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なぜ習近平は中国・中央アジア首脳会談を開催したのか?

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
中国・中央アジア首脳会談(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 18-19日、習近平は西安で中央アジア5ヵ国との首脳会議を開いた。日本では常套句のように「G7に対抗するため」と報道しているが、そのような解釈では中国の真相を見抜くことはできない。何が起きていたのか、カザフスタンを例に取って考察する。

◆中国・カザフスタンの間に横たわる深刻な問題

 1991年末に旧ソ連が崩壊すると、中国は待ち構えていたようにソ連圏から独立した国々を駆け巡り国交を樹立した。その最も象徴的なのが中央アジア5ヵ国で、1996年には上海ファイブ(中国、ロシア、カザフスタン、キルギス、タジキスタン)の首脳が上海で首脳会談を開催。2001年にはウズベキスタンが加わって上海協力機構を設立した。

 中央アジア5ヵ国は中国にとっては「裏庭」のようなもので、それらの国から石油を頂くために新疆ウイグル自治区が接続点となって中国全土に石油パイプラインを敷き、中国経済の成長を支えてきた。そのために新疆ウイグル自治区の治安に関して強引なことをやり、世界から非難されている。

 中央アジア5ヵ国のうち、中国と最も長い国境線を共有しているのはカザフスタンで、中国側はウイグル自治区であり、中国にとっては何よりもカザフスタンを重要視しなければならないはずだ。

 もちろん、そうしてはきた。習近平が「一帯一路」の「陸のシルクロード構想」を初めて発表したのは2013年9月のことで、その場所はカザフスタンのアスタナだった。それくらい習近平はカザフスタンを重視してきたし、また中央アジア5ヵ国こそは「一帯一路」の西への重要な出口であったということができる。

 ところが、その肝心のカザフスタンでロシア離れ、いや正確にはプーチン離れが起きているだけでなく、カザフスタンは欧米の影響を受けやすい傾向にあり、習近平としては何としても、それを食い止めなければならないという「お家の事情」があるのだ。

 現在のカザフスタンのトカエフ大統領は、拙著『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』の【第七章 習近平外交とロシア・リスク】で詳述したように、習近平に対しては、この上なく低姿勢で、昨年9月14日に習近平がカザフスタンを訪問した時などは、尋常ではない歓迎ぶりだった。習近平に遊牧民族最高の栄誉賞である「金鷹」勲章を授与したほどである。

 ではなぜカザフスタンは欧米、特にアメリカの影響を受けやすいのか。

 その原因を少しつぶさに見てみよう。

◆カザフスタンが欧米にシフトしやすい原因

 原因には大きく分けて三つある。

 一つ目は油田やガス田に関する開発技術の問題だ。

 カザフスタンの主な収入源は石油・ガス開発だが、これまで欧米の石油会社に頼り、大油田やガス田開発も欧米系のオペレーターが主たる地位を占めている。

 カザフスタンの油田・ガス田はカスピ海北部周辺に集中しており、「カラチャガナク(ガス田)、カシャガン(油田)、テンギス(油田)」の3大プロジェクトがあるが、これらのプロジェクトのオペレーターは現在でも以下のようになっている(データはJOGMEC 2022年12月海外石油天然ガス動向ブリーフィング CPCパイプラインでトラブル連続 ~石油輸出ルートのロシア依存脱却を狙うカザフスタン~より)。 

 ●カラチャガナク(ガス田)1979発見 1984生産開始

  オペレーター:KazMunayGas(カザフ政府)10%

         Chevron(米)18%

         Lukoil(露)13.5%

          Shell(英)29.25%

          Eni(伊)29.25%

 ●カシャガン(油田) 2000年発見 2013年生産開始

   オペレーター:KazMunayGas(カザフ政府)16.877%

         ExxonMobil(米)16.807%

         Shell(英)16.807%

         Eni(伊)16.807%

         TotalEnergies(仏)16.807%

         CNPC(中)8.333%

         INPEX(日)7.563%

 ●テンギス(油田)1979発見 1991生産開始

  オペレーター:KazMunayGas(カザフ政府)20%

         Chevron(米)50%

         Lukoil(露)5%

         ExxonMobil(米)25%

 カシャガン油田にあるCNPCとは中国の国有企業である中国石油天然気集団公司(ペトロチャイナ)のことである。中国はここで8%強を保持しているだけだ。

 なぜこのようなことが起きているかと言うと、実はカスピ海一帯の油田・ガス田は、硫化水素(H2S)成分が多く、普通の鉄鋼の油井管ではすぐ腐食するからだ。そのため耐腐食用鋼管が必要となるのだが、その製造技術が中国にはなかったというのが最大の原因である。

