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トランプ氏が、解き放ったもの 自己検閲は始まっている

津山恵子ジャーナリスト、フォトグラファー
トラップタワーに飾られているトランプ氏のベストセラー本

「日本のグリーンティーには放射能が入っているんでしょ。グリーンティーで、毒を盛っているということだよね」

FというUberの運転手がそう言ったとき、すでに彼のおしゃべりにうんざりしていて、反論する気力もなかった。

年末、午前3時頃からラジオの特番で、トランプ・タワー前からリポートするため、現場に向かっていた時だ。

車に乗り込んだ時から、あまりうまくない英語で、トランプ次期大統領のことを話し始めた。

「来年はいい年になる。トランプが素晴らしい仕事をしてくれるだろう」

「オバマは、黒人なのに、黒人やイスラム教徒を見下すひどい大統領だった。ヒラリーも同族だ」

そして、冒頭のグリーンティー発言に至る。

もちろん、彼は、私が日本人だと知っていた。Uberの運転手は、様々な人種がいる。こちらも白人ではない。当然、乗った途端にお互いに「どこから来たの?」というので会話が始まる。

彼は、放射能で「汚染される」という単語を知らなかった。だから「毒を盛っている」と何度も言った。

その時、「トランプ語」だ、と思った。「ひねくれている」「(中国や日本は)アメリカを破壊している」「捻じ曲げている」。。。ネガティブな単語が多かった彼の選挙集会の記憶が重なる。

トランプ支持者に歯向かうのは、正直怖い。グリーンティーの話の後は、聞き流して、現場に着くのを待った。

もちろん、トランプ氏の選挙が始まる前から、彼がグリーンティーについてそう理解していたのだと思う。でも、日本人だと知っていて、根拠のない、日本側に悪意があるような話をするセンスというのは、どうなっているのだろうか。フレンドリーなニューヨーカーと付き合っていて、滅多にない体験だった。

1月20日の大統領就任式が近づいている。日米ともに、株式市場はトランプ政権の経済政策への期待から上昇。しかし、その経済政策も、外交も、様々なことが不透明だ。そればかりか、不思議なことばかり起きている。

まず、トヨタ自動車やゼネラル・モーターズ(GM)といった民間の大企業が、トランプ氏という大統領になる人物から、直接ツイッターで批判された。メキシコに工場がある、あるいは工場建設の予定があるからだ。

「トヨタ自動車は、メキシコのバジャに、米市場向けのカローラを作る新工場を建設すると言った。絶対にダメだ!米国に工場を作れ。でなければ、ビッグな関税を払え」

トランプ氏は1月5日、こうツイートした。

トヨタは、コメントを発表。メキシコの新工場は2015年4月に発表。米国の雇用と生産を減らすような影響はない。米国には219億ドル以上を直接投資し、10生産工場を展開、13万6000人を雇用している、という内容だ。

「消費者と自動車業界の最上の利益のために、トランプ政権と協力しあっていくことを楽しみにしております」 (トヨタ)

トヨタのコメントを見ると、まず、メキシコ新工場はニュースではなく、2年前の発表だ。また、米市民が懸念するような、米工場をリストラして、メキシコに移転するのではない。しかし、トランプ氏はあたかも最近、トヨタが新工場を発表し、北米自由貿易協定(NAFTA)があるにもかかわらず、メキシコの新工場から輸入するのに関税を払えと言っている。工場の建設は進んでいると思われるが、それを撤回しろというニュアンスもある。

トランプ氏は先立つ3日、米ゼネラル・モーターズ(GM)が、メキシコで生産したシェビー・クルーズを米国に無関税で輸出していると批判 した。GMは、国内ではなく、海外市場で売れているハッチバック式のシェビー・クルーズをメキシコで生産していると反論したが、GM株が一時急落した。無関税なのは、NAFTAがあるからに過ぎない。

一方、フォードは、メキシコ工場建設を取りやめる発表をして、文字通り株を上げた。GMが株を下げた翌日だ。トランプ氏のソーシャルメディア担当は、こうツイートした。

「トランプ・ポリシーがきっかけで、フォードはメキシコの工場建設をやめ、ミシガン州に投資することにした」

トランプ氏はすかさず、こうツイートする。

「700人の雇用だ。サンキュー、フォード」

しかし、[ ワシントン・ポスト]は、フォードがトランプ氏の方針に従ったのではなく、経営判断だったとする。メキシコで生産するはずだった小型車の需要が減った。一方で同社は、2020年までに45億ドルを投資、700人を雇用して、電気自動車(EV)時代に備える計画だ。電気自動車は、これまでのような工場労働者ではなく、エンジニアなどコンピューターのスキルを必要とするため、メキシコでは人材の調達が困難となる。

トランプ政権対策として、フォードが「自己検閲」したのではないという記事は、他にも複数出ている。

ヘイトクライムが絶えないのも、気になる。

ある運動家に、コメントを求めた。この人物は、白人ではない。女性や、移民、同性愛者が、勇気が出るようなコメントが欲しかった。

しかし、その人はこう伝えてきた。自分が何かを言うことで、トランプ氏やその側近に追いかけられたくない。信じたくはないが、 時代は逆行している。こんなことは経験したことがない。自分の家族やコミュニティーのことを考えると、本当に思っていることを言うのは、今は控えたい。

電話を切った時、背筋が寒くなった。

「自己検閲」は、始まっている。「次期大統領」は、直接手を下してはいない。しかし、彼の選挙戦で撒かれた種が、全米で、何らかのネガティブな隠れていた「怒り」を解き放った。知らない一般市民に対して、何でも言っても良い、という雰囲気が広がっている。「家政婦」をしているというだけで、ステータスは大丈夫かと心配された友人。学校で、「強制送還されるんだよ」とクラスメートに言われた子供。人々の間に「恐怖」が生まれ始めている。それとうまく付き合っていくために、余計なことは口にしない方がいいのだ。

ジャーナリスト、フォトグラファー

ニューヨーク在住ジャーナリスト。「アエラ」「ビジネスインサイダー・ジャパン」などに、米社会、経済について幅広く執筆。近著は「現代アメリカ政治とメディア」(共著、東洋経済新報 https://amzn.to/2ZtmSe0)、「教育超格差大国アメリカ」(扶桑社 amzn.to/1qpCAWj )、など。2014年より、海外に住んで長崎からの平和のメッセージを伝える長崎平和特派員。元共同通信社記者。

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