりする人の姿も報じられた。
6月23日からは、民放で30秒間のCMが流され、全国70の新聞でも政府広報が掲載されることになった。
1 頑丈な建物や地下に避難する
2 建物がない場合は物陰に身を隠すか地面に伏せて頭を守る
3 屋内の場合は窓から離れるか窓のない部屋に移動する
という内容だという。
これらの報道を見て、桐生悠々(きりゅうゆうゆう)が書いた「関東防空大演習を嗤(わら)う」を思い起こした人も少なくないだろう。信濃毎日新聞の主筆であった桐生は、1933(昭和8)年8月に書いた社説で、折から実施中であった敵の空襲に備えるという陸軍の大訓練をナンセンスだと看破した。
敵機から空襲を受けると木造家屋の多い東京は焦土と化し、大パニックが起こるのは避けられない。それは戦争に負けるとことを前提とした訓練である。
「空撃に先だって、これを撃退すること、これが防空戦の第一義でなくてはならない」と、桐生は主張した。
軍の反発を受けた桐生は翌月、信濃毎日を退社。それから11年後の1944年末から米軍の空襲が本格化して東京は焼け野原になり、1年足らずで敗戦となった。
さて、X国が北朝鮮を指すのは言うまでもない。
金正恩政権は、今年に入って多様な弾道ミサイルを日本海に向けて発射する実験を繰り返している。秋田県沖300キロの排他的経済水域内に落下したこともあり、心配が広がった。
北朝鮮の弾道ミサイルは、発射から10分程度で日本到達する。そして、それを察知して警報を出せるのは着弾の4分前だそうだ。今、地方都市で行われている訓練は、どう考えても、時間的に間に合わない、意味のないものだと言わざるを得ない。
そもそも、ミサイルが日本領土に飛んでくるというのは戦争という事態である。日本が北朝鮮と戦争になるというのは、先に韓国、米国と交戦に至っているか、極度に緊張が高まっている事態しか考えられない。
仮に戦争状態になったとして、ミサイル攻撃の標的になる可能性が高い場所はどこだろうか? 自衛隊と在日米軍の基地、統治の中枢である官邸や国会、官庁街、そして、被害を最大化するために大都市や空港、港湾、原子力発電所などの重要施設が狙われるということになるだろう。
ならば、これら標的になる可能性の高い地域の住民を遠ざけることが最優先のはずだが、沖縄や佐世保、岩国、横須賀など基地周辺、原発周辺で避難訓練が行われたとは寡聞にして聞かない。そもそもも原発の防御をどうするのかについて説明もない。
高度化する北朝鮮の弾道ミサイルが、日韓中にとって脅威なのは間違いない。しかし、避難訓練が行われた地方都市にもし弾道ミサイル攻撃があるとすれば、それは既に前述の重要ポイントが攻撃されている事態だと考えるべきである。
安倍政権が地方自治体と住民を動員して行っているのは、順番間違いで頓珍漢な「嗤うべき」訓練だ。つまり、北朝鮮の脅威に本気で備えたるめの訓練ではないということだ。大阪では、こういう見当違いを「すかたん」と言う。
政府が「すかたん訓練」を大々的にやろうとする目的は何か。私は、近々自民党が「憲法を改定しないと北朝鮮のミサイルから国民を守れない」というキャンペーンを始めると踏んでいる。
北朝鮮の脅威を過剰に煽るその先にあるもの、それを私たちは見なければならない。