 中国国産の耐腐食用鋼管は2020年になってようやく開発に成功し、2022年に運用を始めたので、今年からは状況が変わっていくだろうことが考えられる。

 二つ目の原因は「カザフスタンの前大統領が欧米留学を奨励した」ということである。

 カザフスタンのナザルバエフ前大統領(大統領任期:1991年12月1日~2019年3月20日。治世30年!)は若者を欧米に留学させることを奨励した。英語教育も重んじた。そのため、欧米から帰国した元留学生たちはエリート官僚になり、欧米化された思考がカザフスタンの中に芽生えていったという経緯がある。

 その背後には恐るべき事実がうごめいていたが、長くなるので今回は避ける。

 三つ目は、「中国脅威論」だ。中国があまりにカザフスタンに食い込んできたら、カザフスタンが中国に食われてしまうのではないかという「脅威」がカザフスタン国内にあるということだ。これも長くなるし、現在のトカエフ大統領からは変わってきたので、ここでは省略する。

◆「中国・中央アジア」首脳会談は1年前から計画されていた

 習近平が2023年5月に「中国・中央アジア」首脳会談を開催するということは1年前から決まっていた。今年は「一帯一路」構想宣言の10周年記念に当たるからだ。

 中国外交部のウェブサイトによれば、2022年4月27日に開催された「中国・中央アジア」外相会議で、既に「中国・中央アジア」首脳会談の開催準備を始めている。

 かつ2022年1月は、中国が1992年1月に中央アジア5ヵ国と国交を樹立してから30周年記念に当たるので、その30周年記念イベントを、オンラインを通して「中国・中央アジア5ヵ国」首脳会談という形で開催している。

 たまたま今般の第1回の、対面による「中国・中央アジア」首脳会談が日本でG7開催時期とほぼ一致しただけで、この日程は1年前から決まっていたのである。

 但し、G7の中では唯一の「一帯一路」の正式加盟国であるイタリアが、「一帯一路」から離脱するかもしれないということは、2021年2月13日に、それまでの親中のコンテ首相(任期:2018年6月1日~2021年2月13日)からドラギ首相に変わった時からすでに予測されていた。嫌中傾向のあるドラギ首相の間に離脱宣言をするかもしれないと、筆者自身も講演や雑誌対談などで述べたことがあったが、ドラギ首相は任期が短く、2022年10月22日に退陣して、現在のメローニ首相に代わってしまった。メローニは右翼政党「イタリアの同胞」の党首なので、当然、親中ではない。

 そこでアメリカはイタリアに「一帯一路」からの離脱を勧めたと、欧米の少なからぬメディアが報道している。たとえばブルームバーグが、5月10日までにアメリカがイタリアに離脱を迫ったのだと書きたてている。中国外交部の報道官は、定例記者会見で「中国とイタリアは一帯一路で大きな成果を上げており、さらに協力を強化すべきだ」と述べている。

 習近平にとってはG7の一角を成すイタリアが「一帯一路」に加盟していることは非常に心強いらしく、何かにつけてそれを例に挙げては「一帯一路」の成果を誇っていた。特に、イタリアは実は、カザフスタンにとっても大きな存在で、カザフスタンの輸出相手国のトップをイタリアが占めていた時期が長い。

 たとえば、世界銀行が発表している「カザフスタンの2020年までにおける輸出入上位相手国の歴年データ」によれば、「カザフスタンの輸出上位国が占める輸出割合の推移」は図表1のようになり、「カザフスタンの輸入上位国が占める輸入割合の推移」は図表2にようになる。

図表1

出典:世界銀行
出典:世界銀行

図表2

出典:世界銀行
出典:世界銀行

 図表1で明らかなように、最近ではようやく中国がせり上げてきたものの、長いことイタリアが輸出国のトップを占めていたので、イタリアが「一帯一路」から抜けるとなると、中央アジアの軸が揺らぐ可能性が出て来る。習近平としては、ここで再び「一帯一路」の結束を強化するためにも、「中国・中央アジア」という枠組みのサミットが必要だったのである。輸入に関しては圧倒的にロシアが強く、プーチンによるウクライナ侵攻を嫌いつつも、そう大きくは落ちていない。減少した分は中国が補い、今般も巨額の投資協定を結んでいるので、一応堅実に推移するのではあろう。

 なお、5月23日、24日にはロシアのミシュスチン首相が中国を訪問すると発表した。ロシア政府によると、ミシュスチンは北京で習近平とも会う予定だ。

 中国が「中国・中央アジア」首脳会談を開催したことを以て、「G7への対抗だ」などと単純な大合唱をしていたのでは、中国の実態も戦略も見えてこない。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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