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話題の乳酸菌飲料は本当に眠りに効く?

西多昌規早稲田大学教授 / 精神科専門医 / 睡眠医療総合専門医
shutterstockより

 ヤクルト1000が大人気である。「睡眠の質向上」が、売れている理由の一つだろう。乳酸菌飲料の睡眠改善作用、糖分との関係、プラセボ作用との関連、そして乳酸菌飲料がここまで売れる社会的背景について考える。

乳酸菌シロタ株は深い睡眠(徐波睡眠)を増やす

 ヤクルト1000の睡眠の質向上効果は、徳島大学の研究グループによって信頼度の高い二重盲検法によって実証され、査読付き論文に掲載されている(1)。94人の大学生を、乳酸菌シロタ株が入った本物のヤクルト1000と味が同じのニセ物(プラセボ)を飲むグループに分けて、11週間にわたって飲用してもらい、睡眠の変化をみている。

 睡眠のデータは、主観的な指標だけでなく、脳波による客観的な睡眠段階の比較も行われている。本物のヤクルト1000を飲んだグループは、ニセ物に比べて深い睡眠(徐波睡眠)が統計的に有意に増加した。かつ定量脳波解析で、睡眠の深さを示す徐波(デルタ波)のパワー値が有意に高かったことも示されている。

 飲んだ人の個人の感想だけで評価されたわけでなく、睡眠脳波によって客観的に示されたデータである点が重要である。しかし、ヤクルト1000に含まれる乳酸菌シロタ株の睡眠促進のメカニズムについては、まだはっきりしたことはわかっていないようだ。

 この論文のDiscussionでは、乳酸菌シロタ株がヒトのストレス反応を司る視床下部→脳下垂体→副腎系や交感神経系の活動を抑制する動物実験結果があるため、ストレスを和らげるだけでなく睡眠の質も改善するのではないかという説を述べている。一部で論じられている乳酸菌がセロトニンやメラトニンの働きを高める可能性はなくはないが、ヒトではわたしの知る限りまだ実証されていない。

(6月6日追記)

 ヤクルト1000飲用によって悪夢が増えるという報告が、カスタマーレポートやSNSで増えているようだ。本研究では、悪夢に関わるレム(急速眼球運動)睡眠は評価されていない(簡易脳波計に眼球図が装備されていないので、眼球運動が記録できなかったためだろう)。興味深い現象で、今後の研究が望まれるところだ。

血糖上昇と睡眠との関連は?

 糖質は、覚醒をコントロールするオレキシンを抑制する作用があるので(2)、糖分を取ると眠気を誘い早く眠れるようになる。乳酸菌の作用だけでなく、血糖値の上昇による眠気も、催眠作用として関与している可能性がある(3)。

 しかし、糖分は入眠には悪くないが、トータルで見ると睡眠の質が悪くなってしまうので、結果的に日中のパフォーマンスが低下する(4)。乳酸菌シロタ株の効果を、相殺している可能性もあるかもしれない。

 糖分の影響は、睡眠よりむしろ全般的な健康のほうが重視されるべきだ。ヤクルト1000の糖分含有量は、100mlあたり14.1gである。世界保健機関(WHO)は、大人1日あたりの砂糖の摂取量は25gまでを推奨している。

 したがって、ヤクルト1000に含まれる糖分は、決して少ない量ではない。したがって、毎日飲用したいならば、食事の糖分をカットする、間食を控えるなどの対策をしたほうがよい。肥満していまい、生活習慣病や睡眠時無呼吸症が発症ないし悪化したならば、本末転倒である。

(6月6日追記)

耐糖能異常(糖尿病の一歩手前)の人は、血糖値(グルコース)スパイクを起こしやすく、ヤクルト1000も十分誘発する可能性がある。

プラセボ効果はないとはいえない?

