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先生も園舎も時間割もない それでも自主保育が選ばれる理由

重江良樹映画監督

「幼稚園に行っても、この子はずっと怒られてるんだろうな…」
3人の子どもを自主保育で育てる川瀬さんは、わんぱくだった長男の入園準備をこう振り返る。待機児童が全国で約2万人といわれる中、選択肢のひとつとして注目を集めるのが「自主保育」だ。
「保育士もいない、園舎も無い環境が心配だった」と当時を振り返る川瀬さんだが、自主保育を続け今年で8年目になる。理想の保育環境を自らの手で作ろうとする親たちの育児の現場を取材した。

 頭から泥水に飛び込む子ども、木に登って叫ぶ子ども、喧嘩をして泣きべそをかく子ども……。川崎市高津区にある「川崎市子ども夢パーク」を訪れると、泥だらけになって遊ぶ子どもたちと、一緒になって遊ぶ大人たちの姿があった。今回取材した川崎市の自主保育5団体が参加する「ちいくれん」(地域で子育てを考えよう連絡会)は、外遊びを中心に、子どもの「やってみたい!」という好奇心を大事にしながら、のびのび子どもを育てるというのが基本方針。
子どもの挑戦心を見守りながらの野外保育には、ケガや事故が起こるリスクも伴うが、参加する母親は「命に関わらないケガでなければ、こうするとケガをする、という学びになれば」と話す。

 活動日数やその内容は会によって異なり、園舎を持たない自主保育は、緑の多い公園やプレーパーク、公共施設などを利用し、自然保育に近い形で活動をしているケースが多い。遠足や運動会などの行事に加えて、野外料理作りなど、自然の中で季節を感じる活動を取り入れながら、子どもの成長を見守っている。
参加者の立場も様々だが、元・保育士や教師など、子どもに携わる仕事をしてきた人の参加も少なくない。また、当番制で保育を行うため、フルタイムで働く人は参加が難しく、その多くは専業主婦(夫)やパートタイマー、フリーランスなど、ある程度時間に融通が利く参加者が多いのが特徴だ。
会費も会によって異なり、ちいくれん加盟の団体には会費無料の会もあるが、月額 3000 円程度までの会費で、行事・運営費をまかなう。自主保育には明確な定義がなく、自治体も把握していないことが多いため、正確な団体数を確認することは難しいが、東京近郊で自主保育を掲げる団体は約30団体、自然保育という括りだと全国約300団体を数える。

 
 保育所も幼稚園も源流は自主保育にあり、明治期に始まった幼稚園には中流以上の階層の幼児が通ったが、主に貧困層では志のある人が中心になり、地域の人々が地域の幼児を共同で保育するところがあちこちで生まれた。戦後、法制化によってそうした託児所の多くが保育所となり、また制度整備が進むにつれ共同保育所は減っていった。
しかし、核家族化が進む現代において、他の家族と協力し合い、家族間の関係が強くなる自主保育は、育児の孤立防止にも繋がり助かっていると、ある参加者は話してくれた。また、他の参加者からも「幼児期の限られた時間を子どもと過ごしたい」。「親同士の保育観が近いので子育てがしやすい」。「会の仲間に話を聞いてもらい、前より自然体で生きられるようになった」という声を聞いた。

 川瀬さんは、12年前、長男を出産し、初めての子育てに悩んでいたときに、ちいくれんに加盟する自主保育グループ「ぽけっと」に出会った。当時3歳だった長男はまだ言葉がうまく喋れず、言葉よりも先に手が出てしまうことが多かった。わんぱくだった息子の行動に、川瀬さんは周囲に謝り続ける日々。そんなある日、「ぽけっと」のメンバーに声をかけられ、参加したのが自主保育の見学会だった。参加する子どもたちとすぐに打ち解け、泥だらけで遊びまわる長男の姿を見た他のお母さんたちから、「のびのびしていて良いね、自主保育向きだよ」と意外な言葉をかけられた。慣れない土地でママ友作りにも戸惑っていた川瀬さんは、救われる思いがしたという。
次男は小学校入学後、言葉を荒げることの多い教師と合わず、不登校の時期があったそうだ。その間、母親だけでなく、自主保育時代に関わった保育者たちが親身に関わってくれたことにより、徐々に登校するようになった。しかし、「これはおかしい」と感じた時などには、今も休むことがあるというが、「子どもが自分で考えて、自分で決める力を育んでくれたのは自主保育だと思うし、そうした行動をとれることは良いことだと思う」と川瀬さんは力強く話した。

やんちゃな子、のんびりな子、おとなしい子。様々な子どもが参加する自主保育は、一人ひとりの個性を尊重し、自然と触れ合いつつ、地域の人の手も借りながら、子と共に親も育ってゆく。こうした「育ち」の選択肢が増えることは、きっと社会をより良いものにするだろう。

クレジット

【取材協力】
川崎市子ども夢パーク
ちいくれん(地域で子育てを考えよう連絡会)の皆さま
森合牧子
汐見稔幸:東京大学名誉教授/日本保育学会会長/一般社団法人家族・保育デザイン研究所代表理事
菅野幸恵:青山学院女子短期大学子ども学科教授

映画監督

大阪府出身。大阪市西成区釜ヶ崎を拠点に、子ども若者・非正規労働・福祉などを中心に幅広く取材活動中。代表作はドキュメンタリー映画『さとにきたらええやん』。映像制作・企画「ガーラフィルム」代表。

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