 本来は薬としての効果を持たない物質でも、自分が飲んでいる薬は効き目があると思い込むことで、効果が表れる現象は、プラセボ効果として知られている。

 ここで紹介した実験は二重盲検(飲んでいる方も実験している方も本物かニセ物かわからない)なので、プラセボ効果は否定できる。しかし、マツコ・デラックス氏が愛用しているというニュースで売れ行きが加速したように、いま現に使っている人に見られる睡眠改善効果には、プラセボ効果はないとは言えないだろう。

 睡眠薬の治験でも、比較対照とするプラセボが思いのほか効いてしまい、本物の薬の効果を実証することが難しいことは、よくあることである。睡眠薬とプラセボとの32本の研究論文を統合したメタ解析では、プラセボの効果は明らかであり、63.56%もの睡眠薬の効果が、プラセボでも得られた可能性があるという(5)。

 実はわたしも3週間ほどヤクルト1000を試したことがあるが、大きな変化を感じることはなかった。わたしの場合、プラセボ効果を知っているので疑い深くなってしまい、効果が表れにくかったのかもしれない。

ヤクルト1000が売れる社会的背景

 睡眠に効くサプリはこれまでも何種類か発売されていたこともあって、わたしは正直、これほどヤクルト1000が売れるとは思ってもいなかった。著名人が愛飲している、SNSでバズっていることも確かにあると思うが、潜在的な需要がかなりあったということだろう。

 睡眠外来で不眠症の診療をしていても、「睡眠薬を減らしたい」「薬に頼りたくない」という要望は、むしろ薬で安定している患者ほど話題になる。いったんは睡眠薬で眠れるようになっても、「このサプリは使ってみたいのですが、大丈夫でしょうか」というやり取りは、珍しくない。

 それ以上に、睡眠の質に満足してはいないが、睡眠薬や通販番組で宣伝されている薬用的なサプリメントにまでは頼りたくない、日常的な飲み物で睡眠を気軽に改善したいという人が、かなりいたということだろう。

 その中には、日々の眠りはそこまで悪くないにもかかわらず、もっと睡眠の質を高めたいという欲張りな人もいるかもしれない。特に中高年の人は、眠りに対する高過ぎる要望をもつと、加齢とともに質が悪くなる睡眠の受け入れを悪くし、不眠に対して敏感になってしまいかねないので注意したい。

参考文献

  1. Takada M, Nishida K, Gondo Y, Kikuchi-Hayakawa H, Ishikawa H, Suda K, Kawai M, Hoshi R, Kuwano Y, Miyazaki K, Rokutan K. Beneficial effects of Lactobacillus casei strain Shirota on academic stress-induced sleep disturbance in healthy adults: a double-blind, randomised, placebo-controlled trial. Benef Microbes. 2017;8(2):153-162. doi: 10.3920/BM2016.0150.
  2. Karnani MM, Apergis-Schoute J, Adamantidis A, Jensen LT, de Lecea L, Fugger L, Burdakov D. Activation of central orexin/hypocretin neurons by dietary amino acids. Neuron. 2011;72(4):616-29. doi: 10.1016/j.neuron.2011.08.027.
  3. Lindseth G, Lindseth P, Thompson M. Nutritional effects on sleep. West J Nurs Res. 2013;35(4):497-513. doi: 10.1177/0193945911416379.
  4. Grandner MA, Jackson N, Gerstner JR, Knutson KL. Sleep symptoms associated with intake of specific dietary nutrients. J Sleep Res. 2014;23(1):22-34. doi: 10.1111/jsr.12084.
  5. Winkler A, Rief W. Effect of Placebo Conditions on Polysomnographic Parameters in Primary Insomnia: A Meta-Analysis. Sleep. 2015;38(6):925-31. doi: 10.5665/sleep.4742.

早稲田大学教授 / 精神科専門医 / 睡眠医療総合専門医

早稲田大学スポーツ科学学術院・教授 早稲田大学睡眠研究所・所長。東京医科歯科大学医学部卒業。自治医科大学講師、ハーバード大学、スタンフォード大学の客員講師などを経て、現職。日本精神神経学会精神科専門医、日本睡眠学会総合専門医など。専門は睡眠、アスリートのメンタルケア、睡眠サポート。睡眠障害、発達障害の治療も行う。著書に、「休む技術2」(大和書房)、「眠っている間に人の体で何が起こっているのか」(草思社)など。

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精神科医の西多昌規(にしだ まさき)です。メディアなどで話題となっている、あるいは世間の関心を集めている事件や出来事を、精神医学やメンタルヘルスから読み解き、独自の視点をもとに考察していきます。医療・健康問題だけでなく、政治経済や社会文化、芸能スポーツなども、取り上げていきます。*個人的な診察希望や医療相談は、受け付けておりません。

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